第23話 再会

 扉を閉めて少しすると。


 ピンポーン。


「戻ってきたのか?」

 奏時は反射的に扉をすぐに開ける。そこには雨川思恩と神前奏がいた。


「兄さん! それに奏も! なんで?」

「「奏時!」」


「二人とも久しぶり!」


感情認識かんじょうにんしき》。


 奏時は後ろで辺りを見回しながら困惑顔を浮かべる洸汰に気付く。奏時は真人の主が彼であると直感する。


「えっと、君は?」

「あ、えっと、上田洸汰といいます! 思恩くんと同じクラスの!」


「一年の時、いたっけ」

「いや、二年の時に転校してきて」


「あー、なるほど。三人はもしかして僕を助けに来たの?」

「もちろんだよ! 奏時待っててね!」

 今世紀最高の輝きを放つ神前さん。


「今やるから!」

 俺も装置へと向かう。


「ぼ、僕もやります」

 上田も一番手前の装置に力をこめようとしている。


 ついに奏時に会えた! あとは魔力を注いで……。



「待って、三人とも! 僕は助けてほしくない!」

「え? でも……」


「犯罪なんだよ!」

「いや違うんだ! 奏時くん!」

 上田が声を上げる。


「え?」

「実は法律が改正されて……」


「あー、さっき聞いたやつかも」

「聞いたって?」


「真人たちがさっき来てさ」

「え、そうなの?」

 だから警備員が倒れていたのか。


 上田が辺りを見回している。


「兄さんたちが来たのと違うルートから出ていったよ」

「何もされなかった?」

 神前さんが心配そうに尋ねる。


「もちろん! ここから僕が出ていないのがその証拠だよ」


「奏時くん! とにかく犯罪だけど、僕たちは平気なんだ! だから!」

「それでも嫌だよ」

 奏時が首を振り拒絶する。それは想定外の反応だった。


「なんで?」

「何の意味もないよ。むしろ脱走したことになって僕は罪なき罪から完全に犯罪者になっちゃう」


「分かってる! 分かってるよ! だからもう決めてある! 俺に奏時の《所有権しょゆうけん》をちょうだい! あとは俺が引き継ぐから!」

 俺は準備してあった言葉を伝える。


「嫌だ! 僕は迷惑をかけたくない!」

「奏時!」


「奏はなんでこんなことを?」

「えっ? 私はただ奏時を救いたくて」


「それじゃ兄さんを苦しめることになる」

「それはまた後で考えるから!」


「後でじゃダメなんだ! 僕は六年ここにいる。だから分かるんだ! この場所は地獄だ!」

 奏時の表情と言葉には悲壮感が漂っていた。


「だから救うんだよ!」

 神前さんも必死だ。ようやく会えたのだから当然だ。


「いい加減にしてくれ! おかしいよ! 奏はおかしい! 兄さんも、そこの彼も」

「奏時を救えるなら私は嫌われたっていい!」


「帰ってくれ。話が通じない相手と話しても疲れるだけだ」

「そんな」


「奏時……」

 奏時に拒絶されるとは思ってもみなかった。

 俺は流されるままについてきたが、迷惑だったのか……?


「奏時くん! 君に伝えることがある!」

 上田が口を開く。


「初対面の人から聞くことなんて……」

「僕たちの計画を全部聞いてから決めてくれないか?」

 奏時は閉めようとした扉を少し開けなおす。


「なんだよ」

「僕たちは奏時くんを解放する。そして、《所有権》を思恩に渡してほしい。その後、相原の所に行くんだ! きっと相原は君の《所有権》を狙ってくる。そこで不意を突いて《容姿変化ようしへんか》した思恩が《所有権》で相原から《能力奪取のうりょくだっしゅ》を奪う。そして相原たちを捕える。君ならそれができるはずだ。そして次の日に相原の持つ《記憶消去きおくしょうきょ》も奪う。次に相原の記憶を消去する。最後にこの世界での記憶を完全になくした相原に《所有権》を移して警察に差し出す。どうかな? 奏時くんからしても、悪い話ではないと思うんだけど?」

 上田は考えてきた計画を変更していた。でも、いい作戦に思えた。


 奏時がこうなっているのは《所有権》という危険な魔法を持っているからであって、それが別の人に移れば、奏時は拘束されずに済むはずだ。


「兄さんの魔法、《容姿変化》なんだ。真人は《能力奪取》に《記憶消去》か。なるほど。でも、まだ分からないことがある。なんで初対面君は真人のことに詳しいの?」

「僕は相原を道連れにして転生してきたんだ! 相原には僕も魔法を奪われてる」


「君の魔法は?」

「《記憶飛きおくとび》だけど」


「へー。知ってる? 君の願いが転生時に取得する魔法に影響してるんだ。僕が《所有権》を得たのはこの世の全てをコントロールできたらなって思ってたからなんだ。もう知ってるかもしれないけど、僕は真人たちにいじめられていたんだ」


