第11話 吾輩は犬である

 それからというもの、俺はポチを毎日散歩に連れていきながら、この世界のことを伝えていった。


「ポチよ。前世は地球だっただろ? それに対して、この世界は神陸と呼ばれてる。伝承によると、神陸の最初の人間は転生者だったらしい。そこからは地球と同じように人口が増えていった。でも、今の神陸の人口は約1億人。日本よりも少ないんだ。人間が生きてきた歴史の長さは神陸の方が長いんだけどな。神陸の一年は地球の一か月と同じで、例えば地球の1月は31日あるよな? そうすると、神陸は一年が310日。一か月が30日の時は神陸では一年が300日になってる。よって神陸は10月までしかない。そこらへんがリンクしている理由は解明されていない。とにかく、時間の流れが地球と神陸は異なってるってことだ。ここまでは大丈夫か?」


「ワン!」


 リードにつながれ、四足歩行で歩くポチの返事ははきはきしていたため、理解したということにする。


「それから、ここは山吹島。俺たちが住んでた山吹市が由来だ。そもそも、この島は基本的に無人島だったんだが、奏時を拘束するために必要な公人たちを住まわせるようになったんだ。この島が発展していないのはそういうわけだ。公人に本土みたいな便利な生活は許されてないようなもんだからな」

「ワン?」


「奏時が拘束されてる理由か? それは奏時が《所有権しょゆうけん》っていうあまりにも強い魔法を持ってるからだ。《所有権》は《能力奪取のうりょくだっしゅ》の上位互換魔法と言っていい。お前のは魔法を奪って自分のものにできるが、奏時は魔法を奪うだけでなく、与えることもできる。意のままに能力の所有者を操作できるってわけだ。その魔法を持っているだけで犯罪者のような扱いを受けることになる。しかも、奏時はその魔法を使っていくつもの魔法を実際に奪ったんだ。俺も細かい事情を知っているわけじゃないが、そりゃいきなり異世界に来てそれだけ強大な魔法を持ってたら使いたくなるよな。まあその結果奏時は拘束施設に閉じ込められることになったんだが」

「ワォーン」


 ポチは何か悲しそうに消えていくような低い声で鳴く。

 その顔はよく見えないが、元々はこいつが元凶なのにそういう反応をするということは、今の真人は真人としての意思は弱いのだろう。《魅了みりょう》の力というものがだんだんと分かってきた。


「さて、ここからは森林地帯だ。山吹島は島の北側に町が多くて中央は森だらけだ。この森を抜けないと、南の町や奏時の所には行けない」

「…………」


 ポチが訝しげにこちらを見てくる。


「なんだその《記憶飛きおくとび》を使えばいいのにっていう目は? これはお前にこの島の地形やルートを覚えさせるためにやってんだ! 文句言うな! 俺だってめんどいんだからな? お前をここに置いていってもいいんだぞ?」

