第3話 Lucid dreaming
いつもの駅前、喉の調子もバッチリ。
機材を用意した記憶は無いけど、習慣化?なのかな。
歌い始める前に、周りの様子を見回す。
いつも聴きに来てくれているお客さんが見当たらず、知らない人たちが多い気がする。
けど、これはチャンス!
……だって、あたしはここにいるみんなを虜にして、
スッと息を吸う。
あの日、この場所で聴いた時の感動以上のものを、ここにいる人たちに伝えるんだ。
想いを全身に巡らせ、力を込める。
なんにもなかった 空っぽな器に
光をくれた あの日から
届かない手を ずっと伸ばし続けるんだ
それが不可能に近いとしても 私は歩き続けるよ
いつか伸ばしたこの手を あなたが掴んでくれるまで
今はまだ小さな火種だけど いつか世界を灯す炎になるから
――いつもより声が通る。
身体がいつもより軽い。緊張もないし、音程もリズムも完璧だ。
……コードを奏でる指も、響く歌声もあたし自身じゃないみたい。
日差しがまるでスポットライトのように照らされ、聞こえてくる音が少しずつ遠くなる。
(もっと……もっと!もっともっともっと、手を伸ばしてあの人まで……!!)
遠い遠い道の先にいる、憧れの背中が見えた。
誰よりも自由で、楽しそうに歌っているあの後ろ姿。
けど、歌声は聞こえなかった。
その後、ライブは大盛況だったと思う。
ただ実感がないので、確証はない。
お客さんのキラキラした顔からしか、判断ができなかった。
◇
「あなたの歌声、すごく真っ赤に染まって綺麗だった」
歌い終わってしばらく経った後、片付けていると見たことのある女性が話しかけてきた。
「え?あっ、はい!ありがとうございま…………す……」
話しかけてきた女性の正体は、Diver本人だった。
何度目を擦っても、その姿は消えない。間違いなく本物だ。
「えぇーーーっ!?!?!?!?」
あまりに驚きすぎて、画面端から画面端までぶっ飛んだ。
憧れの存在が目の前に!しかも歌を聞いてくれていた!それだけじゃない。褒めてくれた!!
「夢……じゃない!いででてて!!ほっぺがちゃんと痛い!!」
全力で引っ張った頬は、真っ赤になっている。
「いや?普通にここは夢だけど?」
「え?……夢じゃなかったけど、ここは夢で……ん?え?」
えぇっっと……頭がパンクしてしまった。
一旦落ち着こう。
ここは明晰夢ってことなのかな……?
「現って聞いたことない?」
「あっ、聞いたことあります!早苗さん……あ、アルバイトしてるお店の人が教えてくれたんです!」
「へぇ〜。風見鶏で働いてるんだ」
「え……知ってるんですか?」
「一応、私の地元だからね。風見鶏は、あなたが思っている以上に有名だよ」
……え、憧れの人と同郷ってこと!?
世界って意外と狭いんだな……。
「あぁ、そうだ。ここにきてから、絵本に出てくるお姫様みたいな人、見てない?」
「えっと……?多分見てないと思います……?」
「……そう。それじゃあね、お嬢さん。歌、頑張って」
よくわからない質問の答えを聞くと間髪入れずに、Diverのお姉さんはすぐに歩いていってしまった。
あ……ハイ……また……。
――ってあたし、ここから元の場所に戻る方法を知らない!!
「ち、ちょっと待ってくださーーーーーい!!」
遠くなっていく姿を、必死になって追いかけていく。
今まで遠くに見えていた憧れに背中が、少し近づいて見えた気がする。
知らない世界で、理想の人に出会った。
いつも以上のポテンシャルを発揮できるこの世界は、もしかしたら現実世界よりも居心地がいいのかもしれない。
そう思いながら、遠ざかる姿を追いかけ続けた。
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