ナナセの家
ナナセの家
作者 海月沢 庵
https://kakuyomu.jp/works/16818093084609890815
親の干渉から逃れるために家出を決意した七瀬はユーラシア大陸を一周する計画を立てるが、流奈は家族の事情で同行できなかった。二年後、七瀬は記憶障害を抱えて流奈の元を訪れ、二人は一緒に暮らす話。
文章の書き出しはひとマス下げるは気にしない。
現代ドラマ。
感情描写が豊かで深い共感を呼び起こす作品。
友情と家族の問題をテーマにしており、リアルな日常描写が魅力。
家族というか、母娘の問題。
非常に難しいことを扱っている。
主人公は二人。菜々瀬流奈の一人称は、私で書かれた文体。戸口七瀬の一人称は、あたしで書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。二人の視点で、交互に展開されていく。全体的にみると、現在、過去、未来の順に書かれている。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
高校三年生の夏休みの初め。戸口七瀬は菜々瀬流奈に家出してユーラシア大陸を一周する計画を打ち明ける。出来ることなら引き留めたかった。流奈は一緒に行くことを考えるが、父親が倒れたため、行けなくなる。
二年後、七瀬が突然流奈のアパートを訪ねてくる。七瀬は旅先で熱中症にかかって記憶障害になり、高校に行っていた記憶しかない状況でベトナムにいたと話し、仕事を見つけて宿代を払ったら出ていくからという彼女に、「いいよ。好きなだけ泊まってって」といって流奈の家で生活することになる。
二人はルームメイトとして生活を始め、過去の出来事や家族の問題について話し合う。流奈は母親との関係に悩み、七瀬は過去の家出の理由を明かす。
流奈は母親から一緒に住む提案を受けるが、七瀬との生活を続けることを選ぶ。七瀬も流奈との絆を大切にし、二人は新たな家族としての関係を築いていく。
三幕八場の構成で書かれている。
一幕一場 状況の説明、はじまり
流奈の家に七瀬が訪れる。七瀬が家出してユーラシア大陸を一周する計画を話す。
二場 目的の説明
七瀬が家出の理由と計画を説明。流奈に一緒に来ないかと誘う。
二幕三場 最初の課題
流奈が家に帰り、七瀬の提案について考える。流奈が母からの連絡で父が倒れたことを知り、七瀬との約束を守れない。
四場 重い課題
流奈は父のいる病院へ向かい、七瀬は一人で家出し、ユーラシア大陸へ旅立つ。父はなくなり、流奈は受験に追われる。
五場 状況の再整備、転換点
二年後、七瀬が流奈のアパートを訪れる。七瀬が記憶障害を理由に流奈の家に泊まることになる。七瀬が寝言でつぶやいた言葉から、二年前の待ち合わせた駅のことを覚えていることを知る流奈。
六場 最大の課題
流奈と七瀬が再び一緒に生活をはじめる。流奈が母からの電話で一緒に住むことを提案される。
三幕七場 最後の課題、ドンデン返し
流奈が七瀬に家を出ることを告げる。理由を知りたいという七瀬に、流奈が母との関係について話す。
八場 結末、エピローグ
七瀬が流奈を励まし、流奈が母に自分の気持ちを伝える決意をする。流奈が母に電話をかけ、自分の気持ちを伝える。
家族の謎と、主人公たちに起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
冒頭は客観的状況からの書き出し。
遠景で朝から暑かった(思考)と示し、近景でどんな八月の終わりか(感情)を描き、心情で「ぴん、ぽおん」とくぐもった音でインターホンが鳴る(行動)。
そのあと、主人公の流奈のセリフ「はーい?」ときて、のぞき窓を覗いて、相手が七瀬と確かめる。
なにかが始まろうとしている予感がする。
興味が湧くところで「* 流奈 一」がはじまる。
つまり冒頭は、家出でユーラシア大陸に行っていた七瀬が、流奈の家を訪ねてきた場面。
つきから過去回想。
高校三年生の二人からはじまる。
