第2話 Diver

あたしの夢の始まりは、地元の駅で聴いた路上ライブだった。

テレビでは見たことない人だったが、聴いていて胸が熱く刺激されるような歌声で、呼吸すら忘れるほどだった。

やりたいことのなかったあの頃の私にとって、あの人の歌声は暗闇の海にある導灯のような光だった。


すごいのは歌声だけじゃない。とても楽しそうに歌ってる。

いつのまにかギャラリーも増え、路上ライブとは思えない人数が虜になっていた。


「ふぅーっ。今日はここまで!!Diverダイバーでした〜!みんな、ありがとね〜!!」


帰りの電車に乗ってる間、ずっとあの人の歌声が耳に残っていた。

ビビッときた。あたしも、あんな風になりたい。

……このドキドキを誰かに届けたい!!


これが、あたしの夢の始まり。



「――今日は、これで終わりです。ありがとう……ございました!」


割れんばかりの……とは言えないが、拍手が聞こえてくる。


あれから数年経った今、Diverはシンガーソングライターとしてメジャーデビューし、一躍有名になった。

そしてあたしは……あの日と同じ場所で、歌い始めた。


Diverあの人には、まだ遠いな……。

でも、すっごく楽しい。もっともっと上手くなっていつか誰かに……!


余韻に浸っていると、広場の時計が17時を告げる時報を鳴り響かせていた。

17時。アルバイトが始まる時刻である17時。


「う、うそ!?もうこんな時間!?」


……ま、まずい確実に遅刻だ。とりあえず連絡しないと……。

ギターをケースにしまい、慌ててバイト先へ向かう。


こんな日常を過ごしているのが、あたし。大月 葉塚おおつき はつかだ。

いつか必ず誰かの心に響く音楽を奏でる。それが、あたしの夢。

傑出したものは持ってないけど、目標に向かって必死に努力するし、胡坐をかいたりはしない。



「ふぅ……今日もお疲れ様でしたぁ〜」

「お疲れ様。大月ちゃん、今日も演奏してきたの?」


アルバイトをしている喫茶店「風見鶏」のオーナーの早苗さなえさんとは、よく路上ライブのこと話す。

たまに歌を聞きに来てくれたりと、すごくいい人だ。


「はいっ!今日も数人ですが、足を止めてくれたお客さんがいてくれたんですよ!」

「頑張ってね。アタシは大月ちゃんのファン第一号だから、期待してるよ」


ファン第一号。あたしの歌を好きになってくれている人がいるだけでうれしいし、支えになる。

早苗さんには感謝しかない。


「でもまぁ……時間はしっかりと、ね?」

「ハ、ハイ……気をつけマス……で、ではお疲れ様デシタ…………」



「あ、待った!大月ちゃん、――――うつつって聞いたことあるかい?」


そそくさとお店を去ろうとすると、呼び止められた。

どこかで聞いたことがないか、必死に頭の中を巡ったが、なにもわからずじまいだった。


「さぁ……?えっとなんですか、その現って?」

「なんでも、思い描く理想の夢が見れるらしくてね。それを現っていうらしいよ」

「へぇ〜!そんなのがあるんですね……全然知らなかったな…………」


「最近若いヤツらがこぞってその話をしてるもんだから、気になってさ。呼び止めてごめんよ」

「…………いえ。それじゃあお先に失礼します……」


早苗さんは、不思議そうな顔をしていた。確かにあたしは普通の若い子とは、ちょっとズレてるかもしれないけど……。

確かに、流行りものには少し疎い自信がある。あたしももっと、流行を取り入れた方がいいのかな…………。

時代に置いていかれることに不安になりながら、喫茶店を後にした。



帰宅後にやることはあまり多くない。

ご飯とお風呂と睡眠……あとはスマホを触るくらい?


家でもギターを練習したいのだが、環境が全く整っていない。

周囲を気にせず演奏しようものなら、部屋を叩かれすぎて穴が開くだろう。

防音室を買おうにも、アルバイトだけでは全く届かない。


「騒音問題が気にならない場所で、思いっきり歌いたいな……」


そう思いながら、温かい布団の中に潜り、眠りについた。

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