しあわせの形

しあわせの形

3円サイズのレジ袋に詰めてある幸せ。高級な牛革のバッグの中にはグリーンのクロコダイルと会社の資料、それとパソコンだけ。

俺はベンツであいつはママチャリ。中はふかふかのシートにフレグランスのいい香り。快適で居心地がいいはずなのに、なぜだか空気が重い。あいつは笑ってる。片耳にイヤホン。大好きな音楽、時にはラジオ。人目も気にせず鼻歌まじりでペダルを漕ぐ。汗はダラダラだけど、ぬるい風に吹かれて気持ちがよさそうだ。

俺には金がある。だけど時間がない。行きつけだった喫茶店、クリストファー・ノーランの新作映画、小さい頃からファンだったバンドの曲。もう何年も行ってない。見てない。聴いていない。あいつには金がない。だけど自由がある。用もなくぶらりと歩く近所のアーケード。一応持ってきたトートバッグが古本とガラクタと本日限りの食品でいっぱいになる。帰り道にはじゃがいものコロッケを二つ。美味しそうに頬張っている。

もし、誰かに何かを話したくなったら。俺は部下を集める。あいつは友達と集まる。俺は部下に愚痴をこぼしたところで、否定なんかされることはない。だけどあいつは、何か辛い時、何かに悩んでいる時、そばにはいつも仲間がいて親身になってくれる。

俺になくて。あいつにあって。ん。何かおかしい。

俺には女がいる。彼女とか妻とかそんなのじゃないけど。欲なら満たせる。愛なんて要らない。邪魔で無駄でめんどくさい。好きだ愛してるは馬鹿げてる。

俺には富がある。何でもかんでもってわけではないけど、大抵のものは買うことができる。友情とか。信頼とか。なくなるのなら買ってしまえばいい。

俺には地位がある。名誉がある。これで仕事には困らない。生活安定。将来堅実。このまま頑張ってさえいれば、不安なんて一切ない。

俺にはある。全部ある。だって。だって今までこんなにも頑張ってきた。あいつにはない。あるはずがない。暇で、気ままで、何も考えていないだけのあいつには。

俺は苦しい。あいつは楽しそう。

レジ袋には退職届とカップラーメン。幸せが詰まっている。