動静不着
第20話 解放作戦始動
雨川奏時には一日三回来訪者が来る。食事の時だけである。
この生活がかれこれ六年続いている。
同じローテーションのメニューにも飽き飽きしているが、人との会話がないことが想像以上の苦痛だった。
奏時は社交性のある人間であり、前世での交友関係も平均より広かった。
そんな彼に、この六年間は喪失感しか与えなかった。
来る日も来る日も、白い布に包まれた男が無言で食事を置いていく以外の出来事が起きなかった。
誰かがこの問題を解決してくれる日が来るのではないかと期待していた。
しかし、真っ暗闇から光を探そうとしても、見つかるのは自分の無力さだけだった。
彼は徐々に独り言が増えていった。
「明日の朝ご飯は白米、きのこの味噌汁、納豆、ゼリー。明日の昼ご飯は白米、鮭の塩焼き、野菜スープ、海藻サラダ。明日の夜ご飯は雑穀米、カレー、プチトマト、ポテトサラダ」
メニューを暗記するのはあっという間に終わった。
賢すぎるのも良くない。賢いと言っても、所詮この年齢なので、賢さは記憶力と定義しても差し支えない。
「死ぬんじゃなかった」
それが口癖になったのは四ヶ月が経ち始めた頃だった。
生活に必要最低限のものは支給されている。不便なわけではない。
ただ虚無だ。何もない日常は精神的苦痛に他ならない。
彼は真の解放がなされない限り幸せにはありつけない。
冷静さを保つために彼は独り言を言うのを意識していた。
そうでもしないと自分というものを失う気がした。
◆
正暦10504年5月17日午前。雨川奏時が朝起きるといつもある食事がなかった。
不思議に思いながら待っていると彼の前に一人の少年が姿を現した。
「中田泰助……!?」
久しぶりの非日常。
「なんでお前が……」
「俺に聞くなよ。ほれ、朝飯」
「お前、死んだのか」
なぜ彼が死んだのか、なぜここにいるのか謎しかない。
「そういうことさ。ざまあみろってか?」
「そうだな。気分がいい」
「お前も性格悪いな」
泰助はふっと吐き出すように笑う。
「あとこれ。お偉いさんからの手紙だ。読んどけ」
「手紙?」
「それじゃあ俺はこれで」
「お前は本当に中田泰助なのか?」
奏時の問いかけに泰助は去る足を止める。
「《
「当たり前だろう」
「そう言われてもねえ」
「中田がこんな場所にいられるわけがない」
神陸には魔法がある。偽装はそう難しいことではない。当然その可能性を疑う。
「誰かに俺が操られてるって線もある」
「それもそうだな」
「まあお前がどう考えようが自由だ。まあ、楽しみにしてな」
そう言って今度こそ泰助は去っていった。
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