第2話 Diver
あたしの夢の始まりは、地元の駅で聴いた路上ライブだった。
テレビでは見たことない人だったが、聴いていて胸が熱く刺激されるような歌声で、呼吸すら忘れるほどだった。
やりたいことのなかったあの頃の私にとって、あの人の歌声は暗闇の海にある導灯のような光だった。
すごいのは歌声だけじゃない。とても楽しそうに歌ってる。
いつのまにかギャラリーも増え、路上ライブとは思えない人数が虜になっていた。
「ふぅーっ。今日はここまで!!
帰りの電車に乗ってる間、ずっとあの人の歌声が耳に残っていた。
ビビッときた。あたしも、あんな風になりたい。
……このドキドキを誰かに届けたい!!
これが、あたしの夢の始まり。
◇
「――今日は、これで終わりです。ありがとう……ございました!」
割れんばかりの……とは言えないが、拍手が聞こえてくる。
あれから数年経った今、Diverはシンガーソングライターとしてメジャーデビューし、一躍有名になった。
そしてあたしは……あの日と同じ場所で、歌い始めた。
でも、すっごく楽しい。もっともっと上手くなっていつか誰かに……!
余韻に浸っていると、広場の時計が17時を告げる時報を鳴り響かせていた。
17時。アルバイトが始まる時刻である17時。
「う、うそ!?もうこんな時間!?」
……ま、まずい確実に遅刻だ。とりあえず連絡しないと……。
ギターをケースにしまい、慌ててバイト先へ向かう。
こんな日常を過ごしているのが、あたし。
いつか必ず誰かの心に響く音楽を奏でる。それが、あたしの夢。
傑出したものは持ってないけど、目標に向かって必死に努力するし、胡坐をかいたりはしない。
◇
「ふぅ……今日もお疲れ様でしたぁ〜」
「お疲れ様。大月ちゃん、今日も演奏してきたの?」
アルバイトをしている喫茶店「風見鶏」のオーナーの
たまに歌を聞きに来てくれたりと、すごくいい人だ。
「はいっ!今日も数人ですが、足を止めてくれたお客さんがいてくれたんですよ!」
「頑張ってね。アタシは大月ちゃんのファン第一号だから、期待してるよ」
ファン第一号。あたしの歌を好きになってくれている人がいるだけでうれしいし、支えになる。
早苗さんには感謝しかない。
「でもまぁ……時間はしっかりと、ね?」
「ハ、ハイ……気をつけマス……で、ではお疲れ様デシタ…………」
「あ、待った!大月ちゃん、――――
そそくさとお店を去ろうとすると、呼び止められた。
どこかで聞いたことがないか、必死に頭の中を巡ったが、なにもわからずじまいだった。
「さぁ……?えっとなんですか、その現って?」
「なんでも、思い描く理想の夢が見れるらしくてね。それを現っていうらしいよ」
「へぇ〜!そんなのがあるんですね……全然知らなかったな…………」
「最近若いヤツらがこぞってその話をしてるもんだから、気になってさ。呼び止めてごめんよ」
「…………いえ。それじゃあお先に失礼します……」
早苗さんは、不思議そうな顔をしていた。確かにあたしは普通の若い子とは、ちょっとズレてるかもしれないけど……。
確かに、流行りものには少し疎い自信がある。あたしももっと、流行を取り入れた方がいいのかな…………。
時代に置いていかれることに不安になりながら、喫茶店を後にした。
◇
帰宅後にやることはあまり多くない。
ご飯とお風呂と睡眠……あとはスマホを触るくらい?
家でもギターを練習したいのだが、環境が全く整っていない。
周囲を気にせず演奏しようものなら、部屋を叩かれすぎて穴が開くだろう。
防音室を買おうにも、アルバイトだけでは全く届かない。
「騒音問題が気にならない場所で、思いっきり歌いたいな……」
そう思いながら、温かい布団の中に潜り、眠りについた。
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