天ともこもこ

雨世界

1 ぷかぷかと浮かんで消えた。

 天ともこもこ


 本編


 ぷかぷかと浮かんで消えた。


 夏の日、小学校六年生の女の子、大星天がその不思議なふわふわとした小さくて真っ白な動物に出会ったのは偶然だった。

 その不思議な動物はふわふわと空から大きなわたげのように、あるいはちぎれてしまった雲の一部のように、大地の上にゆっくりと落っこちてきた。

 その不思議な動物は犬のようにも見えたし、猫のようにも見えたし、きつねのようにも見えた。でも、どこか天の知っている動物たちとは違うところがあった。

 不思議な動物はとても弱っていた。なので天はとりあえずその不思議な動物をひろって家に連れて帰ることにした。

 不思議な動物は本当の雲みたいにびっくりするくらいに軽かった。

 天は昔から家で子犬を飼いたかった。でも、お母さんにだめだと言われてしまった。だから犬を飼えなかった。だからこの不思議な動物を見つけたときに、天はとっても嬉しい気持ちになった。不思議な動物は弱っていたけど、怪我をしているようなところはどこにも見えなかった。だから天はお水を不思議な動物にあげてみた。(本当は食べ物もあげたかったのだけど、なにを食べるのかわからなかったからあげられなかった)

 不思議な動物はお水を飲んだ。そして、少しだけ元気になった。

 その様子を見て、天はすごく嬉しくなった。

 天はこそこそと隠れながらお風呂場で不思議な動物の体を丁寧に洗った。

 すると不思議な動物は、(もともと綺麗だったけど)虹が出るくらいに輝くような美しい毛並みになった。

「まずはお名前を考えようね。うーんとそうだな」と天は不思議な動物のもこもことした白い毛並みをなでながら言った。

「よし。もこもこにしよう。あなたは今日からもこもこだよ。よろしくね、もこもこ」と笑顔で天は言った。

 するともこもこは嬉しそうに笑って、天のことを見た。

 お母さんにいったら捨ててきなさい、といわれると思ったので、もこもこのことは秘密にすることにした。

 でも、その日のうちにばれてしまった。

 もこもこは鳴き声を出したりしなかったので助かったのだけど、そのかわり小さな男の子みたいにはしゃぎまわったので天は部屋の中でもこもこを捕まえようとしていたところをお母さんに見つかってしまった。すごく怒られると思ったのだけど、もこもこを見たお母さんはなぜかとても驚いた顔をして、しばらくの間、ずっともこもこのことだけをじっと大きな瞳で見つめていた。

「天。この子、どうしたの?」とお母さんは言った。

「えっと、あのね」と言ってから、天は正直に今日あったことを全部お母さんにお話しした。

 天は怒られることを覚悟していたのだけど、お母さんは天のことを怒ったりはしなかった。そのかわりに天のことをぎゅっと優しく抱きしめると、「この子のこと、しっかりとお世話するのよ、天」と体を離してから、天の顔を見てにっこりと笑ってお母さんは言った。

 お母さんが許してくれたので、天はもこもこと一緒に暮らせることになった。でも、もこもこのことはほかの人には秘密にすること、とお母さんに言われたので、お散歩につれていくことはできなかった。天はもこもこと部屋の中で一緒に遊んだ。

 そんな日がこれからずっと続いていくのだと天は思った。

 だけど、ある日、急にもこもことお別れをする日がやってきた。

 なんともこもこのお父さんとお母さんがもこもこを探して、天の家までやってきたからだった。

 もこもこはどうやら迷子だったようだ。

 天はとても悲しかったのだけど、もこもことさようならをして、もこもこはお父さんとお母さんと一緒に夏の空の中に帰って行ってしまった。

 それから少しの間、天はずっとぼんやりとしながら夏の日々を過ごした。

 すごく悲しかったけど、(わんわん泣いた)でも、もこもこのことを思い出すと、天の心はいつも幸せな気持ちでいっぱいになった。

「もこもこ、幸せになってね」と夏の青色の空に向かって天は言った。

 天がもこもこともう一度出会ったのは、それから五年後くらいのことだった。天は十六歳の高校一年生になっていた。その日は、やっぱり夏の日で、「あちー」と言いながら、天が自分の部屋の窓をあけて、制服のままだらしない恰好をして気持ちいい夏風に長い黒髪を揺らせながら、汗を乾かしていると、急に窓の外にとっても大きな真っ白な不思議な動物が空を飛んでやってきた。

 天はもちろん、すごくびっくりしたのだけど、すぐに「あれ? もこもこ?」とその大きな空を飛んでいる不思議な動物が成長したもこもこであることがわかった。(その不思議な動物には、体はとても大きくなっていたけれど、小さかったころのもこもこの特徴がたくさん残っていた)

 天が「もこもこ! あなたもこもこだよね!」と言って、もこもこの名前を呼ぶと、もこもこは昔みたいにすごく嬉しそうな顔をして笑った。

 それから天はもこもこのふわふわの毛並みの背中に乗って、そのままもこもこと一緒に夏の青色の空の中を飛んだ。(そうするように、もこもこが天のことをうながすようにして体を動かした)

「すごーい。空から見るとこんな風に見えるんだ」

 天は雲の上から自分の住んでいる街を見て言った。

 もこもこと一緒に高い空の中を飛んでいるときだけ、天はなんだか自分がもこもこと初めて出会った小学六年生のころの小さくて無邪気だった自分にまるで今だけ時間が戻っているような気がした。

「もこもこ大好き」ともこもこを抱きしめながら天は子供っぽい顔をして言った。(もこもこは嬉しそうに笑った)

 それから天はもこもことまた小学六年生のときみたいに友達になった。

 もこもこが会いにきてくれたことは少し間、なんて説明すればいいのかわからなくて、お母さんに秘密にしていたのだけど、遊びにくるたびにもこもこが騒ぐから、やっぱりすぐにお母さんにはもこもこのことがばれてしまった。(今度はすっごく怒られた)


 君のことが大好きだって、大声で叫びたい。


 天ともこもこ 終わり

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