三十八万キロメートルの永遠

三十八万キロメートルの永遠

作者 熒惑星

https://kakuyomu.jp/works/16818093083371227065


 月から地球に来て高校時代を過ごした美月は柚希と仲良くなった。十数年後、地球と月が宇宙エレベーターの共同開発を行い、第一回試乗に乗る美月は、エレベーター内で柚希と過ごした日々を思い出す。地球に到着し、他の研究者たちを無視して、ずいぶんと大人びた柚希に踊らないかと声をかける話。


 近未来SFファンタジー。

 ミステリー要素、百合要素も入れた新たなかぐや姫。

 恋と友情、素敵な話。

 十代若者向けの、夏映画のよう。


 主人公は月から来た美月。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。過去と現在を交互に描かれていく。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の美月は、月から来ている。

 体育の社交ダンスの授業。手を差し伸べてきた柚希に、「前から綺麗だなって思ってて、仲良くしたいなって。だからこれも何かの機会ってやつだし、そう。親友、なっちゃわない?」素直過ぎる真っ直ぐさを、好きだなと思い、頷いて「親友、なっちゃおっか」と返した。一目惚れに近い感覚。ダンスを踊るために重ねた手は柔らかく、心地良かった。

 高校時代、主人公と柚希は親友として楽しい日々を過ごした。夏休みには一緒にデートをしたり、プリクラを撮ったり、花火大会に行ったりした。しかし、主人公は月に帰らなければならない運命を抱えており、二年生の夏休み前最後の日、そのことを柚希に告白。柚希は驚きながらも、主人公との別れを受け入れ、二人は最後の夏休みを全力で楽しむことを決意した。

 行き慣れたファミレスのメニュー制覇。手持ち花火をやる。制服で出かける。見たかった映画を見る。海に行く。勉強会。宿題をしながら私のやりたいことをこなしていく。きっと、週に三回は柚希と会っていた。映画を一緒に見、月夜の静寂の中、うろ覚えの社交ダンスを踊る。「何十年先の未来でもこのことを忘れないように」潤んだ瞳で「好きになったの、絶対私の方が先だから!」柚希は叫んだ。

 この十数年、ロケットのチケットを買って地球に行こうと考えたことは数しれず。ただお金持ちではないので実行には至らず。そんなとき、地球と共同で宇宙エレベーターが開発されることになる。ネットではかぐや姫のようにもう一度地球に行きたがる者がふえたからではないかと騒がれた。

 試乗者を公募することになってからは、宇宙エレベーターに乗るために死に物狂いで努力した。そして、その開発に彼女が関わっていると知った時は、言葉を失った。

 主人公の美月が第一回目の宇宙エレベーターに乗り、月から地球への旅を始める。エレベーターの中で、彼女は過去の思い出に浸りながら、地球で過ごした日々を回想する。高校時代に出会った友人・柚希との思い出が鮮明に蘇る。

 エレベーターの中で、主人公は柚希との思い出を振り返る。到着すると、聞こえてくる地球の他の研究者たちの声を無視して、あの頃からずいぶんと大人びた彼女に声を掛ける。

「ねえ柚希、私と踊らない?」


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場の状況の説明、はじまり

 月に帰らなくちゃいけないのと口にして、ロマンチックが足らないと思う主人公。

 二場の目的の説明

 宇宙エレベーターに乗る主人公。彼女と取ったプリクラを見て、

高校時代に出会った友人柚希との思い出が蘇る。

 二幕三場の最初の課題

 高校時代、主人公と柚希は親友として楽しい日々を過ごした。夏休みには一緒にデートをし、プリクラを撮る。

 四場の重い課題

 花火大会に行き、星空を見、「永遠だって案外遠くないよね」といわれ、「ごめんね、私たちの永遠は少しばかり遠いみたい」とは声に出さずつぶやく。

 五場の状況の再整備、転換点

 二年生の夏休み前最後の日、主人公は月に帰らなければならないことを柚希に告白。驚きながらも、別れを受け入れ、二人は最後の夏休みを全力で楽しむことを決意する。

 六場の最大の課題

 週三回会って、宿題をしながらやりたいことをこなしていく。最後に映画を一緒に見、月夜の静寂の中で社交ダンスを踊る。「好きになったの、絶対私の方が先だから!」と柚希は叫んだ。

 三幕七場の最後の課題、ドンデン返し

 チケットを買って地球に行こうと考えたが、費用の問題で叶わず。そんなとき、地球と共同で宇宙エレベーターが開発されることになる。試乗者を公募され、死に物狂いで努力した。開発に彼女が関わっていると知った時は、言葉を失った。

