あれから
沈黙は金?
第1話
彼女が自殺してから、僕は、長い間、実家にひきこもっている。かなり、精神的に参っていた。食事もあまり摂らなくなった。唯、ひたすら岩波書店の宇野弘蔵が書いた『経済原論』上巻・下巻を読んでいる。
彼女は、東京大学法学部を卒業し、財務省のキャリア官僚になった才媛である。高校の後輩で部活動が同じだったので顔見知りだった。
三十路を越えた時、僕は二度目の大学生活を送っていた。そこへ、彼女が財務省から派遣され客員教授としてやってきた。たまたま履修した講義科目の教官が彼女だった。偶然の出来事だった。それから、僕と彼女は逢瀬を重ねて肉体関係を持つようになった。が、彼女の方で生活に変化が出てきた。長崎大学経済学部への出向だった。
自殺後に分かったことなのだが、彼女は経済学部長という辞令を受けて長崎に赴いたらしい。三十路手前という若さで、国立大学の経済学部長というのは彼女には荷が重かったようだ。年上の古株の研究者達と若い官僚の彼女との間で軋轢が生じていたという噂が囁かれているのだが信憑性のある話だと僕は思っている。
今振り返ってみると、彼女が長崎に赴く前に、僕に対して急によそよそしくなったのは、仕事のことで重責を任されたことが大きな負担となって、彼女が悩んでいたからではないのかと僕は考えた。
由樹ちゃん
なぜ相談してくれなかったの?
一人で抱え込むなよ!
どうして死んじゃうんだよ!
ずるいよ!
由樹ちゃん!
月命日に僕は墓前で毎回呟く。
無念という言葉しか出てこない。
こうして月に一度、彼女の墓参りに行く以外は自室にひきこもるようになった。そして、大学で学んだマルクス経済学の勉強に無心に取り組んでいる。
あれから 沈黙は金? @hyay
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