遠景で、「あたし、家出してユーラシア大陸一周する」と七瀬の台詞、近景でそれはいつだったのかを説明し、心情で「戸口七瀬は、靴の先を水たまりにつけながらサラリと言った。私は時間差で、押していた自転車のブレーキを握りしめる」と語る。
動きとともに感情を描いているところが良い。
家出のスケールが大きい。
本気なのか冗談なのか判断がつかないが、予期せぬ状況に、なんだろうと共感を持つ。
「世界じゃなくて、ユーラシアだって。さすがにヒッチハイクで海は渡れないから、まず飛行機で韓国まで行って、あとは誰かの車に乗せてもらうの」「うん、短くても半年はかけたいかな」
主人公たちは高校三年生。受験をしないつもりなのか尋ねると、「分かってる。でも、あたしはそういうの、もういいや。家出するほうが大事だから」といわれて返す言葉がなくなる。
でも内心、「なに言ってるの、無謀だよ、時期がおかしい」「出来ることなら引き留めたかった。七瀬がいない教室が怖かったから」と思っているところは人間味がある。
もしよかったらと誘われて、考えさせてと返す。
そんな流奈は、一人でスーパーの買い出しをしている。しかも一人で夕食して風呂に入り、勉強して就寝。両親はどうしたのだろう。
一人で孤独な状況に共感していくと、「私もユーラシア行く」とメールを出す彼女。
でも結局行けなかった。
『流奈、お父さん倒れた。大学病院来て』
おそらく母親から。
両親がいたとわかった途端、危機的状況に襲われる。しかも「親からのラインは一ヶ月振りだった」とある。
くわえて、友達は家出に行こうとしている状況。
待ち合わせの駅まで行きながら、主人公は「少し寄っていくくらいなら、問題ない距離だったんだ。事情を説明しに行くことはできた。実際そのときの私の頭には、私が駆け付けたところで父親の容体が良くなるわけでもないし、なんていう親不孝な発想もあった」けれども、七瀬に事情を伝えることもなく通り過ぎて病院へ行ってしまう。
電話もメールもできたはず。
話すチャンスもあった。
なぜなのだろう。
そんな疑問を抱かせて二年後、七瀬が帰ってきた場面から本編がはじまる。導入は実に素晴らしい。
長い文ではなく、数行で改行。句読点を用いた一文は長くない。短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶっているところがある。ところどころ口語的。繊細で感情豊かな描写が特徴。内面の葛藤や感情を丁寧に描写されている。二人の視点が交互に描かれ、物語が進行していく。リアルな日常描写と心理描写が融合しているのが特徴。
日常の描写がリアルで、登場人物の内面の葛藤や感情が丁寧に描かれているところがいい。
二人の友情が深く描かれていて、感動を与えてくる。
作中の五感描写について、視覚は「蝉が鼓膜を削るみたいにジイジイ鳴いていた」「ドアに頬を当て、覗き窓に目を凝らす」「キラキラと光るガラス玉が、畳の上を転がって来た」ガラス玉の輝きと動きが視覚的に表現されている。「てらてら光る大きな栗」モンブランの栗の光沢が視覚的に描かれているなど。
聴覚は「ぴん、ぽおん。くぐもった音でインターホンが鳴る」
「グッドの形にした右手をこちらに向けてみせた」で、七瀬の声が歌うように表現されている。「蛇口から零れた水がシンクを打つ」
「流奈おかえりー、ナイスタイミング!いまタイカレーできたとこだよ」七瀬の声が聴覚的に表現されているなど。
嗅覚は「スパイスの匂いしてお腹すいたよ」タイカレーのスパイスの香りが、「クリームと紅茶の贅沢な匂いを吸いながら」モンブランと紅茶の香りが、「涙の匂いが、狭いダイニングに満ちている」涙の匂いが嗅覚的に描かれている。
触覚は「ドアに頬を当て」頬がドアに触れる感覚が、「そっと首元に触れたら、とくとくと薄い鼓動が伝わってきた」首元に触れる感覚と鼓動が、「ぬるい汗が背中を這った」汗が背中を這う感覚が触覚的に表現されている。
味覚は「タイカレー美味しいね」タイカレーの味が、「お、おいしい! モンブランの味が、「納豆トースト、あれ美味しいんだよね納豆トーストの味が味覚的に表現されている。
