第5話 Get Ready

――数時間後、喫茶 風見鶏にて――


closedと書かれた扉の向こうには、1人の客。


「…………ちょっと言いすぎたかな」


迷える少女に与えたアドバイスに対して、後悔していた人物が珈琲を飲んでいた。


「あの子、昔のあんたにそっくりね」

「……うるさいなぁ。そんなに似てないって」

「いや、似てるね。昔、何かを追いかけて、必死に歌ってたあんたにそっくりだよ」

「…………」


「あんたがあの子を気にしてるのは、しっかり伝わったよ」

「………………」


「なんだい、その憎たらしい目つきは」

「別に。それより――――――」



現の世界で歌うほど、あたしらしさがわからなくなる。

聞いてくれているお客さんもどんどん増えてきてるのに。

……ずっとあの言葉が頭の中でぐるぐるしてる。


――あたしらしさってなんだろう。

歌も上手い訳じゃないし、音楽に愛されてもいない。

ならあたしには、何があるんだ……。


路肩に転がる石ころみたいなあたしに、自分らしさなんて……。

どうしようもないと思い、目を閉じた。


懐かしい歌声が聞こえる。

あの時の聞いた歌だ。


「この場所でキミと出会い 別れたあの日

水のように流れて 泡のように消えていく

うまくいかない日々達は 最高の日々だった

ありふれたコードに ありふれた歌詞

特別になる必要はなかった 特別には代価がつきものだから」


――Diverの歌。


あたしの原点。あたしの夢のきっかけ。

それだけは、絶対に揺るがない。


でもあたしは、心のどこかで焦ってたんだ。

どれだけ歌ったって、あの人Diverみたいにはなれないんじゃないかって。


現の世界であたしは迷っていたんだ。

あたしらしさを捨てて、憧れのように歌ったら、みんなに想いが届いた。

でも……それはあたしが届けたかったドキドキじゃない。

あたしはDiverが届けたドキドキを、そのまま横流ししていただけだった。


現の夢で見た光景は、かつてどこかであったかもしれない。

でも、その光景はあたしのものじゃない。

きっとDiverのものだ。


そうだ。特別になる必要はないんだ。上手くいかない日は最高の日になる予兆なんだ。

あたしはあたしらしく、あたしなりの一歩でゆっくりと進めばよかったんだ。


輝く宝石じゃなくても、……ありふれた石ころでも、いいんだ。

どれだけ手を伸ばして憧れには届かなくても、必死に叫んでも、誰にも見つけてもらえなかったとしても。

……ただ、路肩に転がり続ける日々だったとしても。


転がり続けた分だけ、遠い背中を追いかけた軌跡ができる。

嬉しかったことも、悔しかったことも……数え切れないくらい増えてく。


歩んだ分だけ、想いは増えていく。

それを絶やさず、歌い続ける。


あたしらしさは、だったんだ。

毎日のように、声が枯れるまで歌って歌って……歌う。それがあたしだ。

歌い続けた先で、憧れに追いついて、追い越していく。

そしてあたしが、あの日のドキドキを遥かに越えるドキドキをみんなに届けるんだ!!


ずっとそう思っていたはずなのに、いつのまにか見失っていた。

――もう迷わない。

あたしらしく、前に進むんだ。

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