最終話 これからのふたり
「違うんです! 私はノックスの恋人ではありませんっ
「ソフィア!」
ノックス様が女性の名前を呼ぶ。
『ソフィア』?
あれ? どこかで…
「と、突然入ってきてしまい申し訳ありませんっ ただマリトニー様が大変な誤解をされていらっしゃったので…っ」
勢いよく応接間の扉を開けて入ってきた長い黒髪の女性。
長い黒髪……ソフィア……っっ!
ノックス様が密会していた、あの時の女性!?
そして…その方のお顔が……!
自己主張の激しいキリリッとした眉
遥か遠くの獲物も目で仕留めそうな鋭い三白眼
そしてニヒルな唇
「
それは…まごうことなきウィーター伯爵様そっっっっっくりな女性だった。
え――――――――――!!!
私がぽかんとしていると、ノックス様が立ち上がり彼女を私に紹介した。
「マリトニー…僕の
妹…??
母親が違う?
異母妹…?
恋人ではなかった?
ご兄妹?
で、では…ではノックス様の恋人ではない…?
ノックス様もソフィア様も何かお話されているけれど、全く耳に入ってこない。
ガクン!!
立ち上がろうとして床にへたり込んだ私に駆け寄って下さったノックス様。
「大丈夫かい!? マリトニー!」
心配そうな表情で私を見つめるアイスブルーの瞳。
「…では…ソフィア様はノックス様の恋人ではないのですね?」
「もちろんだ! 僕の婚約者は君だよ! 君だけだ!!」
「…うっ」
「マリトニー?」
「うわああああああん!」
「マ、マリトニー…」
戸惑うノックス様の声。
ご迷惑をかけてはいけないと思いながらも、目から涙が溢れてくる。
だって…ノックス様の恋人だとっ 愛する方だと思っていたから!
結婚しても私はいつも二の次になるだろうと覚悟して…っ
私以外の方と子供を設けても我慢しようと決意して…っ
けど…違ってたあああ!
良かったああああああ!!
安心したのか嬉しかったのか気が抜けたのか分からないけれど、涙が延々と止まらなかった。
「マリトニー…」
遠慮がちに私の頭に優しく触れるノックス様。
「わあああああああああん!」
ますます涙が流れた。
◇◇◇◇
―――どれくらい時間が経っただろう…
ノックス様は私が落ち着くのを、辛抱強く待って下さった。
そして詳しい事情を話し始めた。
今日、私がウィーター家に来ることになったので、紹介しようとソフィア様を呼んでいたらしい。
けれど私の状態を見て、また改めて場を設ける事になり帰られてしまった。
…ごめんなさい。
「驚かせてしまって、本当にごめん。
「…はい。あまりにもそっくりで驚きました」
「うん。ソフィアも僕の話を聞いて驚いていた。もちろんソフィアを迎え入れるつもりだったけど…彼女が、やはり父の事はまだ受け入れられないと言ってね。ソフィアは自分の母親が女手ひとつで育ててくれた苦労を見て来たから。けど…僕が訪ねた時は、ソフィアの母親は容体が急変して亡くなっていたんだ。だから尚更、今はまだ父上を受け入れる事はできないのだろう。それに僕の母に対する気遣いもあるみたいで…今まで通りの生活を送りたいって言っているんだ」
「そうなんですね…」
私と同い年の方なのに…たった一人の家族であるお母様を亡くされて…そんな時に実は父親がいたなんて聞かされても受け入れ難いに違いない…
「けど、一人っ子だったから兄妹が出来た事は嬉しいって言ってくれて。それは僕も同じ気持ちだったから…時々会うようになったんだ」
「あの…なぜ名前で呼び合っていらっしゃるのですか?」
「ああ…兄妹といっても同い年だから…お兄様と言われるのも少し気恥しくて…僕から言ったんだ、名前で呼んで欲しいと。あと…父上と同じ顔で“お兄様”と言われるのは…ちょっと…」
苦笑しながら仰ったノックス様。
「な、なるほど…」
思わずウィーター伯爵様がノックス様に向かって“お兄様”と呼んでいる姿を想像してしまった…ぷぷ。
あ、それよりも…っ
「あ、あの…! 髪飾りは…っ 前にノックス様が落とされたっ」
「あれは、ソフィアの恋人が彼女に贈った物なんだ。けれど留め金の部分が壊れてしまったと言うから、修理に出そうと思って僕が預かったんだよ。たまたまあの時、落としたところを君に見られて…誤解されたくなくてあせって強い口調で
ノックス様は申し訳なさそうな表情で謝罪の言葉を口にした。
あの髪飾りはノックス様が贈られたものではなく、ソフィア様の恋人の方が…
胸のところに詰まっていた何かが、すとんと落ちた気がした。
「わ、私…てっきり…ノックス様には…他に愛する方がいると…で、でも…でも私…それでも良かったんです…私なんかがノックス様の婚約者に選ばれただけでも幸せで…だから肩書だけの妻で…それでよくて…それでもお傍にいられたらそれでいいって…私…私…っ うぇ…っ」
話していたら、また涙が…恥ずかしい。
「“なんか”じゃないよ! 父から縁談を持ち掛けられた時、君の名前が挙がったのは偶然だったけれど、僕は君との婚約を望んだんだっ」
そう言うと、ノックス様は優しく私の頬に触れ涙を拭って下さった。
「…ノックス様…」
「髪飾りの修理を受けたのはもともと宝石店へ行く用事があったからで……これを君に…」
そういうとノックス様は、上着のポケットから赤いベルベットの素材でできた小さなケースを取り出した。
ノックス様は私の前で片膝をつき、ケースの蓋を開けた。
そこにはノックス様の瞳の色と同じ石で出来た指輪が光を放っていた。
「あらためて君に
ノックス様は、指輪と同じ美しい瞳で私を見つめながらそういった。
「は、はいっ はい!」
それ以外の言葉はなかった。
ノックス様が私の左手をそっと取り、薬指に指輪を
彼も私と同じ気持ちだったのだと実感した瞬間だった。
そして私たちは互いに引寄せられるように抱き合った。
これからも起こるであろう…おだやかであたたかな日も荒れ狂う嵐の日も
あなたと乗り越えて、人生を共に歩んでいきたい…
ノックス様の胸の中で、私はそんな事を思っていた。
<完>
婚約者が見知らぬ女性と部屋に入るのを見てしまいました。 kouei @kouei-166
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