Daybreak

―喫茶店 風見鶏 B1F ライブスタジオ―


あたしは見失ってた自分らしさを、また見つけられた。

もう絶対に見失わない。

誰かの真似をして、逃げようとしていた弱い自分とは、ここでお別れするんだ。


「――あたしをしっかり見て、聴いてくださいね」

「もちろん。どんな色が見れるか、楽しみ」


目の前にはあたしの夢の始まりをくれた人。


貴女が夢を与えてくれたから、ここにあたしがいる。

貴女が私に壁を与えてくれたから、新しいあたしが生まれた。

そして今、『あたしらしさ』を貴女に歌うんだ。


大きく息を吸う。

もう、あの時の不安はない。

不安よりもワクワクする気持ちが止まらない。


きっとこの歌は楽しくなる。

あの日もらったドキドキを、今度はあたしなりのドキドキで届けるんだ!!



そうして彼女は、笑顔で歌い始めた。

楽しそうに歌う声のなかに見えた色は、様々な感情の入り混じったドロドロの灰色だった。


彼女なりに迷って、苦しんで行き着いた答えなのだろう。

そして……その色は――――かつて私に歌を教えてくれた人と同じ色だった。


「……いやぁ、まいったな」


まさか、この色にまた出会うとは思ってもいなかった。

……悲しそうな灰色の歌声。

真っ赤に燃えていたあの歌声は、やっぱり燃え尽きてしまったんだろうか。


「あたしは――もう迷わない!!!!」


その一言から、彼女の歌声は変化し始めた。


深海に沈んでいくような青色。

キラキラと黄金に輝くような黄色。

そして、あの時見た情熱に染まった赤色。


――そうか。キミの灰色は、白と黒から成る色じゃなかったのか……。



真っ白なキャンバスを原色達が色鮮やかに彩るように、歌声が響く。

その歌声に心臓が呼応し、ドクンドクンと大きく刻み始める。


完全に、眠れる獅子を呼び起こしてしまった。

迷いを晴らした少女は、きっと進み続ける。

あっという間に、私が歩んできた道を超えていく。


そうして少女は、一曲を歌い終えた。

その一曲はとても短く、一瞬に感じた。



『あたしらしく』ただそれだけを込めて、ありったけを歌った。

呼吸を忘れてしまうほど必死に声をあげて、想いを込めた。


誰にも見てもらえないかもしれないと思う怖さ、憧れに届かないかもしれない不安、目の前にいるファン第一号への感謝、憧れに褒めてもらえた嬉しさ。

そして、憧れを超えてやるっていう闘志。――この想いを込めたのは、初めてだった。

追いつくことばかりを考えてたあたしにとって、越えるなんて到底思えるはずもなかった。

でも、歌っているうちにいつの間にかそう思っていた。


「……はぁ……っ……どう、でしたか?」



「…………」

お姉さんは、ただ黙っているだけだった。

聴くに耐えなかったのか、はたまた感動しているのかわからない。


「100万点、だってさ。大月ちゃん、すごかったよ」

「……ほ、ほんとですか!?!?」

「あぁ。何も言わないってことは、言うことがないくらい完璧ってことさ」


……よかった。そうだ、さっきの歌はどんな色に見えたんだろう?

見えてたとするなら、華やかな色だといいな。


「あのっ!今日のあたしの歌声は、何色に見えましたか?」

「……懐かしい色に見えた。でも、似ている色なだけだった」


「……?ええっと……?」

「初めは灰色……だったけど、原色が混ざった色だった」


「原色……?」

「赤、黄、青の3色のことさ。組み合わせれば、何色にもなる色のことだよ」


「……よかった。ちゃんとあたしにも、色はあったんですね……」


あたしは、ただの石ころじゃなくなった。

それを知れただけで……もう充分だ。



「って、そろそろいつもの時間じゃないか?新しい大月ちゃんを、皆に見せてきなよ」

「あっ、もうそんな時間なんですか!?ほんとだ!じゃあ行ってきますね」

「あぁ。いってらっしゃい」


ってああ、そうだ。行く前にお姉さんに伝えないと。

すっかり忘れてた。


「Diverのお姉さん!」

「……結歌ゆいか。それが、私の名前」


「なら……結歌さん!」

「はいはい、私が結歌ですよ」


「あたしは、結歌さんのファンです!」

「知ってるよ」


「夢を与えてくれた恩人で、憧れの人です!」

「……そう」


「あと!

「……!!」


「それだけです。それじゃあいってきます!」

「いってらっしゃい。……葉塚ちゃん」


あたしは、これからも歌い続ける。

結歌さんに夢をもらったから。

今度は、あたしが夢を届ける番だ。

まずはいつものあの場所で、みんなに届ける。

それが、あたしの始まりだから。

道のりが長くても、あたしのペースで行こう。


だって、それがあたしらしさだから。


夢現 夢見る少女のキャンパス 完






迷いが晴れた少女が去って、しばらく経った喫茶店にて。



「ほらね?やっぱりあの子は、あんたそっくりだったろ?」

「……いや、やっぱり似てないね」


「…………あの子はきっと私以上になる。だから、ちっとも似てないね」

「そう。ならあんたもあの子に負けないように、頑張んないとね?」


「……私はまだ、探さないといけない人がいるから」


この街に帰ってきたのも、本当はそのためだ。

私はあの人に見つけてもらうまで、歌い続けるんだから。

それで、あの子が私にしてくれたように――――



最終話 灰かぶりの人魚姫へ 続く

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