第37話 当たり前の顛末

 トランペットの音が聞こえたのは僕らが手をとった瞬間だった。


 聞き覚えのある戦慄。


 これは……有名ゲームのエンディングで流れる伝説を称えた曲。


 何事かと見上げれば、音楽室からトランペットの頭が出ていた。


 そこから流れる旋律は見事の一言。


「な、何で急に……」


 そう言った途端に、今度は教室の窓から色んな人達が顔を出して皆がおめでとう!と一斉に拍手してくる。


 その中には、外で部活をしている生徒達も含まれていた。


 よく見たらその教室の中に溢れんばかりの生徒達が集っていた。


 全然、気づかなかった。


「どうやら、聞かれていたようだ、ね」


 戸惑う僕に、春日野さんが告げる。


「え! もしかして、僕らの声とか音楽室まで丸聞こえだったんですか?」


「ああ。はっきり聞こえていたかは分からないが。ともかく騒ぎが起きてしまったのは間違いない」


「え!? まずいですよ、それ!」


 騒ぎになってしまった事に慌てる僕。


 いやいや。


 僕ら、今日学校サボったんだけど!


 気付かれないようにこそこそしてたのに、まさかこんな事になるなんて!


 早く逃げないと!


「おい、お前ら!」


 と、背後から声がして反射的に背筋が伸びた。


 恐る恐る振り向けば、そこには我らが担任の夏風和美先生が立っていた。


「あ」


 み、見つかってしまった!


「お前ら。学校サボって何処ほっつき歩いてるのかと思ったら。まさか、放課後こんなところにいるとは思わなかったぞ?」


 普段通り、何処か力が抜けた感じの先生。あんまり怒りは感じなかったが、気まずくて仕方ない。


「あ……、えっと~。その……」


「まぁ、大体は分かるがな。春日野の事なんだろ? どうもここ数日、お前ら二人の様子がおかしかったからな。特に春日野!」


「え!?」


 急に話を振られ、困惑した様子の春日野さん。


「お前、どうもいつもの覇気が感じられなかった。聞いた話じゃ、休み時間になると女子バスケ部の部室に入り浸ってたって言うし。担任の山井先生も心配してたぞ?」


「ぁ……」


 溜息混じりの和美先生の反応に春日野さんも言葉も出ない様子。


「そして竹越。お前も、だ! 休み時間の度に、学内中探し回ってたらしいな。それも、友達まで狩りだして」


「あ、は、はい」


 バツが悪くて僕は目を反らしながら生返事を返すのがせいぜい。


「全く。人の色恋に口を出す気はないが。よもや、ここまでやる奴らが出るとは。この学校始まって以来の珍事だよ。流石にこうなった以上、処分は免れんぞ。ご家族にも連絡しないとな」


 しゅっと僕らを指さして、少し強めに伝える。


 僕らは二人ともシュンと頭を垂れる。


「と、言うわけで。お前たち二人は月曜日いっぱいまで謹慎処分とする! よく反省しろよ! ほれ、自習用のプリント」


 そしてプリントの束を僕らに渡すと、先生は踵を返してそのまま歩いて行ってしまう。


 が、不意に足を止め、


「まぁ、謹慎と言っても土日を挟む。二人で何処かに出掛けようが休日の過ごし方は我々教師には口出しできん。二人で何処か遊びに行こうが好きにしろ」


 そう言い残し、先生はそのまま颯爽と歩いて行った。


 その背中を見送り、僕らは顔を見合わせる。


「あ、その……。どうしましょうか…」


「と、とりあえず、帰ろうか」


 止まない拍手の雨に戸惑ったまま、僕らはそそくさとその場を後にした。


「はぁ~」


 翌日土曜日は、朝から憂鬱だった。


 というのも昨日に家に帰ったら、その場にいた母さんに捕まり

滅茶苦茶怒られたからだ。


 まぁ、そりゃ怒られるだろというのはまぁ想定済みだったのだが母さんの怒りは想像を優に超えてきたものだった。


 昨日は本当に恐ろしくて仕方なかった。


 父さんも流石に何も言えず、結局僕は母さんの怒りを一心に受ける事になった。


 お陰で、今日は一日家で勉強するようにと言い渡されたのだ。


 先生は土日に二人で何処でかけようが感知しないから好きにしろと言ってはいたが、とてもじゃないが外には出れない。


「そりゃそうだよ、先生。昨日の今日で何かできる程、僕は命知らずじゃないもの」


 もしこれで抜け出そうものなら、命は無いかもしれない。


 とりあえず、勉強に精を出していた。


 だが普段から予復習している結果、プリントも五教科分あっても半分はすぐに終わってしまった。


 月曜日も謹慎だから、そこでも学習しなきゃいけないのだが、とてもじゃないがプリントが足りない。


 恐らくこのまま続けたら昼を挟んでも多分今日中には終わる。


 そうなってくると、明日から何をすれば良いのか分からなくなってくる。


 さて、どうしたモノか。


 ピンポーーーーン!