 体育の社交ダンスの授業。手を差し伸べてきた柚希に、「親友、なっちゃわない?」といわれ、頷いて「親友、なっちゃおっか」と返す。一目惚れに近い感覚だった

 八場の結末、エピローグ 

 柚希と再会、再び一緒に踊ることを提案する。


 月に帰らなくっちゃいけないの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 

 本作はかぐや姫をもとにしたファンタジーSFで、百合とミステリー要素がある。主人公の美月が搭乗したエレベーターが、月と地球、どちらへと向かっているのか、ちょっとだけわかりにくくしている(よく読めば、そんなことはなく月から乗っているのはわかる)。

 

 台詞からはじまる書き出し。

 遠景で「わたし、月に帰らなくちゃいけないの」衝撃的な告白をし、近景で口に出したと念を押し、心情で物語にするにはロマンチックが足りないと語っている。

 つまり、足らないロマンチックが、これから語られていくことを、読者に伝えている。

 どんなロマンチックなことなのだろう、と興味をもって読み進めていく。

 主人公はエレベーターに乗り込み、「研究者たちの騒めく声がだんだんと小さくなっていく。これが宇宙エレベーターを使う第一回目なのだから仕方ないことではあるけれど、騒々しくてかなわなかった。しかしそれも、エレベーターが大きく揺れた途端に静かになる」から、はじめて作られたエレベーターの初搭乗者が主人公だというのがわかる。

 試運転みたいなもの。

 特別感があり、共感を抱く。

 乗ったのは彼女一人であり、静寂に包まれていき、「宇宙が広がっていた。幾万の白い点が暗闇に浮かびながらこちらを見ている。宇宙の匂いさえするような気がした」と、孤独さえ感じられるところに共感もしていく。


 どんなエレベーターなのか、「この宇宙エレベーターは大きい商業施設の中で透明な筒の中を通るエレベーターを長くしたような見た目をしていた」「水族館のように仄暗いエレベーターの中で階数表示だけが煌々としている。その数字は、三十八万から徐々に減っていた」わかりやすい描写に想像しやすい。


「心臓が肥大化したみたいに痛くて、胸に手を当てなくても鼓動を感じられた。エレベーターの僅かな機械音だけが五月蠅い鼓動を誤魔化してくれている」緊張、興奮、寂しさ。心臓と機械音という、自然と人工物を対比させつつ色々な感情を感じさせている。

 ポケットに手を入れたときにプリクラが手に触れる。

「見つからないようにこっそりここまで持ってきたものだった。何も持って帰ってはいけなかったのに。それでも私は証拠が欲しかった」おそらく、月から地球へ降りて高校生活を過ごし、また月へ帰るとき、地球のものを持って帰ってはいけないという規則があったのだろう。主人公はプリクラをこっそり持ち帰り、いまも大事にもっているところに、一緒に映るポニーテールの少女、柚希に対する思いの強さを感じさせつつ、思い出の世界へと誘っていく。

 流れるように、それでいて興味と期待を抱かせる導入は、読者も一緒に思い出の世界へ連れて行ってくれるようで素敵。


 過去と現在を行き来する構成が物語に深みを与えている。宇宙エレベーターというSF的な要素と青春の思い出が融合している。

 エレベーターはまっすぐ進んでいるけれども、地球と月はそれぞれ自転しながら公転している。宇宙から見ると、螺旋を描くような動きの中を美月は地球へと向かっているので(そんな速い動きはしてないけど)、過去と現在を行ったり来たりしながら進んでいく展開は適していると考える。

 長い文、十行近く続くところもある。本作はSFなので、これくらいあっても問題ないのではと考える。句読点を用いて一文を読みやすくしている。長い一文もあるけど、説明や落ち着き、重々しさ、ゆっくり遅い感じ。主人公のそのときの気持ちが現れていると考える。動きで示す描き方をしているので、読み応えがある。ときに口語的。登場人物の性格を感じられる会話も多く、読みやすい。

 繊細で感傷的な文体が特徴。主人公の内面の葛藤や感情が丁寧に描かれているところが実にいい。

 エレベーターに乗っているだけで、主人公に動きはほとんどない。でも、回想の中では動きが書かれている。現実では静、回想では動を描きながら、過去と現在を行き来して、月から地球へ向かう構造は、読み手の気持ちをおおきく揺さぶってくる。