他の五感描写と組み合わせて臨場感を高め、深い印象を与えているところがいい。味覚に関しては、どう美味しいのか、具体的に表現されているとより伝わるのではと考える。
タイにも納豆があるとは、驚きだ。
トナオといい、主にタイの北部、チェンマイで作られている。
茹でた大豆を葉(シダやチーク材の葉など)で包んで発酵させる。日本の納豆と異なり、藁は使用しない。
トナオは円盤状に干されたものや、粒状のものなど、さまざまな形で販売。主にスープやカレー、炒め物に加えられ、調味料としての役割を果たしている。トナオをそのまま食べることは少なく、旨味を引き出すために使用されるという。
ミャンマー、ネパール、インド、中国、ブータン、ラオスなどにも独自の納豆があり、使用する豆の種類、発酵方法、添加物などが地域によって異なるだけでなく、唐辛子味、ニンニク味、生姜味など、様々なバリエーションがある。また、生や乾燥、調理して食べるなど、多様な食べ方があるらしい。
七瀬は、他の納豆も食べたかもしれない。
七瀬の記憶障害はどれくらい忘れているのだろう。
ベトナムの病院で入院していたらしい。韓国からどのルートを通ってイギリスまで行って戻ってきたのかしらん。
大まかなルートとして、韓国 →中国 →モンゴル→ロシア→ 東ヨーロッパ諸国→西ヨーロッパ→南ヨーロッパ→中東→中央アジア→南アジ→東南アジア→中国→韓国が考えられる。
つまり、東南アジアまできたときに熱中症にかかって記憶障害になったのだろう。
イギリスやタイのこと、家出した最初の日のことも覚えているので、ヨーロッパや中東辺りのことは覚えていないかもしれない。
主人公の弱みについて、流奈には家族との関係に悩み、自己犠牲的な性格をしていること。だから流奈は、七瀬が家出に誘ったとき、父親が倒れた連絡を受けて家族を選んだのだ。
病院に駆けつけると、「医師に余命宣告されてしまった父は、いまさら家族の絆に未練を持ったらしい。母も隣で涙ながらに私を抱きしめた。白々しい。けれど、引き剥がすには細すぎる腕だった」とある。
それまでは、放任主義のように、仕事人間の両親だったのだろう。「父と母は仲が良かった。一緒に流通系の自営業をしていたから、出張に行くときもふたりだった」
「結局父は翌年の二月、私の受験直後にこの世を去り、私は母と別れて大学の近くで一人暮らしを始める」
余命半年、と宣告されたのかもしれない。
「忙しくても結婚生活は楽しかったんだろう。葬式の日、出ない涙をしぼり出すのに集中する私の横で背中を丸めて嗚咽した母の姿が忘れられない」
娘が家を出ていってから、母親は一人で亡くなった父の財務整理をしながら仕事をして半年を過ごしてきたのだろう。
一人で遺品整理するのはなかなか大変。死別と娘が家を出たこと、一人での生活はかなりのストレスを抱えていると想像できる。
「ああ、そんな顔しないでよ。誰かといっしょになるってことはとっても幸せなことだから、オススメするだけ。親としては孫の顔も見たいしね」
父と出会ったのは学生のころかもしれない。
十月に「お母さんと、一緒に住まない?」と母親が電話を欠けてきたのは、本当につらかったのかもしれない。
『流奈、お母さん、あなたと一緒に暮らしたいの。昔から流奈って何でもできたでしょ? お母さん、家事苦手だし持病もあるから手伝ってほしくて。その代わり、家賃はお母さんのほうが多く払うから。親子どうし、水入らずで楽しく暮らせると思うの!』
親としては、頼れるのは身内しかいない。親戚や仲のいいご近所もいるかもしれないけれど、家の中を任せられるのは血を分けた子供だけ。他人は信用できないのだ。
「私は何でもできたんじゃなくて、何でもやるしかなかったんだよ、お母さん。家族ごっこのできる家政婦が欲しいだけでしょ。なんて、そんなことは言えない。私の心は母を嫌っているのに、根っこのところで過去に愛されなかった分を取り戻したくて必死なんだ。きっとこの人が死ぬまで、私は『家族』の奴隷だ」
こういうことを思っているのなら、母親にぶちまけて、喧嘩でもなんでもいいからぶつかり合う必要があると思う。
