第16話 ダイエット魔法とも言える

 俺たちが向かったのは南の町だった。山吹南町というらしい。


 上田からは移動中にボランティア制度、公人のことについて説明を受けていた。


 山吹南町は俺の知っている町とは違うと聞いたが、そこは栄えていた。


 日本の田舎よりも活気がある。スーパーやコンビニもあるし、子供たちが鬼ごっこをしている様子はいたって平和な空間を思わせる。


 俺たちはひとまず食事をすることにした。

 お金は上田が持っていたので、奢ってもらった。


 日本からの転生者が度々日本の文化を伝えているらしく、あまり前世とは変わらない料理も出てくるので安心する。


 俺は牛丼を頼み、神前さんはラーメンを注文していた。上田は焼肉定食だ。異世界のイメージからすればあまりにも豪勢な食事に無我夢中になり、俺たちは黙々と食べ進めた。


「生き返る―」

「良かったよ、満足してくれて」


「お金はあとどれくらいあるの?」

「まだそれなりには」


「公人って質素なのかと思ったけど、普通なんだね」


 公人の人たちは首輪を着けている以外はいたって普通の格好をしている。首輪は魔力吸収装置になっているそうだ。


 上田も首輪をしていたが、これは偽物で目立たないためにしているらしい。


 それが奏時を囲むバリアに繋がっているらしい。魔法のことはよく分からないのでどうして遠隔でそのようなことができるのか謎だが、奏時はそれだけ多くの人を動員してまで拘束する必要があるとみなされているみたいだ。


「まあ確かにそうだね。この島に住む人たちは政府から持ち出された条件に合意した人たちで、奏時くんを拘束するバリアを張るために魔法は使えないようになってる以外は割と普通に見えるんだろうね。ただ、貧富の格差があるのは間違いないよ」

「へー。なんだか日本とは違うね」


「そうだね。本土の方は本当に日本そっくりだけど、ここはそうは思えない」

「上田は本土には行ったの?」


「いいや、写真で見ただけ」


 俺は公人という人たちのことを考える余裕がなかった。

 この世界は死後の世界でもあり、異世界でもあった。

 俺は未練があったというだけでこの世界に配置された存在。

 もし未練がなければどうなっていたんだろう。また別の世界があるのだろうか。


 この世界で俺は罪を償えるのだろうか。

 そんなことを考えながら俺はどんぶりを空にした。


 その後、俺たちは上田に小屋に案内してもらい、数日ぶりの風呂を堪能することになった。


「神前さんお先にどうぞ」

「ありがとう。でも、覗かないでね、二人とも。2対1で来られたら私どうしようもできないんだから」

「も、もちろんだよ!」


 俺たち男二人は外で待機することにした。


「上田はいいの? また巻き込むような形になるけど?」

「巻き込まれたなんて思ってないよ。俺は俺のやるべきことをやってるだけ」


「でも犯罪は犯罪だよ」

「それはそうかもしれないけど、俺にも俺なりの正義があって、それに従うことが俺の幸せにつながるんだ。だから、俺は今からまた幸せになるために行動する。心配なんていらないよ」


 真っ直ぐ前を見つめるその瞳は自信に溢れているように見える。


「二人ともすごいね。そんな正義感、俺には到底持てないや」

「そんなことないよ。思恩だって立派に自分の正義を貫いてるじゃん」


「正義なんかじゃ。ただのわがままだよ。自分のことだけ考えて、周りには迷惑しかかけない。ただのごみクズだよ」

「そんなごみクズでも俺は味方でいてくれると心強いよ。もっと自分を信頼してあげて」


「……分かった」


 俺は本心ではない回答をしてしまった。自分を信じるなんて二度としてはいけないと思っているくらいなのに。


 それからはお互い黙ったまま時間が過ぎた。星影が弱々しく町を照らしていた。沈黙は俺を苛ませる。



 俺と上田も風呂に入ってさっぱりしたところで、計画の話し合いが始まった。


「最大の鬼門はいかにして警備員を倒すかってことでしょ?」

「まあそうだね」


「警備員は何人くらい? ていうか行ったことはあるの?」

「行ったことはあるけど、何人いるかまではちょっと。とりあえず入り口前に十人はいたかな」


「かなり厳しいね」

「うん。中にもいるだろうしね」


「そもそもどんな感じなの、その刑務所は? 見た目とか」

「かなり大きいよ。ちなみに刑務所じゃなくて、山吹保有禁止魔法所持者拘束施設って書いてあったよ」


 上田が持っていた紙に鉛筆でその形状や周りの様子を書き込んでいく。


「刑務所とは何が違うの?」

「刑務所はいろいろ作業をさせられるけど、そういう感じではなくて、あくまでも魔法が使えないようにするのが目的だから監視されてるだけって感じ。でもこれもネットで調べただけだから正しい情報とは限らないのが正直なところかな」


