上靴は勝手に汚れない
上靴は勝手に汚れない
作者 田谷波 赤
https://kakuyomu.jp/works/16818093083204644675
目立つことを嫌う男子高校生の速水弥は放課後、市立図書館で推理小説を読むのを日課にしている。同じクラスの樋口が図書館に現れ、友人の根木美佳の上靴が人間には不可能な方法で汚されたと告げる。体力測定のあった日に彼女が自分の上靴を失くし、親からなにか言われると思った根木は他人の上靴を汚して下駄箱に入れたことを推理し、樋口も同意。探偵っぽいことができて満足した速水は、樋口の誘いを受けて一緒にカフェに行く話。
現代ドラマ。
日常ミステリー。
キャラクターの個性が際立ち、ユーモアがあり、読みやすい作品。
主人公は男子高校生の速水弥。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
主人公の速水弥は目立つことを嫌う高校生。一人暮らしをしている彼は光熱費を浮かせるために放課後、市立図書館で推理小説を読むのを日課にしている。
ある日、同じクラスの樋口が図書館に現れ、彼の読書を邪魔する。樋口は速水がミステリ好きだと知っており、二人は名探偵について議論を始める。翌日も樋口は図書館に現れ、速水に上靴がなくなったことや体力測定での失敗を話す。
次の日、樋口さんは図書館には来なかった。
その翌日、樋口さんから、彼女の友人で二組の根木美佳の上靴が人間には不可能な方法で汚された、と告げられる。
昨日、下駄箱から上靴を出そうとすると汚れていた。絶対に犯人を捕まえてやると根木さんは言い切り、二組担任もそれに押され、犯人追及に乗り出した。防犯カメラで確認すると、怪しい行動をしていた人はいなかった。
主人公はその謎を解くために話を聞き、推理を進める。根木美佳自身が上靴を汚した犯人であり、体力測定のあった日に彼女が自分の上靴を失くした。
靴のサイズは二十三センチ。小さすぎるサイズは値段も高く特注になる。買いにいけなかったのは親に叱られる、もしくは嫌味を言われるかもしれないと考えた根木さんは、誰かに汚されたと被害者振れば親からなにも言われないと思い、他人の上靴の名前が書かれている部分を汚して、下駄箱の入れたと推理。そして、その上靴は樋口さんのものと考えた。
樋口さんも主人公の推理に同意するが、樋口さんの上靴は甲の部分ではなく裏側に名前を書いていたので、別の人の上靴だと語り、カフェに行くことを提案。樋口さんとカフェに行くことにし、探偵っぽいことができたことに満足するのだった。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場の状況の説明、はじまり
速水の性格や日常が描かれる。
二場の目的の説明
樋口との出会いと名探偵についての議論。
二幕三場の最初の課題
樋口の上靴紛失や体力測定の失敗。
四場の重い課題
速水と樋口の関係が少しずつ変わり始める。
五場の状況の再整備、転換点
樋口さんからの相談で事件が始まる。
六場の最大の課題
速水くんが事件の詳細を聞き、推理を進める。
三幕七場の最後の課題、ドンデン返し
速水くんが事件の真相を明らかにする。
八場の結末、エピローグ
事件が解決し、速水くんと樋口さんがカフェに行く。
出る悔いは打たれる謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
主人公の思考からの書き出した面白い。
遠景で、出る杭が打たれるの英文。近景で出る杭は打たれるについての説明。心情では覆水盆に返らずのように、必ずしも適した英文があるわけではなく、日本では基本的に、目立たないことが美徳だとされていると語る。
自分から目立つのは自由にすればいいが、学校行事になると団結力を発揮して構ってくるのは甚だ迷惑であり、主人公は、意思を持って目立たないのであると主張している。
内向的な読者は、主人公の考えに賛成し、共感するだろう。
主人公は実にユニークな性格をしている。
目立ちたくないといいながら、思考はトリッキーでかつユーモアもあり、目立たないよう教室を出ていくも、駄弁る友人の羽合に「ハワイもお疲れ」と答えては「俺はアメリカ合衆国五十番目の州じゃなくて、はあい、だ。間違えんな」と返される。
「はあい、って言うと返事をしてるみたいになるんだけどな、と呟くが、当の羽合はさっさといなくなっていた。全く勝手なやつである」
お互い様、という感じがする。
長い文。五行で改行。句読点を用いた一文はあまり長くない。長いところもあるのは、っとえば「そんな僕たちの様子を遠くからブルーライトカット眼鏡を掛けたササキさんが微笑ましく眺めていたのに僕たちは気付いていなかった」は、落ち着きと重々しさ、説明的なことを表しているのかもしれない。
短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶってくるところもある。
