第38話 任されました

 その後、僕らは春日野さんの家の車に乗って移動。


 何処に行くんだろう?


 車に揺られながら、僕は周囲の景色を見つめながら考えた。


 そうしていると車は三十分程走った後、不意に停止した。


「ここです」


 言われて、僕らは車を降りる。


 すると、目の前には石で作られた墓が並んでいた。


「ここは……」


「墓地だよ。私の父さんの墓が……ここにあるんだ」


「え!?」


 春日野さんに言われ、僕は驚きの声を上げる。


 お父さんの墓がある……って事は!


「君に、ここに来て欲しかったんだ」


 春日野さんはそう言って一歩前に出る。


 これから、春日野家の墓に向かうのだろう。


「じゃあ、母さん。私達は墓参りしてくるから」


「うん。行ってらっしゃい。龍之介君も一緒にお願い。お母さんにはここでお話が」


 促され、僕は春日野さんの後について、墓地を歩き出す。


 そこには結構な数の墓が並んでいた。


 中には、墓石に巨大な星が刻まれているモノもある。


 それを見るとはなしに見て僕は春日野さんの後をついて歩いた。


 すると、程なく春日野家の墓と書いてある墓石の前に辿り着く。


 そこは黒曜石の墓石が詰まれた見事な墓だった。


 非常に手入れも行き届いていて、雑草もまるで生えていない。


 誰かここの手入れをしている人がいるのかな?


 そんな事を思いつつ、僕らは並んで墓の前に立つ。


 そうしていると、春日野さんが持っていたちり紙に火をつける。


 線香を灯すのだろう。


 まだ春という事もあり風も強いから僕は火をつけた紙に風が当たり過ぎないよう壁になる。


 程なく紙に火はつき、その火に線香を翳すと瞬く間に火がついていく。


 その線香を受け取ると、春日野さんはすぐにお墓に向き直る。


「父さん。久しぶり。半年ぶりかな。今日は、私の彼氏を連れてきたんだ」


 そして、彼女は線香を上げながら墓石に語り掛け僕の方へ向き直る。


「彼が私の恋人、竹越龍之介君だよ」


 そうして、彼女が道を明けてくれている事に気づき、僕も一歩前に出て線香を墓にあげる。


「お父さん。初めまして。竹越龍之介です。桜さんと、お付き合いをさせていただいています」


 まるで結婚の時に、相手の両親へ挨拶するように緊張気味に口を開く。


 本当に両親への挨拶みたいだ。


「君に……会って欲しかったんだ」


「え? お父さんに、ですか?」


 振り返って聞き返すと、春日野さんは小さく頷く。


「ああ、ここに父さんはいない。けど……それでも、会って欲しかったんだよ」


 その表情は、誰かをなつかしむとかではなく、本当にお父さんに僕を会わせたかったんだなと思えた。


 だから、僕はすっと手を合わせる。


「きっと、こうして話していても、お父さんには聞こえないかもしれないから。手を合わせましょう」


「…ああ」


 そうして、僕らは手を合わせて瞑目する。


 そこで、僕は心の中でもう一度挨拶をした。


(はじめまして。竹越龍之介です)


 先ほどまでの緊張は何処かへ飛んでしまっていた。


 純粋に父に会わせたかった自分の恋人の気持ちを思えば緊張している場合じゃない。


(僕は娘さんの、桜さんの色んな気持ちを知った。思いを知った。そのうえで僕は彼女に好意を伝えて、僕らはお付き合いをする事になりました)


 真摯に、何処までも真摯に僕は心の中でお父さんに伝える。


 まるで、本当に恋人のお父さんに対面する時のように。


(僕はまだまだ未熟です。桜さんもまだまだ未熟です。でも、二人で一緒にいたら、辛い事もうれしい事も分け合える。僕は、何があっても桜さんを守ります。だから、どうか見守っていて下さい。ずっと見守っていて下さい)


 そして、伝えたい事を伝え終え、僕は静かに目を開ける。


 すると、隣の春日野さんが僕を見つめている事に気づいた。


「随分長く瞑目していたね」


「挨拶していたんです、お父さんに。何があっても貴方を守ると」


「えッ……」


 思いもよらない答えだったか、春日野さんは赤面する。そんな事をしていたなんて、全く思ってもなかったんだろう。


 不意打ちを喰らって困ったか、春日野さんは恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。


「そ、その……用は済んだから。そろそろ戻ろうか」


「ええ。そうですね」


 僕が答えると、春日野さんはもう一度墓に向き直り、


「父さん。また、来るからね」


 それだけ告げて踵を返し、そそくさと歩いて行ってしまった。


 僕もその後を追って墓に背を向けて歩き出そうと一歩足を踏み出す。


『娘の事、宜しく頼むよ』


 と、不意にそんな声が聞こえた気がして、足を止め振り返った。


 そこには、何の変哲もない、綺麗に磨かれた墓石だけがあった。


 今のは……。


 聞いた事のない声だ。


 ただ、温かみや優しさの溢れた声だった。


 その事を考え、すぐにそれが誰の声かは分かった。


「はい。任されました! 見守っていて下さい、お父さん」


 僕は、墓石に向けてはっきりと告げる。


 すると、墓石が不意に光った……ような気がした。


 そこにいない筈の人が、答えてくれたかのように。


「お~~い、竹越君。何をしてるんだ~い?」


 背後から声が聞こえて、僕は慌てて歩き出す。


「は~い。今行きます」


 そして、僕は春日野家の墓から歩き去った。


 託された思いを胸に秘めて……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 17:00 予定は変更される可能性があります

美少女くんとイケメンちゃん @Takahisa_SA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