第4話 まずは二人

 7月21日は終業式の日であり、相原の誕生日である。

 早めに放課後を迎えるこの日は思恩にとって本来悪夢のような日だ。

 しかし、今日は特別な日になる。



 ◆



 放課後、体育館裏にて。

 神前奏は上田洸汰を呼び出していた。


 奏は先に体育館裏でスタンバイを完了し、あとはナイフを刺すだけだった。

 彼に声を出させるとまずいため、一瞬たりとも油断ができない。


 足音がする。上田だろうか。

 奏は踊る心を必死に抑えつつ、予備動作に入る。


 彼女の狩人のような研ぎ澄まされた感覚は全くぶれない。足音が近づく。あと3歩、2歩、1歩、刺す───。


 空振りだった。

 彼女の感覚に狂いはなかった。


 それを上回る察知能力がそこにはあった。

 洸汰は曲がる瞬間に身体を後ろに反りながら回避していた。そして奏の腕を掴み捻る。


 奏は思わずナイフを手から離して倒れ込んでいた。


「えっと、君は誰だっけ? 初めましてかな?」

 濁りのないその声に奏は笑みをこぼす。


「なんで分かったの?」

 空振りの奏も泰然と問う。


「なんでって、そんなに殺意むき出しだと怪しいじゃん。しかも、僕が来た時、君は一度人違いじゃないか確認する間があった」

「あっそう」

 奏はもう一方の手で洸汰の手を引き剥がす。


 洸汰はナイフを取り折り畳む。それをポケットにしまう。

「用事は済んだ? 僕は教室に忘れ物をしたから戻らないと」


「待って! あなたに頼みがあるの」



 ◆



 冷房の効いた教室内で俺は相原、中田、和田とサッカーやろうぜ、お前ボールな遊びをしている。もちろん俺がボールだ。

 勝ったやつが明日の遊びの内容を決めることになっている。こいつらに明日などないのに。今に見ていろ。


「おい、ボール! 早く動けよっ」

「転がれ転がれー」

「こいつ走るより転がった方が速いだろ。ボールの才能あるぞ、マジで」


 俺は三人に蹴りを入れられながら、耐え忍ぶ。そうしていると、扉が開いた音がした。

 来た! 神前さんだ!

 ここは四階だから、もっと時間がかかると思っていたけど、もう来てくれたようだ。


 相原たちはさぞ楽しそうにわめきながら蹴りに夢中だ。こいつらの狂騒もたまには悪くない。

 俺は神前さんが来ているのをバレないように大声をあげて気を引く。


「いったー! 痛い痛い痛い! もう吐きそう、一旦ほんとにストっ───」


 蹴りを入れる足の数が一つ減った。さらに一つ、二つ減った。頭がくらくらする。


「おう、おかえり、洸汰どうしたよ」


 神前さんじゃない……。なんで上田が? 神前さんが殺し損ねた……?


「………………」


 上田が真顔で教室の扉を閉める。

 上田は何も言わずに相原に密着し、相撲の送り吊り出しのように相原を持ち上げる。そのまま窓まで押し付ける。


「急にどうした? なあ、洸汰?」

 相原は黙ったままの上田に怪訝な顔を向けている。異様な雰囲気が漂う。


 上田が一度その拘束を緩めながら窓の鍵のロックを解除する。


 窓を開ける。


 また、密着し持ち上げる。


 相原はまだ何も分からず困惑している。


 中田と和田も思考を停止している。


 相原の顔に焦りが見えてくる。汗が滴り落ちる。


「おい、離せよ」

 相原は拘束を解こうと躍起になる。


 と同時に上田は飛び降りた。


 相原真人をがっちりと抱えたまま。




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