後編

 僕には幼馴染がいた。毎日遊ぶくらい仲が良く、学校の近くの森の中に秘密基地を作ったりして多くの時間を共に過ごしていた。この関係はまさしく『親友』と呼べるものだった。でも僕たちもいずれ変わってしまう。互いに忙しくなり、共に過ごす時間も減っていた。このままでは『いつもの場所』が『いつもの場所』ではなくなってしまう、僕はいつしかそう思うようになっていた。

 久しぶりに訪れた『いつもの場所』はたった数年では何も変わらなかった。でもいつか僕たちが大人になったとき、この場所も変わってしまうのだろう。ずっとこのままでいたい、そう思った僕はここが変わってしまう前にこれまでの思い出を残しておこう、そしてこの思い出をきれいなまま終わらせようと思った。

 少し背が伸び体格もしっかりした『親友』は、あのころと同じ無邪気な明るい顔で笑っていた。あぁ、君は変わらないな。でもそれもいつかは変わってしまうかもしれない。だから僕は自分の思ってることをすべて口にした。

「もうここを秘密基地と呼ぶのはやめよう。これから先、ここに来ることもきっとなくなってしまう、大人になったらこれまでよりも時間が取れなくなってしまうから。そうしたらここもきっといつか変わってしまう。僕はそんなの嫌だ。だから今このきれいな思い出のまま終わらせたいんだ。二人の思い出を、きれいな思い出のまま写真に残そう。そうしたらずっとこのまま残しておけるでしょ?」

 言いたいことはすべて言った。君は最後まで聞いていただろうか、いや聞いていなかっただろう。途中から君は怒りとも悲しみともとれるような表情変わっていった。そして少し俯いてこう言った。

「そうか、お前は変わっちまったんだな」

 少し声が震えているようにも思えた。何を言っているのか分からなかった。僕は何も変わっていない。そう思い途方に暮れていると、『親友』は秘密基地の証である赤い旗を地面から引き抜き、二つに折ってしまった。あまりの出来事に呆けていると『親友』はすでに走って行ってしまっていた。投げ捨てられた赤い旗を見つめ、僕はおもむろに白い旗を地面から引き抜いた。

「もう変わってしまっていたのかもしれないな」

 そう呟き、白い旗をこの赤い旗と同じように二つに折った。


 その後、僕たちは一度も話すことはなかった。もちろんあれ以来『彼』からのメッセージも来ていない。結局高校は別になり、顔を合わせることすらなくなった。僕たちの青春は、あの日に全て壊れてしまった。今でも思うことがある。もしあの日何もしていなかったら、何も変わらなかったのだろうか。だがそれは問題を先延ばしにするだけだ。結局いずれこうなってしまうだろう。もう元には戻らないのだろう、そう考えていた。あの日からちょうど三年たった今日、この白い旗を見つけるまでは。


 僕はこれまでにないほど全速力で走っていた。なぜこの旗が直っていて、なぜ植木鉢にあったのかはわからない。でも今はそんなことを考えている場合ではない。今この時を逃せばもう二度と元には戻らない。あの場所へ、『いつもの場所』へ行けば何かが変わるかもしれない、いや、変わらないままでいられるようになるかもしれない。もう一度僕たちの青春を取り戻せる、そう信じて『いつもの場所』へ走った。

 息を切らしながら『いつもの場所』へ着くとそこには、あのころから何も変わっていない僕たちの秘密基地があった。まるで変わらないままでいられることを教えるかのように。変わらない景色の中にただ一つ、あのころからよりたくましくなった『彼』の姿があった。こちらに気付いた『彼』はただ一言、

「待ってたぜ」

 と無邪気な笑顔で言った。そんな『彼』の手には、僕と同じように壊れて捨てられたはずの赤い旗が綺麗に直って握られていた。

 「なんでその旗を…」

 「お前こそなんでその旗持ってるんだよ」

 「僕は今日帰ったらなぜか植木鉢に」

 「俺も似たようなもんだよ。なぜか玄関にこれがあるもんだから、何かあるかもしれないと思ってここに来てみたら、お前もそれを持ってここに来た。しかしなんでこれが俺たちのところにあるんだ?しかも綺麗に直って」

 「僕にもわからないよ。もしかしたら神様が僕たちをもう一度引き合わせてくれたのかも」

 「ははっ、なんだよそれ」

 僕たちはあのころからのしがらみをすっかり忘れ話し込んでいた。それはまるで『親友』

 であるかのように。話も一段落したところで、『彼』はあの日の話をしだした。

 「あの日、どうしてもうここには来ないなんて言ったんだ?」

 僕はあの時考えていたことをすべて話した。時間が経てば僕たちの関係やこの場所が変わってしまうかもしれないこと。変わってしまうなら変わる前に綺麗なまま終わらせたかったこと。

 「だから僕は、あの時君を呼んだんだ。もしかして、あの時僕の話最後まで聞いてなかった?」

 「う、うん…その、悪かったな、話最後まで聞かずにあんなことまでして。」

 「ほんとだよ全く」

 「でも綺麗なまま終わりたいって、そんなことしても俺たちは変わらないだろ?」

 「え、どうして?」

 「だって俺たち、『親友』だろ?」

 それを聞いたとき、僕は今までとんでもない勘違いをしていたことに気が付いた。そうか、僕たちの関係は何年経っても変わっていないじゃないか。たとえこの場所に来ることが減ってしまっても、この場所が変わってしまっても、僕たちは『親友』のままでいられる。僕たちが今ここに『親友』として立っているのが何よりの証拠だ。目の前にいる『親友』はあの頃の幼い彼ではない。背は高くなり声も変わり、夢や夢中になっているものだって変わっている。でも僕はそんな彼を『親友』だと思っている。彼もまた、変わってしまった僕のことを『親友』だと思ってくれている。どうしてこんな簡単なことをあの時気付かなかったのだろう。滲んで見える『親友』の手が僕の肩にポンと置かれる。

 「これからもよろしくな、兼悟」

 「うん、よろしく、裕翔」

 僕たちの秘密基地にまた、赤と白二つの旗が立った。

 


 あれから二年が経ち、僕たちは大学生になった。『いつもの場所』へはあまり行かなくなったが、それでいいのだ。僕たちは何も変わっていない。それどころか、以前よりも仲良くなっていた。

 「けんちゃん、次空きコマ?」

 「うん、そうだよ。ゆうちゃんは?」

 「ん、俺も。じゃあ昼一緒に食べね?」

 「いいね、ちょうどおなかが空いてきたところだったんだ」

 「よし、決まりだな。何か食べたいものでもあるか?」

 「そうだなぁ、うどんかな」

 「えー俺ラーメンがいいんだけど」

 「自分から聞いといてなんだよそれ」

 「ははっ、それもそうだな。じゃあ両方食べれるとこでも行くか」

 「そんなとこあるかなぁ」


 今では僕の悪い癖もなくなった。恐らく家族よりも多いのではないかと思えるほど一緒にいるからだ。ずっと変わらないままでいたいと思っても、そうはいかない。人は誰しも成長し、いつかは変わってしまう。人間関係が変わり、環境が変わり、僕たちはそれに適応するように生きていく。そんな中でも変わらない関係でいられるように、変わった自分を、変わってしまった大切な人を、大事にしていきたい。

 いつまでも君と、このままでいられるように。

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いつまでもこのままで ようよう @yoyo1220

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