Sceaf 14

 電車に乗り、いつかの合コンのときの最寄り駅で降りた。


 高校までの道のりは、さっきなんとなく調べただけでちゃんとは分からない。だけど、やみくもに走った。


 雪はだんだんと積もり、足元が悪くなっていく。

 走って滑って怪我でもしたら元も子もないので、私は歩くことにした。



 学校に、宮崎くんがいるかなんてわからないのに。家の中で雪を眺めているかもしれないのに。


 だけど、それでも私は歩みを止めない。会いたいという気持ちが、私を動かした。




  学校が近づいてきて、もう少しだと空を見上げたとき。


 突然、どこからか激しくなにかを打ち付ける音が聞こえた。

 その正体は、すぐにわかった。



 5メートルほど先の空き地であの不良高校の制服を着た男子高校生五、六人が遊んでいた。


 ……いや、遊んでるんじゃない。


 男子高校生の集団の中に人がいた。その人は……。



「……ハルさん……」



 ———同じくあの高校の制服を着た、ハルさんだった。

 あまりにも衝撃的な光景に、私はその場にカバンを落とす。


 ……どうして。だって、ハルさんは、高校生じゃないはず。


 ……待って、ハルさんは高校生じゃないだなんて一言も言っていない。平日に制服を着ていなかったから、私が勘違いしただけ。


 ハルさんは、私の灰色のマフラーを握りしめていた。間違いない、あれが証拠。



「や、やめてくださっ……」


「あ!?なんだよテメェ!」



 一人が、雪の上に倒れるハルさんを蹴った。

 私は見ていられなくて目を手で覆う。


 なんでこんなことになっているのか、私は理解が追いついていなかった。

 でも、とりあえずこれだけはわかる。



 ———私は、ハルさんを助けなければならない。以前の私だったら、逃げ出していた。怖くて見て見ぬふりをしていたと思う。


 だけど、今の私は違う。ハルさんに、勇気をもらった私は。


 私は、物陰から精一杯の声で叫んだ。



「あのっ、やめてくださいっ!!」



 人生で、一番大きな声だったと思う。


 まずいと思ったのか、ハルさん以外の高校生たちは私のほうを確認もせず向こうへ走り去っていった。

 いなくなったのを確認して、私はハルさんに駆け寄りしゃがむ。



「大丈夫ですか!?」



 制服は無事だったけど、顔には擦り傷がいくつもできていた。


 そっと頬に触れると、ハルさんが痛そうに顔を歪ませる。



「あっ、ごめんなさい……」



 手を離そうとすると、腕をバッと掴まれた。

 私はびっくりして固まってしまう。


 ハルさんは俯いたまま、私の腕を優しく握った。



「待って。……ごめんなさい、ありがとう」


「……はい。ハルさんに、大きな怪我がなくてよかったです」


「……うん」



 ハルさんは返事をしてくれるけど、まだ目は合わせてくれなかった。


 ハルさんのために私にできることってなんだろう。


 考えるけど、思いつかない。だけど、ハルさんが望むならここにとどまっていよう。


 そう、思ったとき。

 足元にハルさんのと思われるカバンがあった。


———取っ手には、見覚えのある白いコースターがストラップみたいについていた。



「これ……」

「あ……」



ハルさんが声をあげる。


もしかしなくても、分かった。


……だから私、ハルさんの横顔に見覚えがあったんだよ。



「……ごめん。嘘ついてて」



ハルさんのほうを向くと、掴んでいた手はするりと落ちた。



「……会って、すぐに佐倉さんだって分かった。だけど、どんな顔をしたらいいかわからなくて。とっさに“りょう”で、“ハル”って。……僕のこと、覚えてる?」




ハルさんは、ゆっくりと顔を上げる。


その目は、あのときのまま変わっていなかった。



「……うん。覚えてる。忘れるわけないよ。……宮崎遼みやざきりょうくん、だよね……?」



———やっぱり、忘れるなんてできなかった。ずっと、ずっと覚えていた。


私の好きだった……ううん。今も忘れられないくらい好きな、宮崎くんのことを。



気付かないうちに、涙が頬を伝う。



「……そっか。覚えててくれてよかった」



ハルさん———宮崎くんは、優しく切なそうに笑った。


それは、あのときと同じで。


心臓が、どきりと大きな音を立てる。



「とりあえず、うちに来ない? 手当しよう」



私の提案に、宮崎くんは頷いた。

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