「さっきも言ってたけど、ネット使えるの?」

「使えるよ。ただこれにも制限があって、図書館とか特定の場所にあるパソコンだけしか使用が許されてなくて、スマホは一時期あったらしいんだけど、今は使用が法律で禁じられてるらしい」


「それはなんで?」

「スマホがこの世界に伝わって製造も成功はしたらしいんだけど、スマホを使ってそれを文字通り魔改造した人が出てきちゃって悪用されたから禁止されたみたい。例えばスマホに魔力を込められるようにしてマップアプリで指定した場所に落雷を発生させたり、スマホに魔力を保存したりとかね」


 魔法が使えるのはすごくファンシーな世界を思わせるが、現実には殺伐とした結果を生むこともあるようだ。


 これまでの常識が通用しないのはまさしく異世界という感じがする。


「なるほどねー。つまり、いつでも暗殺できたりするわけだ」

「そういうこと。しかも、実際に総理大臣が暗殺されてるからね。それがきっかけで禁止になったらしい」


「こわ。でもパソコンは上田でも使わせてもらえたってことでしょ? じゃあ私も行けば使える?」

「使えるけど、事前予約は必要だよ。それにずっと監視されながら使うから気は使うね」


 俺はひたすら黙って二人の会話を聞いていた。


「なるほど。とりあえずオッケー。じゃあ計画の内容を発表します!」


 パチパチパチパチ。


「まず、思恩くん!」

「は、はい!」


「パソコンでお偉いさんの顔調べて《容姿変化ようしへんか》使ってその人に変身して!」

「まだ使ったことないからそんなことできるかどうか……」


「できるかできないかじゃない! やるの! 自分を信じて!」

「う、うん」


 奏時を助けたい気持ちは分かるけど、俺は踏み切れずにいた。夢見さんへの申し訳なさでいっぱいで苦しい。


「そして思恩くんは警備員の人にこう言うの。今回新たに保護することになった二人を連れて来たから通せ! ってね。それで私たち三人は侵入成功!」

「そんなに上手くいくかな?」


 神前さんの計画は想定外のことが起こった時のことを考慮していない気がする。


「私を信じて! いけるから! この作戦は思恩くん次第なんだからね?」

「頑張ります」


 自分にできるだろうか。そう上手くいくとは思えない。


「そして、奏時の所に行ってなんかの装置を解除して奏時を解放する! あとはなんとかなるでしょ」

「いやさすがに無理があるんじゃ」


「大丈夫だって。ね、上田?」

「うん。きっと上手くいくよ」


「じゃあ決まりね? 上田パソコンの予約よろしく」

「分かった」


「思恩くんは変身の練習しといてね」

「うん」


 それから俺と上田で一部屋、神前さんが一部屋使って今日のところは休むことになった。


「やるね」

「いいよ」


《容姿変化》。


 自分が変身していくのは、もっと体が削れる感じかと思ったが、一瞬のことすぎたので、どんな変化が起きたのか認識する間もなかった。


 気がついたら俺は俺じゃなくなっていた。


「体が軽くなった」

「まんま俺じゃん。鏡見る?」


「これが俺……? 瓜二つだ」


 自分の魔法《容姿変化》のクオリティの高さに驚きを隠せない。

 憧れの上田洸汰の見た目になれた。身体の強さも増している気がする。これが痩せるという感覚か。


「じゃあ次は奏時くんになって見せてよ。動画とかで顔見たことはあるけど明確には覚えてないからさ」

「分かった。やってみる」


《容姿変化》。


 鏡を向けられたまま俺は魔法を使う。


「奏時だ」

「ほんとだ! かっこいい! 双子なんだよね。いいなー」


「上田は兄弟は?」

「二歳年下の妹が一人いたんだけど、もう亡くなったよ」


「ごめん……。気を悪くするような」

「いや、気にしないで。もう遠い昔のことだから」


「妹さんもこの世界に来てたりとか……しないかな?」


 俺は空気を変えようと憶測を言う。


「どうだろう? そうだとしたら会いたいけどね。時間が経ってるから気付けるか分かんないけど」


 上田は頬杖をつきながら穏やかに笑う。きっと、妹さんも美形なんだろう。


「話は変わるけど、その魔法使って魔力消費はどう?」

「何か減った感じがするようなしないような」


「最初は分かんないかもね。でも慣れてくるとあとどれくらい使えそうだなって感覚も掴めると思うよ。俺の記憶だと《容姿変化》はそんなに維持するのに消費する魔力は多くなかったからそんなに心配はいらないだろうけどね」

「そうなんだ」


 それを聞いて、この日俺は奏時の姿のまま眠りについた。《容姿変化》を使っていると、自分が自分でないような感覚で落ち着く。


 元の状態には戻りたくなかった。怖かった。あんな殺人鬼よりも、俺の大切で尊敬に値する弟の姿でいることの方が自分を信じることができる気がした。


 俺は奏時なら信じられる。それでも罪の意識が消えることはないし、消すわけにもいかない。




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