第30話 総理大臣

「所長! 洸汰です。雨川奏時を連れてきました」


 俺は緊張の面持ちでドアをノックする。

 横を見ると奏時は落ち着いていた。


「入れ!」

 父様も気合が入っているのか、いつもより大きな声が届く。


「失礼いたします」

 唇を嚙みながら俺はドアを開ける。


「よくやったな、洸汰。君が雨川奏時くんか。初めましてだね」

 父様は椅子をくるっとこちらに向けてから立ち上がり、奏時に対して手を胸に当てて軽くお辞儀した。

 父様が年下の人に頭を下げるのは初めて見た。

 奏時も口を少し開けて驚いていた。


「……えっと、初めまして」

 いざ父様を目の前にすると奏時も緊張を見せる。父様と初対面の人は基本的に身体が固くなる。それくらい父様からは威厳を感じるのだ。

 俺も最初に会った時は怖かった。


「緊張しなくて大丈夫だよ。我々は君の味方だ」

「はい! 心強い限りです」

 はきはきと返事をするとより緊張感が増しているかのように見えて俺と父様は苦笑いしてしまう。


「こういう見た目ですまないね。誰にも彼にも怖がられる人間でね。こればっかりはどうしようもないんだ」

 父様は慎重に軽やかさを演出する。いつもより柔和な発言を心がけているのがよく分かる。


「奏時くん、もう聞いているとは思うが改めて問う。我々の計画に協力してくれるかい?」

「もちろんです! 僕にできることなら!」

魅了みりょう》している時点で返答は決まっていたが、父様はその意思を問うた。


「ありがとう。それでは君には総理大臣に会ってもらう。そして、総理の魔法を奪ってほしい」

「どういう魔法ですか?」

「《召喚しょうかん》だよ。総理の持つ魔法召喚は現在保有禁止魔法には指定されていない。それは総理が改正したからなんだ。与党の賛成多数で可決された保有禁止魔法法改正案により《召喚》は実害が及ばない限り、拘束の対象にはならないことになっている。もちろんそれだけでは国民は納得できないから、第三者による監視委員会が設置された。これは与党がその半数より一人多く指名し、残りは野党によって決められた。だが、野党が決めた委員も今のところは全く総理を糾弾するような発言をしていない。それも当然なことでね。野党が指名した委員も元は総理が《召喚》した人間なんだ。野党は上手く誘導されてしまっているということだ。間抜けに感じられるかもしれないが、実は野党にも総理が《召喚》した人間が多くいると言えば納得がいくだろう。そう、今の政治は言わば茶番でしかない。もちろん、全ての議員が《召喚》された人間ではないし、《召喚》されていない候補が政府官僚になることも少なからずある。しかし、どうやっても《召喚》された人間を上回ることはできていない」

「なるほど。脅威でしかないですね。総理はなぜそのような魔法を持っているのですか?」


「それは総理にしか分からない。まず、《召喚》という魔法を持っている人間が非常に珍しいからね」

「《召喚》するのに人数の制限はないのですか?」


「あるはずなのだが、不思議なことに総理には魔力が尽きることがないらしい。あくまでも、噂でしかないんだがね。少なくとも文献ではこの魔法で召喚したままの状態でいられるのは十人程度だとされている」

「それは規格外ですね」


「ああ、やつは危険な存在だ。だが、それを目に見えて悪用しているかというとそういうわけでもない。だから、世論調査の支持率も50%前後を維持できている。だが、それを暴落させる。今から我々は世論に訴えかけるのだ」

「公人解放ですね」

 俺は嬉々として発言する。


「私も実は公人だったのだ。本当に苦しかった。まともに学問にも取り組めない、貧しい生活だった。私のようにやりたいことのできている者は公人身分出身ではほとんどいなかった」

「なぜ今の生活を勝ち取れたのですか?」


「私が30歳の時だ。とある国会議員に気に入られてね。そいつは私と対して年齢が変わらなかった。とてもいいやつだったよ。公人解放に取り組む数少ない政治家だった」

「だったということは……」


「ああ、もうこの世にはいない。私の責任さ。初期の第二次転生者計画に彼は参加を表明してくれたのだ。私はリスクが高いことを伝えたが彼はやると言った。彼は私の計画に期待していたのだ。私は止められなかった。あれほど優秀な政治家を私は知らない。あまりにも偉大な存在を神陸は失ったのだ」

 父様の顔は昔を懐かしむように、そしてもう変えられない過去を遠い目で見つめていた。


 俺はいたたまれない気持ちになり、言葉を発する。

「でも、それが今につながっているのですよね、父様」


 父様は穏やかな視線を俺と奏時に送る。

「そうだな。ずっと後悔してきたが、彼の決断は間違っていなかった。それを証明してくれたのが洸汰だ。そして、奏時くんにもその総仕上げに協力してもらう」


 その言葉に俺はまだ流すには早い涙を目に留める。

「前置きが長くなってしまったな。本題に移ろう。この後のことだが……」




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