歌うことを教えてくれて、ありがとう

夢現 灰かぶりの人魚姫へ



「お姉さんの歌、もっと聴かせて」


とっても懐かしい記憶。

あの時の出会いが、いろんな人の人生を紡いでいくことになったんだ。

でも、私はまだお姉さんにお礼を言えてない。


「私に歌うことを教えてくれて、ありがとう」


この一言のためだけに、私は歌い始めたのに。

音楽を始めて、いろんなことがあったからすっかり忘れていた。

改めてこの想いを思い出させてくれた、あの子に感謝しないといけない。


「……最近忘れっぽいなぁ。だから、歳はとりたくないんだよなぁ」



この物語は何年も、何十年も前のお話。

Diverとして、深田結歌わたしが歌い始めるまでの物語。

そして、感謝を伝えるための物語。


私は小さい頃から、どこにも居場所がなかった。

家にいてもいつも怒られるし、学校でもよく話すような友達はいなかった。

だからある日、学校をサボって地元の公園に行った。

反骨精神というのだろうか。ただ見えない何かに、逆らってみたかったんだと思う。


そして、


葉の生い茂る木の下で、小鳥のように歌っていたお姉さん。

その姿はとても華奢で、シンデレラ体重をおおきく下回っていそうな見た目だった。

不思議なのは見た目だけでなく、歌声もとても不思議だった。

――お姉さんの歌声を聴いた時、初めて歌声に色が見えた。

一見明るく見える歌声は、いろんな色が混ざり合いドロドロの灰色になっていた。


「どうしてお姉さんは、そんなに悲しそうに歌うの?」


思わず口にした言葉はお姉さんを驚かせたようで、演奏していた手はいつの間にか止まっていた。


「…………どうしてお嬢ちゃんはそう思ったの?」


キラキラと輝くような笑顔で、お姉さんは問いかけてきた。

どうしてと言われても、ただそう見えたからとしか言えなかった私は素直に答えた。


「えっと……お姉さんの声が、灰色に見えたから」

「へぇ〜灰色に、かぁ。……ねぇ、なんで灰色なんだと思う?」


「……え?えーっと、なんだろう……疲れてる、とか?」

「ブブーッ!正解は、お姉さんがお城から抜け出してきたシンデレラだから。でしたー!」


お姉さんはからかうように舌を出した後、楽しそうに笑っていた。

確かに、お姉さんが絵本のお姫様のような顔立ちをしていたので一瞬本気にしそうになったが、流石に冗談だと気づいた。


「何、それ!ふふ、お姉さんすっごく面白いね!」


もっとお姉さんの色を見たい。

その時の私はそのことで頭がいっぱいだった。

歌声に色が見えるなんてファンタジーみたいな出来事があったのだから、仕方がない。



「ねぇ!お姉さんの歌、もっと聴かせて」

「いいよ〜。すっかりお姉さんのファンになっちゃったね。そーだ、お嬢ちゃんお名前は?」

「私は深田 結歌ふかだ ゆいか!お姉さんは?」

「ん〜。ヒ・ミ・ツ!」

「え〜!教えてよー」

「知らない人に、すぐに名乗ったらいけないんだよ〜」


結局、どれだけ粘ってもお姉さんは名前を教えてくれなかった。

この時に名前を聞き出していれば、今の私Diverは存在していなかった。

きっと、運命だったのだろう。



こうしてすっかりお姉さんのファンになった私は、毎日のようにお姉さんのところに通うようになった。

歌声に色が見えるようになった経緯を話すと、お姉さんは歌を教えてくれると言ってくれた。

次第に綺麗な声の出し方や、ギターの演奏も教えてもらった。

練習の息抜きで、海の話や好きな深海生物の話もしてくれた。


「深海に住むメンダコはね、光にすごく弱いんだよ」


「メンダコの目の黒い部分を見るとストレスのかかり具合がわかるんだって」


「星の砂って、本当は砂じゃないんだよ」


今思い返せば、お姉さんはメンダコの話が多かった気がする。

すっかり影響を受けて、今でもギターケースにメンダコのキーホルダーがつけちゃってるくらい虜にされちゃった。


歌の練習と日常的な会話。

たったそれだけだったのに、私の見えていた世界はどんどん色鮮やかになっていった。

お姉さんと出会ってから楽しい日々が続いてた。

どんどん成長していく私をみて、お姉さんはいつも褒めてくれて、笑ってくれていた。


でも……会うたびにお姉さんの肌は白く、身体は細くなっていた。

そして私が一曲を完璧に弾けるようになった日、お姉さんの使っているギターを私にくれた。


「師匠からのプレゼント、大切にするように」

