Light

電車に乗って、家まで向かう。私たちの間に会話は無かったけど、それは仕方のないことだと思う。


私は、宮崎くんを傷つけてしまったのだから。



家には誰もいなくて、私は宮崎くんをリビングに通し急いで救急箱を取ってきた。

私が消毒とティッシュ、絆創膏などを取り出すと、宮崎くんは慣れた手つきで手当をする。


それから、なんとなく二人で外に出た。

近くの公園に入って、ベンチに並んで座る。それが、昔を思い出させる。



「……私ね、宮崎くんにもし会えたら言いたいことがあったの」


「え……?」



宮崎くんは、私のほうを向いた。


……あの日を思い出すのはまだ怖い。だけど、一生後悔して生きていくことは耐えられない。

そしてなにより、宮崎くんに、私は。



「ずっと、謝りたかったの。ごめんなさいって。宮崎くんのこと、傷付けて……」



私は泣いちゃだめだ。腕で涙を拭う。



「だから……っ、ごめんなさい」



私は宮崎くんのほうへ直り、頭を下げた。

宮崎くんに嫌な思いをさせてしまった代償は重い。


私は宮崎くんを“好きだった気持ち”を忘れなきゃいけないのは変わらないけど……。



だけど最後に謝れてよかった。本当の気持ちを伝えられなかったのが、一番辛かったから。


頭をあげると、目を見開いた宮崎くんがいた。

だけど、すぐに視線を逸らされる。



「……佐倉さんの気持ちだから、簡単に否定はできないけど。でも、僕は佐倉さんに傷付けられてなんていないよ。……むしろ、謝らなきゃいけないのは、僕の方なんだ」


「え?」



その言葉に、今度は私が驚いた。

謝らなきゃいけないって……謝ることなんてないのに。

そう思ったけど、私は宮崎くんの話に耳を傾けた。



「……あの日は、放課後テストを受けるために学校に来てて。それであの会話を聞いてしまって。……だけど僕、うれしかったんだ。あのとき、佐倉さんがかばってくれて。だから、ずっとお礼を言いたかった。六年生になってから、うまく言えないけど……ストレスで、学校に行けなくなって。そんなことでって、思うかもしれないけど……」


「っ、そんなことでなんて思わないよっ」



思わず口をはさんでしまう。“そんなこと”なんて思わないでほしかった。

それぞれ事情があるんだし、その重さは人によって違う。


下を向いた宮崎くんは、どこかうれしそうにして笑った。



「……うん、ありがとう。でも、学校に行けないから佐倉さんにもお礼は言えないままで……ずっと後悔してた。環境を変えるための転校だって、誰にも言わずにしてしまったし。大成にも何も言えなかった。怖かったんだ。こんな別れで、もう友達でいる資格なんてないと思ったから……」



……だから、大成——朝日奈くんに、あの内容のメッセージを送ったんだ。朝日奈くんのために、わざと突き放すようなものを。


本当は、宮崎くんは朝日奈くんと友達でいたかったんだってことが言葉から伝わってきた。



宮崎くんは、苦しそうに語る。こぼれる涙が、雪に溶けた。



「……結局、中学もほとんど通えなくて。そんなんで受験できる高校って言ったらあそこしかなくて。高校生になってから行ける日も増えてきたんだけど……いじめられてるなんて、情けない」



私は、“そんなことない”と今度は言えなかった。どう思うかはその人の自由だし。


でも、私がもし言うなら。



「……あくまで個人の意見だけど。いじめられていることを、なさけないなんて思わないよ。だって、宮崎くんは生きてる。ここにいる。それだけで、すごいことだから。……なんて、偉そうだね。ごめんなさい」



恥ずかしくて私も下を向く。言ったのは、もちろん本心だけど。


……ねえ私、やっぱり宮崎くんのことが好きだよ。忘れられない。姿は記憶から薄れても、想いは消えない。


そのとき、手に何かが、かかった。

灰色の、マフラー。月色のマフラー。


顔を上げて横を向くと、宮崎くんと目が合った。



「……佐倉さん」


「……はい」



改まってそう名前を呼ばれると、緊張して心臓がどきどきする。


宮崎くんに、雪雲をよけた月の光がかかった。



「好きだよ」


「うん……え?」



あやうく聞き逃すところだった。だって、信じられない言葉だから。


“好き”っていうのは……友達の、だよね。私、宮崎くんの友達になれたのかな。


もう、元クラスメイトじゃないんだよね?



それか……そういう“好き”なんだって思ってもいいのかな。でもそんな贅沢なこと、ありえない。


マフラーのかかった手はだんだんとあったまっていく。


私は一瞬目を逸らしてから、また合わせた。



「私も、宮崎くんのことが好きだよ。元クラスメイトとしてじゃなく。……たとえ私が勇気をもらったのがハルさんだったとしても、それは宮崎くんでもある。私は二人のおかげで一歩前へ進むことができたから」



相手を想うこと。大切な人を守りたいって思って行動する勇気。私はそれを、二人からもらったんだ。


空を見上げると、もう雪は降っていなかった。代わりに空が晴れ、月光がより強くなる。

マフラー越しに、宮崎くんが私の右手をそっと優しく握った。



「佐倉さんの名前って“月”が入っているから。見るたびに思い出してた。だけど、胸が苦しくなってしまうこともあって。……でも、もう一度佐倉さんに会えたから、泣かないよ」



宮崎くんも同じように空を見上げる。


——— 一度は諦めて忘れようとした恋。だけど、忘れなくてよかったのかもしれないと今更になって思っている。


だって、人を好きになることはすばらしいことだから。それがどんな形でも。



私は宮崎くんを好きになって、恋を知ることができた。そして、強い強い勇気をもらった。


この月の光みたいに、やわくとも芯強く生きることができますように。できるなら、宮崎くんと一緒に。


私はそう願いながら、月に手をかざした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月色のマフラー 桜田実里 @sakuradaminori0223

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