第4話 Copycat

耳に響くアラームの音が部屋に響く。

重い瞼を開け、アラームを止めようと周囲を探すが、スマホはどこにも見当たらない。

枕や布団を捲りながら探している間に音はすっかり止み、静寂が訪れた。


「…………あれ……?」


ついさっきまでいた外とは打って変わって、あたしがいたのは部屋の中だった。


「今まで見ていた夢が、早苗さんの言ってた……現」


いつのまにかスッと記憶から消えるはずの夢の内容は、しっかりと頭の中に焼き付けられていた。

しかも、焼き付けられていたのは内容だけじゃない。

聞いてくれたお客さんの顔も、あの人Diverの顔もはっきりと覚えてる。


「真っ赤に染まる歌声……すごくよかった、かぁ」


へへへ……。憧れの存在に夢だったとはいえ、褒められるなんて…………。


「ちょっと葉塚!!遅れるわよ!」


母親の声が聞こえ、時計を見ると時刻は8時を超えていた。

通っている大学は近いのだが、準備に時間がかかってしまうので

早めに用意をしなければいけない。


「あっ!ヤバっ……」


もう一度、布団に潜って夢の続きが見たいと思いながらリビングへ向かった。



大学の授業も終わり、13時過ぎ。

家には帰らず、そのままアルバイト先へ向かう。

路上ライブに使う機材は、全て早苗さんが用意してくれているのだ。

機材達は数年前まで使っていた人がいたらしいが、詳しくは知らない。


「早苗さん、お疲れ様です!」

「あぁ、大月ちゃん。今日もライブやるんだろ?用意はできてるよ」


ランチの時間帯は普通のお店なら混むのだが、ここ風見鶏は他とは違う。

夜の方が来てくれるお客さんが多い、不思議なお店。


「お忙しいのに、わざわざありがとうございます」

「今日も閑古鳥が鳴いてて、やることがなかったからねぇ」

「ア、ハハ……」


どう返そうかと迷っていると、お店の隅から声が聞こえてきた。


「ちょっとちょっと。今日はがいるんだけど?」


テーブル席に座っている1人の女性。

その姿は現の世界で見た憧れの人物と、全く同じ姿だった。


「え、え……え!!?あれ、ここも夢!?」

「……ここはちゃんと現実だよ。現から覚めた後、あなたが気になって会いに来たの」


「あぁ、そういえばあんたがいたの忘れてたよ」

「もう歳なんじゃない?

「アタシは孫のあんたより、長生きするつもりだけどねぇ」


孫!?ま、待って。情報量が多すぎる……。

Diverのお姉さんが、早苗さんのお孫さん!?

初めて聞いたけど!?!!


「早苗さん!なんで今まで教えてくれなかったんですか!!」

「あれ、言ってなかったっけ?」


「……そんな話はなんだっていいよ。ねぇ、今から歌いにいくんでしょ?」

「そうですけど……」


「なら――ほら、歌いにいくよ」


置いてある荷物を全て持って、店の外へ出て行ってしまった。

急展開すぎて頭が追いついていないが、やるしかない。

大丈夫。現でやった時と同じようにやれば、きっと……。大丈夫。



いつもの時間とは違う広場前。

平日のお昼過ぎと言うのもあって、人通りは全くと言っていいほどない。


普通の人なら、わざわざここで路上ライブをしようとは思わないはずだ。

でも、あたしは今から目の前のお客さんのために歌う。

たった1人なのに、プレッシャーを感じる。


「フーーッ。現の感覚を思い出せ…………」


夢の始まりを思い出せ。

あの時のドキドキを掘り起こすんだ。

Diverの歌声を、頭の中に響かせるんだ。


そう念じながら、歌い始めたが……。



(あれ……上手く歌えない。)


喉に何かが引っかかっているような感覚に加え、足が生まれたての子鹿のように震えている。

緊張のせいだろうか。



(……どうして!?現では、いつも以上に歌えていたのに!)



あの時の歌声は、嘘だったんだろうか。

次第に聞こえる音が、激しく脈打つ心音しか聞こえなくなっていた。


「……やっぱり、そうなっちゃうか」


そんな調子で、アタシは歌い続けた。

……結果は聞くまでもない。


真っ白になった頭の中で、上手く歌えなかった理由をずっと探していた。



「さっきの歌……どうでしたか?」


「……今の歌からは、現でみた時と違って……何にも見えなかった」

「ですよね……」


「――ねぇ。あなたにとって、歌う理由って何?」

「……ぇっ……えっと……」


歌う理由、あたしにとっての歌は――目の前にいる人Diverの歌に魅せられて、その時のドキドキを自分で誰かに届けたくて……。

でも、現で歌っていた時は…………。


「多分だけど、あなたは――――Diverになろうとしてる」

「…………っ!」


「だから、今のあなたに必要なのはだと思う」


「あたしらしさ…………って――――」


いや。これを聞いても、答えを知っているはずがない。

だって自分のことは、自分が1番知ってるんだから。


「……いえ、なんでもないです。わざわざあたしの歌を聴いてくれて、ありがとうございました……」


その後のことは、あまり覚えていない。

あまりにも衝撃だったから、だと思う。

気がつくと、いつのまにか家に帰っていた。

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