第14話 魔法の世界

 正暦10504年5月18日午前。


 森を抜けて開けた土地に出てしばらく歩いていると、上田洸汰と出会った。


 俺なんかが神前さんや上田と同じ世界にいてしまって申し訳ない。


「上田じゃん! なんでここに?」

 神前さんが先にリアクションをする。俺はどう反応していいか困っていた。


「えーっと。まあ特に何をしてたわけでもないよ。やることがなくてさ」

「上田はここに来てどれくらい?」


 この二人は相原を殺す前に話しただけの関係なはずなのに、まるで近しい関係かのようだ。


「もう六ヶ月かな」

「やば! 半年も? 一流じゃん!」

 まるで同窓会で久しぶりに会ったかのようなテンション。


「思恩とはいつ会ったの?」

「ほんとにさっき会ったばっかり! 知り合いがいてほんとに助かったよー! 上田も一緒に来る? やることないんでしょ? 色々聞かせてよ、異世界のこと!」


「いいよ。思恩は大丈夫?」

「えっ、ああ、いいよ全然」

 上田も平然としている。二人とも強い。


 しかし、上田洸汰という人間は謎だ。俺に優しくしたり、相原とつるんだり、相原を殺したり。どれが本当の上田洸汰なのだろうか。



 上田からはこの世界の常識を聞いた。

 この世界が神陸と呼ばれていること。ここが一つの島であること。


「時間軸についてはこんな感じ。伝わったかな?」

「うん分かりやすいよ! ありがとう!」


 地面に指で図を書いて上田は説明してくれた。俺は頷いて理解した旨を伝える。



「魔法についてはどう?」

「あっ、そうそう! それ聞きたいんだよね。なんかこう湧き上がってくるこの感じ! 初めての感覚だから心地悪いんだよね。うまく説明できないけど」


 そういえば何か自分の中にエネルギーが溜まっている感覚がある。今まで全く気付かなかった。


「それが魔力ってやつ」

「おお! きました、魔力! 私たちも魔法使えるってこと?」

「そうだよ」

「まじで! やったー!」


 神前さんが高らかに両腕を天に突き上げる。


 日が照っており、彼女を祝福しているかのようだ。


「思恩も感じる? 魔力」

「あー、うん」


 あんなことになっていなければ俺も魔法にテンションが上がっていたのだろうか。


「魔法の名称を浮かべてみて! 自然と分かってくるから」

 俺は言われるがままに目をつぶって精神を集中させてみる。血液の流れを感じられるようになった気分だ。


 何か文字が浮かぶというより、概念が新たに自己の智慧に結びついて常識となる過程を一気に経験し、当たり前として存在していたかのようにそれは居座っていた。


容姿変化ようしへんか》。それが俺の魔法だった。


「感じた! 私の魔法! 《感情読かんじょうよみ》! 思恩くんはどう?」

「《容姿変化》」


「おお! いいね! 見た目変えられるの?」

「たぶん」


「《容姿変化》ってことは変身願望があったってことだね。持っている魔法は前世の未練からくることが多いから」


 未練。俺は変わりたかったのか。そうかもしれない。


 俺は俺でいるのが辛い。別の何かになりたい。


「てことは私はどういう未練があるの?」

「うーん。自分のことをどう思ってるか気になる人がいたとか?」


「なるほど。奏時の気持ち知りたいもんね。私魔法使ってみていいかな? どれくらい感情が分かるか知らないから、プライバシー保護の観点が心配なんだけど」

 神前さんは興奮を抑えきれず早口になっている。


「俺に使ってみたら?」

「え? いいの、上田? プライバシー丸裸かもだよ?」

 にやついた表情で神前さんが上田にすり寄る。


「《感情読み》も図書館の本を読んで調べた中にあったけど、そこまで法律違反なものじゃないから大丈夫だと思うよ?」

「そうなの? じゃあちょっと触っていい?」

「うん」

 まるで付き合いたてのカップルが初めて手を繋ぐような空気感。


「《感情読み》! うわっ! なにこれ!? 何か変なのが入ってくる」

 神前さんはぎゅっと握った手を思わず放してしまう。


「大丈夫?」

「うん、平気。びっくりしただけ。感情がぶわーって入ってきたから。これは私たちだけの秘密にしておくね?」


「え? 何が送られてきたの?」

「あれー? 分かってないの? じゃあ私だけの秘密にしちゃおっ!」


 いたずらっぽい表情を浮かべて照れ笑いする神前さんに上田はどぎまぎしていた。

 なんでこの二人はそんなに楽しめるんだろう?

 死んだんだよ。もう全て戻ってこない。


 俺にいたっては夢見さんの命を奪ってしまったのだ。

 この空気に馴染むことはできない。



「上田の魔法も教えてよ」

「えーっと、それが、《記憶飛きおくとび》っていう一回行った場所に行くことができる魔法だったんだけど、実は真人に取られちゃって……」


「真人ってあの殺人鬼相原真人? なんでそうなったの?」


 また自分のやったことがフラッシュバックする。


「あいつも神陸に来てるんだ。しかも、真人の魔法は《能力奪取のうりょくだっしゅ》って言うんだけど、めっちゃ反則の魔法で触れた相手の魔法を奪うことができるんだ。これをいきなりされて俺はどうしようもなくて。だから、俺の魔法は真人が持ってる」

「うーわ、最悪」


「あの、質問なんだけど死んだ人は皆ここにいるの?」

 俺は恐る恐る尋ねる。もし夢見さんがいるなら謝らないといけない。そんなことをしても許されることはないが、それくらいはしないといけない。


「いや、そういうわけではないみたいだよ。なんで?」

「夢見さんが……」


「え? なんで夢見さんの名前が出てくるの?」

「それが……」


 俺は夢見さんを殺してしまったことを上田に打ち明けた。


「なるほど。そうだったんだ。それについてはどうだろう。夢見さんが強い未練を感じていればいるかもしれないけど」


「じゃあ、いるかもしれないんだ! 良かったじゃん! 思恩くん!」

 神前さんにバシバシ背中を叩かれる。


「思恩に心当たりはあるの?」

「いや、それは、分かんない」


 俺は手紙でやり取りをしていただけで彼女のことには詳しくない。


「だとしたらあまり期待しない方がいいかもね。厳しいことを言うようだけど」

「そっか。ありがとう」


「うん。それと、二人にいい情報と悪い情報があるんだけど……」

 落ち込む俺を見かねてか上田が空気を変えるように話題を転換する。


「え、何々?」

 神前さんが前のめりになっている。


 悪い情報という言葉は聞こえていないかのように目を光らせている。


「この世界に思恩の弟さん、奏時くんがいるんだ」




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