 五感を使った詳細な描写が多く、情景を鮮明に伝えてくる。視覚は宇宙エレベーターから見える宇宙の景色、満天の星空、プリクラの写真などが詳細に描写されている。

 聴覚はエレベーターの機械音、花火大会の音、グラスに入った氷の音、柚希の声などが描かれている。

 触覚はエレベーターのボタンを押す感触、プリクラの端をまっすぐなぞる、柚希の手の温かさなどが描写されている。

「なんとか修正しようと二人で試行錯誤しながら落書きをしていく。引っかかりがなく変にペンが画面を滑るのが違和感だった。画面に映っているのはいつも鏡で見ている顔ではなく、目が異様に大きいロングの女の子。まるで自分じゃないみたいだった。私はそれに、分からなくなったら困るし、一応、と思い、美月と書く」「最後に唯一綺麗に取れていた写真の下の方にBFFと大きく書いていた」こういうところに現実味を感じる。

 嗅覚は宇宙の匂い、(地球の)懐かしい香りなど。

 味覚はファミレスでの食事の描写があるが、味までは書かれていない。回想だからだろう。


 主人公の弱みは、月に帰らなければならない運命と、柚希との別れに対する葛藤。また、柚希に対して本当の気持ちを打ち明けられないことも弱みとして描かれている。

 二人は、一目惚れするように出会い、仲良くなる。

 でも、主人公は、月からきていて、戻らなくてはならないことを知っている。なにもしらない柚希は、仲良くなって、プリクラを一緒にとって、BFFと書いて、「永遠だって案外遠くないよね」「だって永遠って言ったって、所詮人間の一生でしょ。たった八十年くらいじゃん」一生仲良くしようとねといってるのに、主人公の一生は八十年くらいじゃない、ずっと長生きだと言い出せない。

 お互いに、一緒に過ごせる時間が違い、離れていく。

 同じ時間を生きられない。

「ごめんね、私たちの永遠は少しばかり遠いみたい」と声に出さずに呟く主人公。胸の中でそっと、彼女に聞こえない声で。ごめんねという気持ちがこもっていたかもしれない。


「わたし、月に帰らなくちゃいけないの」 

 柚希は冗談やめてよと言ってから、「冗談だよね?」と聞き返す。

 本作の世界では、月から人が来ているのは、ある程度周知の事実なのだろう。ただ、その数は少なく、宝くじの高額当選者の割合くらいだと邪推する。数億に当たる人はいるけど、会ったことがない。そんな感じかもしれない。

 

「柚希は自分の言葉にくしゃりと顔を顰める。柚希の心が揺れたその動きに触れて、私の胸には仄暗い喜びが生まれる。でもそれ以上に別れというものが明確な形をなして、私の肺を満たす。それはずんと身体を重くした。柚希は深呼吸を一つした後、私を真っ直ぐ見つめた。そして少し強気の笑顔を浮かべながら言った」ここの表現が実に良い。

 目に浮かぶようで、互いの気持ちが伝わってくる。

 表情の描写はいいけれども、主人公の内面の葛藤や感情をもう少し具体的に描くと、より共感を与えることができるのではと考える。

 寿命が違って人生は長く、留学みたいなもので、また月に帰ることが決まっている主人公にとって、若い時代、青春時代は地球に住んでいる人間よりもずっと長いため、柚希のような切迫感を感じにくいのかもしれない。

 

 夏休みの終わりに帰るのは、九月から新学期を迎える海外の国みたいなものが、月の世界であるからかもしれない。

 地球に来て、高校に入学したときはいつだったのだろう。その時九月だったのかしらん。でも一年生は夏を迎えている。高校入学よりも前に、地球に来ているのかもしれない。

 どこに住み、どう暮らしていたのかしらん。

 地球に住んでいるとき、月側の関係者と過ごしているのなら、月よりの考え方、生き方をするのも当然。そこに窮屈さがあって、柚希といるときは開放感があり、一緒に過ごす時間がとても大切でかけがえのないものだと感じる描写があれば、主人公の葛藤もより強く描けたかもしれないと、余計なことを考えてみる。

 

 社交ダンスの場面は、そんな出会が二人にあったのかと驚かされる。最後の日に一緒にダンスしたとき、先に好きになったのは自分だといっていた柚希。でも主人公も柚希に一目惚れをしていたことが明かされてからの、地球に到着し、再会して「ねえ柚希、私と踊らない?」は良かったと思う。

「聞こえてくる地球の他の研究者たちの声を無視して、私はあの頃からずいぶんと大人びた彼女に声を掛ける」とあるけれど、どこに彼女がいるのかを探すといった、柚希との再会シーンをもう少し詳細に描けば、もっと感動的になった気がする。


 読後。タイトルを見て、主人公と柚希の関係を表しているのだなと思った。実に素敵な物語だった。踊る二人が目に浮かぶ。

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