ときに口語的で、読者に語りかけてくる。速水の内面描写が豊富。比喩や諺などを多用し、ユーモラスな表現が多い。会話が多くテンポよく進み、キャラクターの個性が際立つ。ただ、主人公と樋口さん、どちらが話しているのかがわかりにくいところがある。
それでも全体的には軽妙でユーモラスな語り口が特徴。
後半はミステリー要素が強く、推理小説のような展開。登場人物のキャラクターが立っている。
とにかく主人公の個性がしっかりと描かれていて、魅力的であり、ユーモアもあって読みやすいところがいい。ミステリー要素がしっかりしていて、引き込むところも読みどころである。
- 登場人物のキャラクターが魅力的。
五感の描写で視覚は、図書館のガラス張りの読書コーナー、樋口の可愛い外見、速水のカバンや本の描写。上靴の汚れや防犯カメラの映像などが具体的に描写されている。
聴覚は教室での女子の会話、図書館での静寂、樋口の声。 会話のやり取りが中心で、登場人物の声のトーンや言葉遣いが描かれている。
触覚は速水がカバンを背負う感覚、樋口がスカートを押さえる動作。上靴の汚れの感触やスマホの操作感が描写されている。
嗅覚と味覚は特に描写なし。
五感の描写を増やすことで、より臨場感を出すことができルノでは、と考える。
主人公の弱みは。目立つことを極端に嫌うこと。だから、他人との関わりを避ける傾向があり、自分の意見を素直に言えない。
その結果、余計なことを口走ったり、回りくどかったり、偏ったものの見方をするような癖があると考える。
主人公の持ち味であるのだけれども、ストーリーの進行をもう少しスムーズにするために削るところは削ってもいいのではと邪推する。削りすぎると、面白さが半減してしまうかもしれないのさじ加減は大事かもしれない。
他人の名前を覚えられないことや、気の利いたことを言えないことが弱みとして描かれている。後半で、樋口さんの名前を気にしている。目立たないことを心情としていたので、これほど彼女と関わり合うことになるとは思ってもいなかったからだと思う。
そもそも、樋口さんはどうして主人公のいる図書館にきたのだろう。おなじ推理小説が好きだから、だけなのかしらん。
友人の根木さんの上靴がなくなった事件をもってきたことで、主人公の推理小説好きが発揮され、結果、推理できたことに満足している。
ひょっとすると、彼になくなった上靴を探し出してもらおうと思って声をかけたのかもしれない。
主人公は根木さんの事件で「可哀想なのは、樋口さんの方だ」といい、樋口さんの上靴の行方を気にしていた。主人公なりに、探してあげようと、心の何処かでは、ちょっとは思っていたかもしれない。
でも実際は違った。
ところで、樋口さんの上靴は本当になくなっているのだろうか。
ひょっとすると、主人公と話すきっかけが欲しくて、推理小説の好きな彼が興味を抱きそうなネタをいった。事実、「盗まれたのか?」とすごい食い付きを見せている。
「で、なんだけど、速水くんってミステリが好きなんだよね?」
「話を変えるなし。いや、好きだけど」
「愛の告白?」
「どういう文脈を取ったらそうなった?!」
「ごめん……ちょっと揶揄った」
このやり取りを素直に見て、樋口さんが主人公に近付いたのは、好意をもっていたからでは、と邪推する。
樋口さんが主人公をカフェに誘う理由について考えてみると、自分の相談に乗ってくれたことに感謝し、お礼としてカフェに誘ったのか、主人公ともっと親しくなりたいと考えているのかもしれない。二人ともミステリーファンなので、カフェでミステリーに関する話題を楽しみたいと思っている可能性もある。
煽るように「駅前のとこ。それとも、帰宅部くんはそこまで歩けないかな?」といえば「舐めるなよ、普段もっと歩いてるわ」と返したとき、樋口さんは目を細めて笑っている。
主人公が彼女の術中にハマったことを意味しているかもしれない。
樋口さんはカフェに誘うことで、彼を自分のペースに引き込もうとしているのではないか。
はじめは、彼女と関わり合うこともなかった主人公。でもラストで、ササキさんに「まさか、友人ですよ」と言わしめている。
推理好きで密室犯罪の巨匠、カーの生み出したフェル博士が一番だという彼女。
辞書編纂家で非常に博学な人物。豪放磊落な性格を持ち、個性的な探偵として描かれ、複雑な事件や多数の容疑者の動きを扱う物語の中で、鋭い洞察力を発揮。フェル博士の事件解決は、単なるトリックの解明だけでなく、意外性のある展開や喜劇的な要素も含んでいることが特徴。
どこか、彼女の性格に似ているかもしれない。
読後。軽妙な語り口とテンポの良い会話、ミステリー要素もって面白かった。登場人物のキャラクターも立っていて、速水くんと樋口さんのやり取りが楽しい。
樋口さんの上靴はどこに行ったのか、だけが気になる。
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