第31話 認識の違い

 俺たちはなかなか上田来ないことに不安を感じ探すことにした。

「そんなに遠くには行ってないはずだけど……」

 嫌な予感を感じずにはいられなかった。


「相原たちに何かされてないといいけどね」

 神前さんは他人事かのようにサラッと重い発言をする。夢見さんも少し引いている。


「神前さん、シャレにならないよ……」

「きっと迷子になってるだけだよ。大丈夫大丈夫」

 その根拠のない自信はいつもどこから湧いてくるのだろうか。


 俺たちは小走りと休憩をはさみながら探し回った。

 俺たちが見つけたのは縄で木に縛り付けられて気絶している相原だった。


「なんで相原がこんな……」

「上田がやったのかな?」

 とてもそうとは思えない推測をする神前さん。


「こいつに敵うとは思えないけど……」

「でも、やるとしたら上田しかいなくない? 他に可能性があるとは思えないし」

 相原に喧嘩で敵う者は見たことがない。


「夢見さんは何か心当たりとかある?」

「いや、特には……」

「そうだよね」


「まあとにかく、上田がこいつにやられた感じではなさそうだしいいんじゃない?」

「でも、どこにいるんだろ……」

 それから、相原はほったらかし、捜索を再開したが、どこへ行っても上田の姿を目にすることはなかった。


「次は町の方に行ってみようか。目撃情報とかあるかもだし」

 俺たちはお金を持って町に向かった。

 残念ながら上田を見たという人はいなかった。上田の手がかりが一向に見当たらない。


 お腹が空いたのでひとまず定食屋に入ることにした。


「いらっしゃいませ」

 俺たちはそれぞれの注文を済ませて待機していると、店員さんに声をかけられた。


「あのー、すみません」

「はい?」

「転生者の方ですか?」

「そうですけど」

「やっぱり! それでしたら、後程、転生者保護施設への連絡をして皆さんを保護してもらおうと思うのですがよろしいですか?」


 俺たちは顔を見合わせる。

「いいですけど、それってどのくらいかかりますか?」

「まずは転生者保護の担当者さんに皆さんを紹介してから転生者である証拠を示していただかないといけなくて、それが承認されると本土への移送となります。ですので本土に行けるのは二、三日あとになりますかね」


 新たな話だ。この島から出る。それは奏時とはもう会えないということだろうか。


「なるほど。実は私たち以外にも何人か転生者がいまして」

「その方々はどちらに?」


「それが居場所が分からない人もいて……」

「そうでしたか。それもお伝えしますね。おそらく保護隊が出動することになると思います」

「よろしくお願いします」

 上田も探してくれるということだ。それはとても心強い。少し安心感を覚える。


「お食事のあとすぐに行かれますか?」

「どうする?」

「……俺はいいよ」

「私も」

 正直悩みはしたけど、今後の生活を考えれば安心できる場所なはずだ。自分一人ということでもなさそうだし。


「じゃあお願いします」

「分かりました。それではごゆっくりどうぞ」


 食事を済ませた後、俺たちは先程の店員さんに案内されてこの町の役所にやってきていた。

 その建物は五階建てで、小さなビルになっていた。砂地の道路には合わない都会的な建物に見えるのが歪だ。


 自動ドアを通りエレベーターに乗る。三階で降りて一番奥の部屋へと案内された。

 店員さんが扉をノックする。


「すみません! 転生者の方を連れてきました」

「お入りください」


 女性の声が聞こえる。

 扉が開かれる。

 そこには30代と思われるスーツを着たショートヘアの女性が座っていた。


「いらっしゃい。よく来ましたね」

 笑顔が素敵な人だった。落ち着いた声色だが、きびきびとした動きでこちらへと歩み寄る。

 俺たちはこの女性、添田そえださんと握手を交わした後に説明を聞いた。


「今後の流れについては以上です。何かご質問はありますか?」

「あのー、雨川奏時くんを知っていますか?」

 神前さんがどうしても諦めきれない奏時について尋ねる。


「知っていますよ。もしかしてお知り合いですか?」

「はい。お付き合いをしていて」


「まあ、そうなんですか。それは今もその気で?」

 独特な問い方に疑念を持ってしまう。まるで付き合うのが悪いことのような言い方だ。


「もちろんです」

 神前さんは胸の前に手を当てて堂々と宣言する。


「前世ではどうだったか私は知りませんが、大丈夫でしたか?」

「めちゃくちゃ楽しかったですけど……?」

 神前さんはなぜそんな質問をされるのか理解できていない。俺も同じだ。


「そうですか。あの人は危険な人物だと知らされています。我々、山吹島に住む公人たちからすれば恩人のような側面もあるので、悪く思っているわけではないんですよ? お辛いとは思いますが、この事実は受け入れて下さいね」

「そんな……」

 神前さんは唖然とした表情を浮かべていた。


 俺はこの世界で奏時がそのような扱いを受けているということを改めて突き付けられ悔しかった。

 ここに来てからの奏時を確かに俺は知らない。

 でも、奏時が悪い人間じゃないことは知っている。奏時の前世を知っている人からすればあんな拘束は間違いなく不当だ。

 奏時は嫌だと言ったけど、今思うと無理矢理にでも逃がすべきだったのかもしれない。

 ただ、そんなことをしたらきっともっと良くないことになっていたはずだ。結局俺は無力なだけということだ。


「どうやったら奏時を救えますか?」

 神前さんは直球で問う。


「うーん。無理だと思いますよ。きっと一生このままかと」

「そこをなんとか!」

「そう言われましても……」

「神前さん、無理を言っちゃダメだよ」

「でも……」

 泣きそうになっている神前さんを止めるのは心苦しい。俺だって同じ思いだ。奏時を助けたい。できないことはとっくに自覚していたんだ。会えただけでも幸せなのかもしれない。でもそれは俺がそう思っているだけだ。奏時は辛いはずなのに。


 重たい空気が流れ添田さんも口をつぐんでしまう。


「あの、いいですか?」

 夢見さんが口を開く。


「なんですか?」

「もしまた死んだらどうなるのでしょうか?」


「それは私にも分かりません。ごめんなさいね」

「いえ」


「この世界は死後の世界ですが、次もまた新しい世界に行けるとは限りません。貴方たちと同じく死ぬのは怖いです。ですが、私たちが思うに、この世界は貴方たちの世界よりも過酷で救いではないはずです。苦しいものだと思います。ですから、死後の世界があって欲しいと強く願っているわけでもありません。とにかく、この生を充実させることだけを目指しています。」

 神陸の人たちの死生観は地球とは異なっているのかもしれないが、根本は一緒なのだろう。良く生きたい。今を充実したものにしたい。そのために人は頑張るのだと思う。

 俺はこれからの人のために、今いる人のために何ができるんだろう。こんなちっぽけで弱い俺にできることなんてあるんだろうか。


 俺は話を終えて小屋に戻ってからもそんなことをずっと考えていた。


 明日は第一研究所山吹支部という所に案内してもらうことになっている。

 早く起きるためには早寝だ。俺は一通りのことを済ませるとすぐに眠りについた。




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