Daybreak
―喫茶店 風見鶏 B1F ライブスタジオ―
あたしは見失ってた自分らしさを、また見つけられた。
もう絶対に見失わない。
誰かの真似をして、逃げようとしていた弱い自分とは、ここでお別れするんだ。
「――あたしをしっかり見て、聴いてくださいね」
「もちろん。どんな色が見れるか、楽しみ」
目の前にはあたしの夢の始まりをくれた人。
貴女が夢を与えてくれたから、ここにあたしがいる。
貴女が私に壁を与えてくれたから、新しいあたしが生まれた。
そして今、『あたしらしさ』を貴女に歌うんだ。
大きく息を吸う。
もう、あの時の不安はない。
不安よりもワクワクする気持ちが止まらない。
きっとこの歌は楽しくなる。
あの日もらったドキドキを、今度はあたしなりのドキドキで届けるんだ!!
◇
そうして彼女は、笑顔で歌い始めた。
楽しそうに歌う声のなかに見えた色は、様々な感情の入り混じったドロドロの灰色だった。
彼女なりに迷って、苦しんで行き着いた答えなのだろう。
そして……その色は――――かつて私に歌を教えてくれた人と同じ色だった。
「……いやぁ、まいったな」
まさか、この色にまた出会うとは思ってもいなかった。
……悲しそうな灰色の歌声。
真っ赤に燃えていたあの歌声は、やっぱり燃え尽きてしまったんだろうか。
「あたしは――もう迷わない!!!!」
その一言から、彼女の歌声は変化し始めた。
深海に沈んでいくような青色。
キラキラと黄金に輝くような黄色。
そして、あの時見た情熱に染まった赤色。
――そうか。キミの灰色は、白と黒から成る色じゃなかったのか……。
真っ白なキャンバスを原色達が色鮮やかに彩るように、歌声が響く。
その歌声に心臓が呼応し、ドクンドクンと大きく刻み始める。
完全に、眠れる獅子を呼び起こしてしまった。
迷いを晴らした少女は、きっと進み続ける。
あっという間に、私が歩んできた道を超えていく。
そうして少女は、一曲を歌い終えた。
その一曲はとても短く、一瞬に感じた。
◇
『あたしらしく』ただそれだけを込めて、ありったけを歌った。
呼吸を忘れてしまうほど必死に声をあげて、想いを込めた。
誰にも見てもらえないかもしれないと思う怖さ、憧れに届かないかもしれない不安、目の前にいるファン第一号への感謝、憧れに褒めてもらえた嬉しさ。
そして、憧れを超えてやるっていう闘志。――この想いを込めたのは、初めてだった。
追いつくことばかりを考えてたあたしにとって、越えるなんて到底思えるはずもなかった。
でも、歌っているうちにいつの間にかそう思っていた。
「……はぁ……っ……どう、でしたか?」
「…………」
お姉さんは、ただ黙っているだけだった。
聴くに耐えなかったのか、はたまた感動しているのかわからない。
「100万点、だってさ。大月ちゃん、すごかったよ」
「……ほ、ほんとですか!?!?」
「あぁ。何も言わないってことは、言うことがないくらい完璧ってことさ」
……よかった。そうだ、さっきの歌はどんな色に見えたんだろう?
見えてたとするなら、華やかな色だといいな。
「あのっ!今日のあたしの歌声は、何色に見えましたか?」
「……懐かしい色に見えた。でも、似ている色なだけだった」
「……?ええっと……?」
「初めは灰色……だったけど、原色が混ざった色だった」
「原色……?」
「赤、黄、青の3色のことさ。組み合わせれば、何色にもなる色のことだよ」
「……よかった。ちゃんとあたしにも、色はあったんですね……」
あたしは、ただの石ころじゃなくなった。
それを知れただけで……もう充分だ。
「って、そろそろいつもの時間じゃないか?新しい大月ちゃんを、皆に見せてきなよ」
「あっ、もうそんな時間なんですか!?ほんとだ!じゃあ行ってきますね」
「あぁ。いってらっしゃい」
ってああ、そうだ。行く前にお姉さんに伝えないと。
すっかり忘れてた。
「Diverのお姉さん!」
「……
「なら……結歌さん!」
「はいはい、私が結歌ですよ」
「あたしは、結歌さんのファンです!」
「知ってるよ」
「夢を与えてくれた恩人で、憧れの人です!」
「……そう」
「あと!
「……!!」
「それだけです。それじゃあいってきます!」
「いってらっしゃい。……葉塚ちゃん」
あたしは、これからも歌い続ける。
結歌さんに夢をもらったから。
今度は、あたしが夢を届ける番だ。
まずはいつものあの場所で、みんなに届ける。
それが、あたしの始まりだから。
道のりが長くても、あたしのペースで行こう。
だって、それがあたしらしさだから。
夢現 夢見る少女のキャンパス 完
◇
迷いが晴れた少女が去って、しばらく経った喫茶店にて。
「ほらね?やっぱりあの子は、あんたそっくりだったろ?」
「……いや、やっぱり似てないね」
「…………あの子はきっと私以上になる。だから、ちっとも似てないね」
「そう。ならあんたもあの子に負けないように、頑張んないとね?」
「……私はまだ、探さないといけない人がいるから」
この街に帰ってきたのも、本当はそのためだ。
私はあの人に見つけてもらうまで、歌い続けるんだから。
それで、あの子が私にしてくれたように――――
最終話 灰かぶりの人魚姫へ 続く
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