季節が溶け合う

ねいこ

夜更けの二人

 網戸に張り付く蝉を眺めながら、瑠夏は意味もなく鉛筆をぐりぐりとノートに擦り付けていた。

 黒板の前で先生が声を張って話しているが、蝉の音がそれをかき消す。

 太ももに張り付くスカートが擦れて痛い。そういえば、虫って汗とかあるのかな。蝉を凝視する瑠夏。

 突然、何かに遮られる。

「もう瑠花!お昼!」

 千冬が見下ろしている。相変わらずふわふわの癖っ毛は、微塵も暑苦しさを感じさせない。

「あれ」

 周りを見渡せばパラパラと人が席を立っていく。先生も黒板を消し始めていた。

 今日も外を眺めて1時間過ごしてしまったようだ。

「今日プリンだって言ったじゃん!行くよほらあ、起立」

 両腕を引かれ、立ち上がる瑠夏。

 そのまま腕を引かれて廊下に出る。

「先行ってていいのに」

「一人で食べたくないもん」

「探せばいるじゃない」

「もー瑠夏がいいの」

 千冬はよくそういう。瑠夏にとってそれが不思議でならない。千冬なら誰とでも楽しく過ごせるだろう。

「授業中、何見てたの?」

「ん?あー蝉」

「うるさかったよね」

「うん、なんか蝉って汗かくのかなって」

「ええ・・・汗かく虫って見たことないかも。今度みきちゃん先生に聞いてみよ」

食堂の最後尾に着く。

「千冬も汗かかないね」

「かかないけどすごく暑い」

 首の髪を払う千冬。

「今日ゴム忘れちゃった」

 ポケットをあさり、黒いゴムを取り出す瑠夏。

「いる?」

「いいのー?」

 そういうと手を出すわけでもなく、背を向ける千冬。

「なによ」

「むすんで!」

「ガキか」

 そう言いつつ千冬の色素の薄い髪に手を伸ばす。広がった髪を優しく集めるように束ねる瑠夏。

 やっぱり千冬の髪はふわふわでこんな暑い日でも触り心地が良い。黒髪ストレートの自分の髪もそれはそれで好きだが、夏は重苦しくてならない。

「前進むね」

 揺れてはみ出た髪を掬い上げる。

「結びにくい」

 絶対今やる作業ではない。でもなぜか千冬は得意げに笑っている。

「お団子がいい」

「無理言うな」

 もう、と瑠夏は適当にまとめて結び上げる。ちょっと雑だが、あとで自分で直してもらおう。

「もう終わり?!レディの髪なんだからこだわってよ」

「あとで好きなだけこだわって。ほらお盆」

「はあい」

 お盆をとって少し進めば先にデザートコーナーがある。そこにはポツンとプリンが一つ。

「は、ラストワンゲット!」

 嬉しそうにプリンを取る千冬。

 それを見た食堂の女性が声をかける。

「よかったね瑠夏ちゃん」

 瑠夏ちゃんと言うが目線は千冬を向いている。

「あ、やだ間違えちゃった?ごめんなさいね」

 反応が遅れた瑠夏と千冬を見て謝る。

 大丈夫ですよ、と千冬が笑って言う。

「あと、スプーン二つもらっていいですか?」


 食堂の端、二人が向かい合わせでご飯を食べている。千冬が半分なくなったプリンを瑠夏に渡す。それを見て呟く瑠夏。

「食べかけ」

「いつも気にしないくせに。あーんしよっか?」

「いいから、自分のご飯食べなさい。なんでデザートを間に食べるかな」

 なんだかんだ言いつつ瑠夏はそっと差し出されたプリンを自分の方に寄せる。

 思わず千冬は微笑んだ。

「そういえばまた間違えられちゃったね」

「やっぱ逆だよね」

 名前のイメージと言うものは強い。二人に関してはキャラクター的には逆であるのだろう。夏というと活発でそれこそ千冬のような人を思い浮かべてしまう。瑠夏は落ち着いていてクールに見られがちだ。髪の色も関係あるのかもしれない。

「卒業したら試しに髪でも染めてみるか」

「いいね!やっぱ私は青か、瑠夏みたいな黒でもいいな」

「やりすぎて痛めないでね。せっかく髪綺麗なんだから」

「瑠夏は金髪ね!」

「なんでよ」

「金髪の瑠夏楽しみ」

 ご飯を頬張る千冬。

 黒髪の千冬か。どんなだろうか。でも髪が柔らかいし薄い青も似合いそうだ。

 想像を膨らませていると、ニヤニヤしている千冬と目があってしまう。

「なあに?瑠夏」

「・・・なんもない」

 暫く無言で食事をとる。

 未来に想いを馳せる瑠夏。

 そこには当たり前に千冬がいた。

 蝉の鳴き声がまた聞こえはじめる。それはどんどんと大きくなっていく。うるさい。

 瑠夏が外に目を向けるが、眩い光に視界が遮られる。


 瞼を開くと、人工的な白い光が目に入る。換気扇の忙しない音を聞きながら、瑠夏は自分が寝ていたことを思い出した。

「・・・千冬」

 朦朧としたまま思わず呟く。ふとベッドに寝ている自分の髪をみれば、ライトに照らされ金色に光っている。

 懐かしい夢であった。

 サイドテーブルには千冬と瑠夏が卒業式で撮った写真が飾られている。案内板の横でにこやかな千冬と微笑むだけの瑠夏。

 夢の中は過去であったのにまるで映画を見ていたかのような感覚であった。そのせいか写真すら人ごとに思える。

 寝返りを打つと、ダイニングへの扉から光が漏れ出ている。誘われるように起き上がる瑠夏。

 目を擦り扉を開ければ、換気扇の前に見慣れた青髪がいた。

 右にスマホ、左にタバコを燻らせ、キャミソールとパンツで立っている。

 瑠夏に気づき手短に煙を吐き切り振り返る。

「千冬、起きてたの」

「ごめん、うるさかった?」

「換気扇のせいかわかんないけど、目覚めた」

「今度見てもらおうよ」

「私の家なんですけど。お茶いる?」

「ううん。ありがとう」

 冷蔵庫から麦茶を取り出し、自分の分を注ぐ。一気に飲み干すと夢半分のような感覚が消え一気に現実へと引き戻される。

 夢の内容が思い出された。

 まだ長さのあるタバコを灰皿に押し付ける千冬。

 その姿を見て、良いのか悪いのか大人になった千冬が妙に新鮮に思えた。

「なーに?」

「髪似合ってる」

「いま?」

「うん、前のも好きだけど」

「瑠夏もね」

 あくびをする千冬。

「寝るか」

「一緒に寝よー」

「やだよ、こっちの部屋で寝て」

 瑠夏はコップを流しにおいて、そそくさと部屋へ戻る。電気を素早く消し、千冬がついてくる。

「たまにはいいじゃん」

「無理一人で寝たい」

 瑠夏に引っ付くようにして、ベッドに入る千冬。何度か押し合うが、謎の体力に瑠夏は諦めてタオルケットを被る。

「勝った」

「マジで無理」

 千冬は満足そうに背中を向けて目を閉じた。

「おやすみー」

「・・・おやすみ」

 眠りにつこうとする瑠夏だったが、卒業式の写真に目が行く。追憶してしまいそうになるが、夜も更けている。ベッドサイドの明かりを消し、意識を手放すように目を閉じた。

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季節が溶け合う ねいこ @yuuu78

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