母と娘は、これまでぶつかるのを避けてきた。
母は父という話せる人がいたけれど、なくなってしまい、娘と向き合うこととなった。
流奈は、七瀬が二年前のことを覚えていることを寝言で知り、話せる相手をなくした状態だったから、母と娘が向き合い、「私――この家から出ていこうと思ってる」と一旦は傾きかけたのだろう。
七瀬には、家族からの束縛と過去のトラウマを抱えていること。
幼い頃から、部屋に監視カメラがあり母親から干渉されてきた。
決定的だったのが「友達から貰った誕生日プレゼントのぬいぐるみ、初めて自分の小遣いで揃えた漫画、お気に入りの服、中学の卒業式で好きだった人に貰った第二ボタン。そういうものが全部なくなって、代わりに棚いっぱいに問題集が詰め込まれていた」という出来事が起きたこと。
「何、不満なの? 言っときますけどね、あなたが今生活できてるのはママのおかげなんだから。多少不満があっても少しくらい期待に応えてよ」
発狂して家出を決意するのも、無理からぬこと。
「菜々瀬流奈を巻き込もうとしたのは、まだ親を裏切るのが怖かったから」とある。友達と一緒ならと思っていたが、彼女はこなかった。
「あたしはようやく知った。家出は誰かと一緒にするものなんかじゃない。もっと痛切でシリアスな、自分の周りにあったすべてと決別する行為なんだ」
これに気づけたのは、母親に大切なものを捨てられた経験をしているからだろう。
自分と母親との問題であり、友達の流奈とは関係ない。
そんなこともどこかで思ったに違いない。だから恨むこともないのだろう。最初に巻き込もうとしているため、七瀬自身に後ろめたさがあったのだ。
おそらくスマホから流奈ことを消したのは、一人で旅立ってからだと推測する。
七瀬は流奈とルームシェアをしている。家出の途中のようなものである。家出とは自分の周りにあったすべてと決別するものだと理解し、その理屈で現在も生きている。
つまり、あとがない。
だから、「流奈、あたしはルームシェアを解消されて、楽しい生活と半分の家賃を一方的に打ち切られるわけよ。事情を説明されるくらいの権利はあると思わない?」思っていることがいえる。
きっと、いまの七瀬なら母親相手にも、言いたいことがいえると思う。
そうした七瀬の言葉を聞いたから、流奈は話ができたし、母親と暮らせないという電話をかけることができるのだろう。
できるなら、サブキャラクターである母親の背景や内面をもう少し掘り下げると、深みがましてくるのではと思う。
読後。タイトルから、七瀬の家の問題から家出をし、家出から戻った七瀬とルームシェアすることになった流奈の家は、七瀬の言葉のお陰で一緒に暮らしていくことを表しているのだと思った。
二人の友情と家族の問題に、ある種の感動をおぼえる。
リアルな日常描写と感情描写が魅力的で、それぞれの内面に抱えている葛藤や成長が丁寧に描かれていて、読後感が良い。
七瀬の台詞、「自分の言いたいことを言うとか、普通できないよね。フィクションじゃすぐ本音を言えるけど、リアルに生きてたらぶつけた本音がどうなるかわからないもん」「でもね。それでも、言わなきゃならないことだって、きっとあると思うよ」はとっても大事。
いまはSNSなど、便利なものがあって互いの考えを瞬時に送ることができるし、ゆるくなんとなく繋がってはいるけれども、腹を割って話すということからはむしろ遠ざかっている。いざというときは助けてくれない。
結果、我慢したり辛い思いをしたりして、みんな孤独になっていく。流奈にしろ七瀬にしろ、二人の母親も、腹を割って、みっともなく泣き叫ぼうが喚こうが、年甲斐もなく暴れたってもいいので自分の気持ちを喉が枯れるまで言い合ってみればいいと思う。なにかが変わるわけではないかもしれないけれど、お互いの気持ちは何となく分かるだろうし、それで修復できる家族もあるだろう。
だめなら、スパッと諦める。七瀬のように。
『ナナセの家』というタイトルは、実に合っている。
いい話だった。
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