第33話 前世へ
目が覚めると今度は前世の自分のベッドの上にいた。
そこにはまだ自分の部屋がそのまま残っていた。
今までのことは全て夢だったのかもしれない。
時計には今日の日付も出ている。8月10日午前4時。俺が死んでからだいたい15時間といったところだった。やっぱり、夢だったのだ。悪い夢を見ていたのだ。俺はそう信じたかった。
しかし、部屋を出るのには躊躇する。母さんが家にいるのだとしたら俺が部屋から出てきたらおかしい。出かけてから帰ってきていないのだから。そう考えるということは俺が一度死んでいることを肯定したことになる。夢だと思いたい気持ちよりもこれが現実の続きであることの自覚の方が強かった。
音を立てないように静かにベッドから出てドアを開けてみる。母さんはきっと寝室だ。
本来自分の安心していられる場所であるはずの自宅でこんなに緊張を感じるのは初めてだ。家から早く出たい。だからといって家から出てどうするかなんて決めていないが。
そもそも俺が死んでいるならこの世には俺の死体もあるはずだ。俺の身体が二つ存在しているのでは? それは非常にまずいことだと思う。テレビで取り上げられるレベルだろう。死んだはずの人間が別の体で生き返っているのだから。
とはいえ家から出るしかない。出なければいずれ見つかるだろう。帽子を被り、忍び足で部屋を出る。
一階へ降りる。玄関へ行くと母さんの靴も俺の靴もなかった。靴箱を開けてこの世界の昨日に履いていったのとは別の靴を履いて家を出る。鍵は持っていないため開いたままにする。
朝早いので人も車も見当たらない。俺はできる限り速く走った。
向かっているのは学校だ。俺は自分が何をしたいのか、何をすべきなのか分からなかった。
だから、その糸口を見つけるために俺は向かう。
恐怖もある。だけど、何かアクションを起こさないと進まない気がした。たとえこの行動がこれからの自分を苦しめることになろうとも。
しかし、俺が学校に到着することはなかった。
母さんの車が俺の目の前に現れた。
そういえば、母さんの車が家になかった気がする。
俺は思わず足を止めてしまう。
なんでこんな時間に? どうしよう。逃げなきゃ。
しかし、足は動いてくれない。
母さんはもう俺が死んだのを知っているはずだ。
母さんは慌ててスピードを落として車を止める。
「思恩!」
母さんが車の窓を開けて目をぱちくりさせながら俺を見つめていた。
「……えっと」
何と返事していいか分からなかった。
「一回車に乗りなさい」
思ったよりも母さんは落ち着いた表情でそう告げる。
「わ、分かった」
俺は言われるがままにするしかなかった。こうなってしまった以上逃げる選択はなくなっていた。
気まずい空気を車に流し込みながら俺は車に乗り込んだ。
お互いに何を話していいか分からないといった状況。
先に口を開いたのは母さんだった。
「戻ってきたのね、思恩」
「……うん」
距離感が掴めない。母さんの中で今どういう処理が行われているのだろうか。
ミラーに映った母さんの顔は悲しみに暮れていた。苦しそうだった。
「母さん、ごめんなさい」
今度ははっきりと口に出す。それと同時に涙が落ちる。何の涙かは自分でも分からなかった。きっと死んだことへの申し訳なさだけではなかった。それまでの全ての謝罪が詰まっていた。しかし、そこには入りきらないほど俺の罪は大きい。
「ごめん、なさい……」
涙を隠すことはできなかった。
母さんは今どんな表情をしているのか、知りたいと思っても、どんな顔をして見ればいいんだろう。俺は母さんに合わせる顔などないのだ。
俺が俯きながら涙を流していると、母さんが話し出す。
「お母さんこそごめんなさい。いなくなって分かったの。家族の大切さを。思恩は神陸から来たのでしょう?」
やっぱり俺は死んだのだという衝撃よりも母さんから「神陸」という単語が出てきたことに驚く。
でもそれは俺の知っている優しい母さんの声音だった。
「ごめんなさい」
俺は謝罪以外の言葉が見つからない。
「どこまで知っているの?
母さんは俺に謝罪以外の言葉を求めているようだった。
「谷川原って人は知らない。でも、いつの間にか真っ白な部屋にいておじいさんと背の高い人に会って何か衝撃が走って、それから今度は自分の部屋にいた」
鼻水をすすりながら自分の記憶を思い出すように伝えた。
「そっか。何もかも全部お母さんのせいよ。思恩は何も悪くない」
「そんなことは……」
「思恩の本音を聞かせて。なんで飛び降りたの? 神前さんて子と一緒にいたみたいだったけど」
「俺は、俺は憎かった。相原が。俺は復讐しようとして、神前さんが手伝ってくれて、それで殺して、飛び降りて。だから俺は罪人なんだ」
涙の勢いは増すばかりだった。
「気付いてあげられなかったお母さんにも責任はある。それに思恩が人殺しをして悪いことをしたって思っているならお母さんはもっと罪深いの」
「なんでそうなるのさ」
俺は少しの苛立ちを覚えてしまい、言葉にも乗せてしまった。
ちょうど家に着いていた。
「とりあえず家の中で話しましょう」
顔を上げると、母さんの覚悟を決めた横顔が目に入った。
「……分かった」
俺は一体、何を知らないのだろうか。
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