K旗
K旗
作者 千桐加蓮
https://kakuyomu.jp/works/16818093083701744328
同じ大学のあみりが恋心を抱いていると知る梅代は、他人との関係に疲れてリセット癖を持つ大学生。ある日、駅前でギターを弾く皆本と出会い、祖母との思い出の曲「海の歌」を通じて交流し、他人とのコミュニケーションの重要性と祖母の過去を知る大切さに気づく話。
現代ドラマ。
読み応えがあって実にいい。
コミュニケーションを取るのは大切なことに気付かされる。
三人称、梅代視点で書かれた文体。 落ち着いたトーンで、内省的な描写が多い。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
梅代は大学生で、他人との関わりに疲れやすく、リセット癖を持っている。初夏の夕方。友人の日賀から、同じ大学のあみりという女子が梅代に興味を持っていることを聞かされるが、梅代は返信する気になれない。
駅前でギターを弾き語りしている皆本という中年男性と出会う。皆本が歌っていた『海の歌』は、梅代の祖母がよく歌っていた曲で、梅代はその歌に惹かれる。皆本と話すうちに、皆本の祖父もその歌を歌っていたことがわかり、二人は共感を覚える。
皆本は梅代に、新しいものに執着しすぎず、過去を大切にすることの重要性を説き、国際信号旗のK旗の話を持ち出し、コミュニケーションの大切さを伝える。
帰宅後、K旗について調べた梅代は他人とのコミュニケーションを取る努力をする重要性に気づき、あみりの誘いに応じることを決意。また、祖母の下宿屋を訪れる計画を立て、先祖の過去を知ることで他人との関わりを見直し、前向きに生きる決意をする。
三幕八場の構成で書かれている。
一幕一場 状況の説明、はじまり
梅代と日賀が駅周辺を歩いている。日賀が梅代に、あみりさんからのご飯の誘いについて話す。梅代は他人に対して恐怖心を持ち、リセット癖があることが明らかになる。
二場 目的の説明
梅代が他人との関わりを避ける理由が説明される。彼は他人に期待されることが嫌で、メールの返信すら面倒に感じている。
二幕三場 最初の課題
梅代が日賀と別れた後、駅前の広場で皆本という壮年の男と出会う。皆本は「海の歌」を歌っている。梅代は皆本に話しかけ、彼の歌に興味を持つ。
四場 重い課題
梅代と皆本が話し始める。皆本は「海の歌」について話し、梅代の祖母との思い出を引き出す。梅代は祖母との思い出を語り、皆本も自身の祖父との思い出を語る。
五場 状況の再整備、転換点
皆本が「新しいものに注目するのも、昔に執着しすぎるのもよくない」と語る。梅代は皆本の言葉に影響を受け、他人との関わり方について考え始める。
六場 最大の課題
皆本が国際信号旗の話を持ち出し、K旗の意味を説明する。梅代は皆本の話に疑問を抱きながらも、何かを感じ取る。
三幕七場 最後の課題、ドンデン返し
梅代が帰宅し、K旗の意味を調べる。「本船は貴船との通信を求める」という意味を知り、皆本の意図を理解する。梅代は他人とのコミュニケーションを取る努力をすることを決意する。
八場 結末、エピローグ
梅代がご飯の誘いに承諾の返事をし、祖母の下宿屋を見に行くことを父に伝える。祖母との思い出を胸に、梅代は新たな一歩を踏み出す。
コミュニケーションの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
会話からの書き出し。
遠景で友人の日賀のセリフ、近景で、いつどこで主人公は誰となにをしているのかを説明し、心情で高校でできた数少ない友人で、バイトが同じという共通点があると語る。
主人公と日賀は高校で出会った友人で、大学が違う。
日賀は、小中学が同じだった悠芽と同じ大学、住んでるマンションも同じ。
悠芽の高校時代の同級生のあみりが、主人公に好意を抱く。
あみりは主人公と同じ大学、学部だという。
悠芽→日賀→主人公へと「あみりさんがお前にご飯の誘いしたって」と伝えられる。
なぜあみりは、主人公に直接、話さないのかしらん。
あみりには悠芽しか友達がいないのだろうか。大学で親しくなった子はいないのか。
主人公と日賀は同じバイト先なので、そこに悠芽とあみりが訪ねていき、あみりが好意を抱いたのを打ち明けられたので、悠芽→日賀→主人公へと話が伝わった、ということだと想像する。
主人公はリセット癖を持っている。
イケメン故に、いいよってくる子達が多かったためだろう。「梅代は、他人に対して恐怖心を持つことが多々ある。他人なんてたくさんいるというのに、全ての他人と呼ぶことができる人たちに合わせにいくこと」に疲労感を感じ、結果として人を探らず、依存しすぎない性格となり、相手のことも良く知らないのに嫌いになった。
可哀想な気がして、共感を抱いていく。