「ワンワンワンワン!」


 首を必死に振りながらポチは反省する。


「じゃあ、さっさと歩け!」


 ちなみにポチの前足にもちゃんと靴を履かせているので森の中を四足歩行で歩いてもまあなんとかなる。俺だってそこらへんの配慮はちゃんとしている。


 しかし、さすがのマコト犬でも四足歩行はかなり疲れるようで、あまり進みは良くない。


 二足歩行にすればいい話なのだが、それは《ワンコ》持ちの真人が許さない。



 定期的に食料確保もしつつ俺たちは南の町に辿り着いた。

 しかし、また何度か来て覚えさせる必要がある。その点において四足歩行の人間を連れて行くのは非効率だった。


「ポチ、お願いだから二足歩行に戻ってくれ」

「………………」


 どうやらダメらしい。

《魅了》の効果が薄くなっている様子はない。むしろ効果が強すぎたあまり、完全に犬になりきってしまっているこの状況を抜け出せないのかもしれない。


 仕方がないので、とりあえずリードは外して、町に入る。


 公人は自動車を使用するだけの金銭的余裕のある者はいないので、道路的なものはない。

 この島には本土と違って電車やバスもない。公人には実質的にいろいろな制限がある。

 交通インフラが整っていれば、それを使ってポチを連れていけばよかったのだが、徒歩で行くしかなかったのだ。


 それでも、望む者は一軒家を持って暮らせているだけこの島の公人は恵まれている。


 公人の存在はボランティア制度によって成り立っている。

 この制度は以前、公人制度という名称だった。その前は奴隷制度である。


 その歴史は果てしなく長い。神陸において、奴隷制度が誕生したのは大昔のことで、ようやくここまで来たと言える。


 もうそこに差別意識は存在していない。

 少なくとも一般市民の間ではそうだ。


 だが、政府にとっては違う。

 神陸には多くの公人がいる。

 彼らは政府の道具だ。


 そんな特殊な街でも、ポチは怪しい目で見られる。

 魔力封じの首輪を着けた公人に首輪を着けた犬が訝しげに見られる光景というのはそうそうないだろう。


 ちなみに真人の首輪は公人たちに紛れるためのものだ。公人のように魔力を封じるために着けているわけではない。

 ただ、ついでに俺も同じような目で見られる。怪しい目というよりも、ただただドン引きされている。


 ボール遊びをしていた子供たちが寄って来る。年齢はまだ七,八歳というところだろうか。


「なんで靴四つもあるの?」

「へんなのきた!」

「赤ちゃんみたい」


「ワン!」

 赤ちゃんと言われてご立腹なポチ。頼むから日本語を……。


「犬?」

「ワンって言った!」

「隣の人にいじめられてるの?」


「断じて違う!」と言いたいところだが、否定しようがないし、そう思うのが当たり前だ。


 でも、ポチは全力でご主人様を守るために首を横に振っている。そう思うなら人間に戻ってほしい。どうしてこうなったのだろう。全ては俺が悪いのだが。


 そう思っていると、ポチが急に立ち上がる。そう、二足歩行になったのだ!


「ご主人様は悪くないワン! 私の魔法が《犬》だからこうしているだけだワン!」


「ポチ……」

 謎の感動。


「ワン!」

 ポチは犬に戻った。子供たちはポカーンと口を開けている。これがマコト犬のなせる業。


 周りで聞いていた大人たちもどうしていいか分からず停止している。

 俺はそれに耐えられず、歩みを進める。

「行くぞ! ポチ!」

「ワン!」


 俺の声は震えていただろう。一方でポチは今にも走りだしそうな勢いでこちらを振り向き舌を出しながら返事をする。

 早く飯を買って景色を覚えさせてこの場を去ろう。そう決意を固めるも、町での滞在時間は一時間を優に超えた。


 何度も公人たちに囲まれ俺は顔を真っ赤にして対応する。その度にポチはマコト犬の説明を繰り返した。


 食料を買ってから俺たちはダッシュでこの町を出た。


 そこで俺は冷静さを取り戻す。


「あっ」


 最初からこいつ一人で行かせればよかったということに今さら気づいた。


 だってお腹がすいて早く何か食べたかったんだよ。ちくしょ-。


 空腹は人を狂わせる。


 隣で骨付きチキンを頬張るポチはご機嫌だった。


「いじめた分は返ってくるぞ、真人」


 ポチは食事に夢中だった。


 そこからまた俺たちは散歩を続けた。

 小屋は見つける度に金銭の確保のために立ち寄った。


《記憶飛び》も使いつつ、同じ町に戻って今度はポチ一人で買い物に行かせて再び《記憶飛び》で小屋に戻り前進するというループで俺たちはついに奏時が拘束されている場所に到着した。


 中には入らずに、外観だけを記憶させる。

 当然ながら警備員がそこらじゅうにいる。

 後々ここに再び来ることになる。


 この施設は政府によって管理されている。

 俺はすでに検査を行い、その結果が政府にも送られているだろう。最大魔力量が倍増したことや二つ目の魔法を手に入れたことは伏せてある。俺が戻ってこれただけでもこのプロジェクトは大きな成果を上げたことになるため、伏せておいても怪しまれることはないはずだ。


「この景色を覚えたか、ポチ?」

「ワン」


 小声で聞いた俺に合わせて、ポチも小声で返す。

 犬以上人間未満と言ったところか。


「よし、じゃあ帰るぞ」


《記憶飛び》。

 俺たちは再び町の近くにある小屋に戻った。


 思恩たちの転生まであと五か月ある。


「次やることは──」


 俺はポチを見る。


「ワン!」


 いい鳴き声だ。



「明日、支部のパソコン借りて、『犬 人間に戻す 方法』で検索だな」


「ワン!」



 これが最大の難題かもしれない。




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