「いいの!?私、ずっと大事にするから!!」


「もし壊したら警報が鳴って、お姉さんがすぐ怒りにいくからね」

「はぁ〜い。ちゃんと大事にします!」


「さぁ、おうちに帰ってお姉さんみたいになれるように練習しな?」

「わかった!じゃあお姉さん、また明日!」



「…………うん。また、明日ね」


この時のお姉さんは私じゃなくて、どこか遠くを見ていた気がする。

そして次の日、いつもの木の下にはお姉さんはいなかった。

何日も、何日も通ったが、お姉さんが来ることはなかった。



探しても 探しても どこにもいない

私に翼をくれた 灰色のシンデレラ

シンデレラは海に憧れ 魔法で人魚になったのか

それなら私は どこまでも貴女を探そう

深い深い海の底まで 潜っていこう

光を恐れるような身体になっても構わない もう一度あえるなら 

ガラスの靴の代わりに 喉が枯れるまで一緒に歌おう

だからどうか もう一度だけ


『;Diver』


この歌から、私はDiverと名乗るようになった。

一度Diverとしての活動をやめていた時期があったが、結局は戻ってきた。


お姉さんを探す日々の中、何度も何度も諦めようとした。

でも歌う度にあの日々を思い出して、諦められなかった。


お姉さんと過ごした期間は一ヶ月もなかったが、私にとってあの日々は一生の宝物だ。

その一ヶ月のおかげで私は、こんなに歌えるようになった。

感性が豊かで、変幻自在な曲を作るシンガーソングライターと言われるまで成長できた。


最初はコードも杜撰だったし、盗作を疑われた曲もあった。

それでも死に物狂いで曲を作り、歌い続けた。

有名になって、お姉さんに見つけてもらうために。


売れるために、なんだってした。チームを組んだし、バンドもやった。

毎週のように地元で路上ライブもしていた。

有名になってからも、取材もインタビューも山ほど受けて、ついに地上波にだって出演した。

それでも、お姉さんには見つけてもらえなかった。


もうどうしようもないと思っていた時に、うつつの話をマネージャーから聞いた。

なんでも叶う夢の世界ならもう一度会えるかもしれないと、一縷の望みをかけてみた。

夢の世界に入ると、歌が聞こえてきた。その歌声の正体は、昔の私に似た女の子だった。


私の歌に憧れて歌い始めた女の子。名前は大月 葉塚おおつき はつかちゃん。

決して上手とは言えないが、メラメラと真っ赤に燃える声色には大物になる可能性を秘めていた。

どうやら私の熱狂的なファンみたいで、レジロールまるまる一本分くらいの愛を伝えてくれた。


でも、彼女は自分らしさを見失ってた。


らしさを無くしかけてた彼女に、一言だけ伝えた。

その一言で彼女は火をつけ、らしさを取り戻した。


彼女らしさを取り戻すために歌った一曲、彼女の歌声は


あの時はすっごく驚いた。

お姉さんは私と出会う前、そんな想いで歌っていたなんて思ってもいなかった。



自分らしさを取り戻した彼女と別れた後、祖母が嬉しそうに、連絡先の書かれた一枚の紙を渡してきた。


不安に思いつつ連絡を入れると、思いもよらぬ人と繋がった。

そして、数日後ある場所で会う約束をした。


その場所は、都会のとある場所。

空を見上げれば、バベルの塔の如く高いビルが見える街。


そんな街の中にビルどころか、電線すらも見えない場所。

街ゆく人たちの話し声や、電子広告の音、車が通る音もない。

あるのは鳥の囀りと、木々が揺れ動く音だけ。

少し煙っぽい匂いと沢山の花の匂いが入り混ざる場所。


そんな場所の大きな木の下で。


「………………やっと、やっと見つけたよ。お姉さん」


この場所でようやく、またあえた。

言えなかったお礼を今、伝えるんだ。


昔の思い出が、どんどんと溢れて来る。

30日にも満たない一瞬の思い出達。

この思い出のおかげで、今の私がここに存在している。



目頭が熱くなって、ボロボロと大粒の涙が溢れて止まらない。



「……ありがとう。あの頃の私に居場所をくれて」

「わたし……、私はずっと、ずぅっっっとお姉さんのファン第一号だから」


私に歌うことを教えてくれて、ありがとう。


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夢現 のなめ @noname118

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