「本当にごめんなさい。最初に言わないといけなかったんだけど……」

 俺は奏時に何もしてあげられなかったことに対する謝罪をする。


「なんで兄さんが謝るのさ」

「だって、気付いてあげられなかったから」


「いいよ、隠してたわけだし」


「私も謝らないとだよね。奏時、ごめんなさい」

 神前さんも深々と頭を下げる。


「やめてよ、ほんとに。まじで気にしてないから」

 奏時はたじろぎ手を横に振る。


「それで、奏時くん。僕らの計画のことだけど」

「考える時間をもらいたい。と言いたいところだけど、ここまで来るだけでも大変だったよね。警備とか今どうなってるの?」


「どうやら真人たちが殺したみたいで。だから、あいつらは捕まると思う。どっちにせよ騒ぎにはなるだろうから奏時くんには今決断してほしい」

「ここを出よう! 奏時!」

「奏時お願い!」


 奏時は目を瞑ってゆっくり息を吸い、吐く。


「……ごめん。やっぱり無理」

 まさかの返事だった。


「なんで……」

「失敗するのが怖いんだ。その計画も上手くいく保証はないでしょ。真人だけならまだしも、それ以外にも二人いるみたいだし。それに実はさっき、夢見さんも僕の解放をしようとしてくれたんだけど僕は拒否したんだ。もし、拒否したら夢見さんがこの後どうなるか分かった上で……。今頃あいつらにめちゃくちゃにされてると思う」

「え? 夢見さんもここに来てたの? 相原と?」


「うん。相原にいいようにされてる感じだった」

「そんな……。それじゃあ一緒に夢見さんを助けに行こうよ!」


「どんな顔して行けばいいの?」

「それは……」

 奏時の苦しみに満ちた表情に俺が言えることはなかった。


「堂々と行っていいんだよ! 奏時くんは夢見さんを助けたいと思っているんだよね? 今からならまだ間に合う! 一緒に来てほしい!」

 上田からは苛立ちのようなものを感じる。それだけ本気で向き合ってくれていた。


「君は何に悩んでいる? 何を恐れてる?」


「君こそなんでそんなに必死なの? 僕が死んだ時には山吹中にいなかったんだよね? 僕に肩入れするにしては関係がなさすぎる」


「それは思恩のためだ。罪滅ぼしっていうのかな。僕は思恩が相原たちにいじめられている間、先生が来ないように見張る役割をしてた。本当は止めたかった。助けたかった。でも、勇気が出なかった。その時、二人から相原への復讐計画を聞いた。それで僕ができることは相原を消すことだけだった。そして、ここに来た。まだ僕には償い切れていない罪が多くある。だから今こうして君を救いに来てる。自己中心的だと思ったかい?」

 必死に訴えかける上田。


 そんな思いがあったなんて。やっぱり上田は俺を気に掛けてくれていたんだ。


「正直なところはね」


「奏時! 上田は本気だよ! 信じてあげて」

「信じる信じないじゃないよ。僕は嫌だってずっと言ってる。それより僕を信じてよ。三人とも、僕を否定してばっかり。僕の意見はそんなにおかしいの?」


 言われてみればそうだ。俺は奏時のためと思っていた。神前さんや上田も同じ気持ちのはずだ。でも、それは俺たちの考えであって奏時のものではない。


 奏時からすれば迷惑だったのかもしれない。


「奏時……。分かった。行こう! 二人とも」

「思恩くん!? でも……」

「そうだよ! せっかく会えたのに! こんなチャンスもうないよ!」


「奏時の気持ちが一番大事、だから」

 俺は涙をこらえるように言う。


 奏時には見えないように去りながら。


 奏時の考えていることは正直分からなかった。

 でも、何か言えない理由がきっとあるのだろう。兄弟の勘でしかないが……。

 俺の努めは奏時の意思に従うことだ。

 色々あって冷静さを失っている俺よりも、奏時の方が信頼できる。


 そう決めたらもうあとは夢見さんを助けに行くことに切り替えるしかない。

 自分のやるべきことだ。


 夢見さんにも繰り返し繰り返し謝らないといけない。


 俺が走り出すと、二人もついてきているのが分かった。


 その足音はどこか俺に引っ張られているように聞こえた。


 とにかく夢見さんを早く探さないと。


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る