第5話 第一部 最終話

「なんだよ」

「誰もいないじゃないか」

「やれやれ、いっぱい喰わされたな」

 と、皆は行ってしまった。戸惑う私達二人に偽漱石氏は言う。

「我々が見えるのは、男女の付き合いを経験せざるものだけ、片恋の者なのだよ」

「え?」

「全く、野暮な事を言うね、君は」偽子規氏もまた唐突に出現した。  

「正岡子規先生!?」。頓狂な声を上げた彼女に、  

「忍ぶれど夏痩せにけり我恋は」と詠み微笑んだ。


【最終話】

 事態が飲み込めない私に呆れ顔で偽子規氏は言う。

「鈍いな、君は。この機を逃してなんとするんだい」

 偽漱石氏はずっしりと頷いた。


 私はドギマギと彼女を見つめた。

「あ、あの!」

「はい?」

「つ、月が綺麗ですね」

 真昼の空の下、私は言った。


「え?」


「つ、月が綺麗……その、僕はあなたのことが……」

 助けを求めるように偽漱石氏を見る。

 彼女もつられて見る。千円札の肖像画の様な笑顔で偽漱石氏はウインクし、彼女と私は顔を見合わせ、照れて顔を背けた。

 偽子規氏は顎に手を当て「いや、楽しかったなあ」と笑う。

「きっと、うまくやりたまへよ」

 偽漱石氏の声が別れを惜しむ様に響いた。

「あっ」

 と彼女が声を上げる。

 微笑む二人の姿は徐々に薄らいで、見えなくなった。

 私たちは二人の余韻を追うように、しばらく黙った。

「ありがとうございました、先生」ぽつりと私は言った。彼女は少し驚いた顔で私を見た。

「……漱石先生と子規先生とお話ししたこと、私にも教えてくれますか?」

「もちろん」


 彼女と話したいことは、沢山ある。


 【第一部 完】


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月が綺麗ですね 宮藤才 @hattori2525

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