 と、不意にインターホンがなったのが分かる。


「は~~~い」


 そして、すぐに母さんの声がした。


 多分、インターホンの対応をしたのだろう。


 誰だろう?


 そう思うが部屋を出るわけにも行かないから確かめようがない。


 誰か来ても応対は母さんがするだろうし気にしても仕方ない。


 と言いつつ耳を澄ませていたら、母さんのスリッパの音がする。


 程なく扉も開き、誰かが玄関に入ってきたのを感じた。


 大方、宅急便か何かが届いたんだろう。


 そう思って、机に再度向かい始めた。


「りゅうちゃ~~~~ん。ちょっと降りてきて~~」


 しかし、予想に反して、下から母さんが呼ぶ声がした。


 急な事に驚いたが呼ばれたからには行かない選択肢はない。


「今行く~~」


 答えてから、慌てて階下へ降りる。


 すると……


「や、やぁ、竹越君」


「え? 春日野さん!?」


 そこにいたのは、昨日正式な恋人になった春日野桜さんだった。


 そして、隣にいるのは、


「春日野さんの……お母さん?」


「こんにちは、龍之介君」


 僕が言うと、春日野さんのお母さんは手を上げて答える。


「少しお邪魔してもよろしいですか?」


「え、ええ。どうぞ。玄関先でもなんですし、」


 母さんが答えると、二人は玄関から僕の家へと上がった。


 そのまま、全員でリビングへと入り、僕らは席に着く。


 何が始まるんだ?と思っていると、春日野さんが僕の方を見る。


 ああ、どうやら昨日の件らしい。


 もしかしなくても、春日野さんのお母さんからも怒られたかな?


 これは二人がかりで絞られそうだ。仕方ない。


 そう思って、審判の時を待った。


「昨日は、ウチの娘が大変ご迷惑をかけまして…」


 が、予想に反して春日野さんのお母さんの口から出たのは謝罪だった。


 何が起きたのか分からず、混乱する僕。


「あ、いえ。この子が娘さんを連れ出しただけでお宅は別に何も」


「いえ。昨日というよりは、少し前からの事なんですが。この子が龍之介君に大変ご迷惑をかけたようで。話があると探してくれていたようなんですが、ずっと隠れて回っていたみたいで」


 その内容は正しいけど。


 まさかそんなことをわざわざお母さん同伴で謝罪に来るなんて思わなかった。


「え? この子がお宅様の子を探していたって、それはどういう事ですか?」


「はい。実はこの子、数週間前から、龍之介君とお付き合いをしていたようで。何ですが、この子の勝手で龍之介君と別れてしまったんです。その結果、龍之介君はこの子を探し回る羽目になり、昨日のように学校から連れ出す結果になったみたいです」


 母さんの問いに、正確に答えていくお母さん。


 何ら間違っていないけど、ああ待って。


 春日野さんと付き合ってた事、母さんにも父さんにも伝えてないんだけど。


「ええ!? りゅうちゃん、そうだったの?」


 予想通りの母さんの反応。


 ま、まぁ、そりゃそうだよな。言ってないんだから。


「うん。まぁ……」


「ちょっと。急にお二人が尋ねて来られたから、驚いてたけど。そういう事だったの? もう、何で言わないのよ、りゅうちゃん」


「話すタイミングとか、ね?」


 母さんにまったく違うベクトルで詰められて困る僕。


 まぁ、誰と交際しようが、多分親に報告している人なんて殆どいないんじゃないかな?


「それで。この子の抱える事情を龍之介君が昨日解決してくれて。

その為に龍之介君はこの子を連れ出したんです。学校をサボってまで。だから、ウチの子の為にそんな事までしてもらって、申し訳なくて」


「いえ、春日野さん。それはこの子が勝手にやった事ですから」


 母さんが答える。


 まぁ、僕が勝手にやったのは間違いない。


 謝罪されても困るのは確かだが。


「それで、お二人に一緒に来て欲しいところがあるんです」


「「え?」」


 春日野さんのお母さんに言われ、親子同時に驚く。


 僕らに一緒に来て欲しい場所って一体……


「車で来ておりますので。どうぞ乗って下さい」


 そう言って、春日野さんもお母さんも席を立ち、玄関へと歩いて行った。


 僕と母さんは顔を見合わせながらも、素直に二人に従って玄関へ向かう。

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