第29話 仮初めの絆

 上田との約束の場所は奏時の拘束施設の裏側だった。


 お昼に落ち合うということになっていたが、正午を過ぎても一向に上田はやってこない。


「おかしいね」

「来ないねー」

 俺たち三人はサンドイッチを食べながら上田を待っていた。

 お昼という曖昧な表現で正確な時間を決めていないので、いつまで待てばいいのかも分からない。


 拘束施設の警備員は何事もなかったかのように居座っていた。倒れていた人たちは無事なのだろうか。


 ◆


 一方で上田洸汰たちは山吹支部に着いた。

「雨川奏時を連れてきました」

「さすがだな、洸汰くん」

「いえいえ。ここからは飛行機で行きますか?」

「そうなっているよ。もう準備はできている。行こう」


 支部から少し行ったところに飛行場がある。

 俺たちは本土へ向かった。

 フライトは時間にして三時間。

記憶飛きおくとび》がないのはやはり不便だが、その分機内では会話が弾んだ。


「上田くんだっけ? これからよろしく」

「うん、よろしく。奏時って呼んでいい?」

「もちろん構わないよ。僕はなんて呼べばいい?」

「洸汰で」


「じゃあ、洸汰。昨日はごめん。気が動転してて」

「いいよ、気にしないで。久しぶりの人との触れ合いだったでしょ? 冷静でいられるような環境じゃなかっただろうし」

「そうだね。孤独でいることの恐ろしさを痛感したよ」


 奏時のことを考えると、胸が痛んだ。

 俺は身体的虐待を受けていた。

 奏時は精神的虐待を受けていたと言っていい。しかも、奏時は六年間だ。

 俺はだいたい三年くらいだった。

 もちろんこの二つは比較しようと思っても比較できるものではない。


 それでも、奏時は本当に苦しかったと思う。

 俺ならもっと狂っていただろう。

 今こうやって普通に話せている奏時の精神力の強さには尊敬の念を抱く。


「昨日のことだけど、無理を言ってごめん。実はあの後、俺はもう一度奏時の所に行ったんだ。でも、奏時はいなくなってたよね。どうやってバリアを破壊したの?」

 奏時はすごく驚いた表情をした。そんなに不思議なことを言ったつもりはないんだけど。


「気にしないで。洸汰の心の広さには感謝してるくらいだよ。脱出については、あの後すぐに寝ちゃってさ。起きたらいつの間にかああなってたんだ。寝たら気持ちが整理された僕はやっぱり外に出ようと決意した。だから、なんでバリアが破壊されたかはよく分かってないのが正直なところなんだよね」

「なるほど」


 俺が考えを巡らしていると、奏時は不思議そうに俺の顔を覗いてきた。


「なにか心当たりでもあるの?」

「うーん。それを考えてるんだけど、真実が見えてこないんだよね」

「僕を解放しようとした人がいたってことだよね」


 奏時も一緒に考えてくれるのは《魅了みりょう》による力だろうか。

 真人の時はすごい畏まって俺に受け答えしていたが、奏時はむしろフレンドリーな感じだ。

 俺が真人を下に見ていたのに対して、奏時とは対等でいたいと思っているからだろう。

 同じように《魅了》したとしても、俺の意思でその関係性は変えられるということだ。


「奏時は強いからな」

「そうかな。強いつもりはないんだけど……」

「いや強いって。《所有権しょゆうけん》はまさしくチートだよ。でも、欲しいとは思わないかな」

「だよね。強くても苦しい思いしかしないんだから。ただの鎖でしかない」


 奏時の顔にはこれまでの悲痛な暮らしが蘇っているのか、苦虫を嚙み潰したような表情になっている。


「何はともあれ解放できて良かったよ」

 俺は心からの安堵を口にする。


 奏時は清々しい顔に変わる。

「洸汰、ありがとう」

「俺は何もしてないよ。奏時の我慢が報われただけさ」

《魅了》によるものだとしても心の通うこの瞬間は気分が良かった。


 いいように使えばとても優秀な魔法だ。だが、悪用すれば国家の脅威になる。

 俺はこの魔法を手放さないとまずいだろう。《魅了》も保有禁止魔法に指定されている。俺たちはお互い拘束対象だ。


 なんとしてもこの状況を打開しないといけない。そのための今からだ。


「父様の所に行けばまた苦しい思いをさせるかもしれない」

 俺は奏時が心配だった。奏時は幸せになる権利がある。むしろ義務だ。


「心配性なんだね、洸汰は。今までより苦しいなんてことないさ。僕は洸汰たちのために戦うよ。ワクワクしてる」

《魅了》しているのだから俺に都合のいい反応をするのだろうが、俺は奏時の様子を恐る恐る窺う。その顔には満面の笑みが広がっていた。


「一緒に頑張ろう、洸汰!」

 まるで長い間絆を深めてきたような感覚だった。《魅了》を解いても、もし、《魅了》を失ったとしてもこの関係をまた築きたい。奏時とならできる気がする。


 根拠なんて何もないが、奏時と自分は重なる部分があるような気がしてそう錯覚してしまうのかもしれない。

「うん! 絶対に勝とう! この戦いに」


 俺は奏時への返事と自身の決意を合わせて言う。紆余曲折あったが、ようやくここからが本番だ。




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