長い文ではないが、五行で改行。句読点を用いて一文も長くない。短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶってくるところもある。登場人物の性格がわかる会話文。登場人物の心理描写が丁寧で、特に梅代の内面の葛藤が詳細に描かれている。
他人とのコミュニケーションの重要性や、過去を知ることの大切さがテーマとしてはっきりしており、梅代と皆本の対比が鮮明で、二人の交流が物語の中心となっているのもよかった。
五感の描写として、視覚は駅前の風景や登場人物の外見が詳細に描かれている。
聴覚は皆本のギターの音や駅前の雑踏の音が描写されている。
嗅覚はドーナツの甘い匂いが描写されている。
触覚は梅代が感じる風の涼しさが描写されている。
主人公の弱みはリセット癖。他人との関わりを避けるためにリセット癖を持っている。日賀がいるとはいえ、友達ができないだろう。
コミュニケーションの苦手さ。他人とのコミュニケーションに対する恐怖心がある。大学では普段、どうしているのかしらん。孤立しているのだろうか。
駅前でギターを引いていた壮年の男、皆本とは、どうして会話ができたのだろう。他人とのコミュニケーションに対する恐怖心があるはずなのに。
ひょっとすると主人公のいう他人は、主に異性なのかもしれない。
イケメンでいいよってくる女子に対して、警戒心を抱いた結果、リセット癖へと発展したと想像する。だから、男性であり、同世代でもなく、知らない他人に、こちらから話をすることはできるのだと思われる。知らない同世代の異性から話しかけられることが、苦手なのだろう。
主人公は祖母が歌っていた、皆本は海軍兵士だった祖父が『どっかの下宿屋では、毎朝海に向かって、この歌を歌っていた』ため海の歌が好きになったという思い出の曲。
「結構、グロい歌だろ? なんせ、戦中に歌手業志望してた兵士が歌ってたらしい」
海軍で広く歌われたのなら、『海行かば』かしらん。
皆本が面白いことをいう。
「新しいものに注目するのも、昔に執着しすぎるのも俺はよくないと思う」「俺はね、新しいものや今流行っているものに執着しすぎると、その時代の人になってしまう気がするんだよ」「周りに合わせるだけってつまんなくね? 恥ずかしいから、注目されるのが嫌だ、やる気が起きない。今時の梅代くらいの子たちって自分の中身が空っぽの子って多いよね」
他人に与えられた基準に満足するのではなく、自分の好みで選び取って満足とするほうが、時代に埋没しなくていいということかしらん。
かといって、昔のものに執着しすぎれば進歩も発展もなければ希望も見いだせず、考えも固執してしまい、我執が強くなってしまう。
新しいものに注目するのは、皆本のような年齢の人間からしたら、昔はやったことが手を変え品を変えて繰り返されていることに気づいたからいえるのだろう。
主人公からすれば、いろいろなものがすでに存在しているとはいえ、みるもの聞くもの触れるものは、はじめてなものもあると思う。
だから、大人になっていく主人公のこれからの生き方を、先輩からのアドバイスとして話しているのだろう。
皆本の語るところが、実感がこもっていていいなと思った。
K旗のことを話して、結局それがなんだったのか、気になるところで帰宅してる。主人公も読者も、この展開になんだろうと興味を持ってしまう。
調べて、「一つ目は、他人を怖がる前に他者のことを知りコミュニケーションを取る努力をすること」と、ご飯に誘ってくれた同学部の女子のメールに承諾の返事をする。
これはわからなくもない。
「二つ目、先祖の過去を知り、現在の行いに生かすこと」
おそらく、『どっかの下宿屋では、毎朝海に向かって、この歌を歌っていた』といっていた皆川の祖父のいうどっかの下宿屋にK旗があるのをみたのかもしれない。自分の祖母と関係があるのか調べてみようと思い、主人公は父に「お祖母ちゃんの下宿屋、今度見に行って来てもいい?」といったのだと想像する。
読後。皆本との交流を通じて成長する主人公と、祖母との思い出や「海の歌」のエピソードに興味を持った。ものすごい出来事が起きるわけでもないけれども、読み応えがあって、梅代の内面の葛藤に共感できる、そんな作品だと思った。
K旗というものがあることを知れたのも、良かった。
無線通信が発達する以前は、特に重要な役割を果たしており、日本海軍にとって、K旗を含む信号旗システムは艦隊間のコミュニケーションに不可欠なツールだった。
日本海軍は他の海軍と同様に国際信号旗システムを採用していた。日露戦争時の日本海海戦で、東郷平八郎提督が有名なZ旗と共にK旗を掲げたとされている。この時のK旗の意味は「艦隊の運命は各艦の奮闘にあり」という意味を込めて使用されたという。
皆本が『海の進軍』を歌っていてK旗の話をしたとすると、主人公に頑張りなさいとエールを送っていたのではと邪推してみた。
『海行くば』なら、大切な家族や友人たちを守っていきなさいかしらん。
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