戦禍に咲く花

戦禍に咲く花

作者 @koyomi8484

https://kakuyomu.jp/works/16818093084043880304


 バレンシア国第七戦線の戦況は悪化の一途をたどる中、アルデバラン奪還作戦直前に休暇を命じられた0712は、仲間と共に最期を迎えたいと願うが、その願いは叶わない。0609との会話が、彼女の心に深い影響を与える。旧家に戻り自分が書いた手紙から、0609にも名前があると気づき、彼女の名を呼びたいと思い、戦場へ戻る。戦闘中、自分はルクレツィアだと告げ、彼女の名前がフィリシオであると知る。二人はお互いの気持ちを告白し、戦争が終わったら一緒にどこかへ行こうと約束。二人は塹壕から飛び出し、共に戦いながら幸福感に包まれていく話。


 疑問符感嘆符のあとはひとマス下げる等は気にしない。

 ファンタジー。

 一応、百合かしらん。

 戦争の悲惨さと兵士の苦悩をリアルに描いた作品。

 戦闘描写が上手い。

 二人の絆に心打たれる。


 冒頭は三人称、第七戦線特別行動班所属の0712視点、神視点で書かれた文体。途中からは0712であるルクレツィアの一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。 

 バレンシア国は、第七戦線の戦場での無謀な突撃や無差別都市空襲、生物化学兵器の使用による悲惨な状況に直面していた。国民は戦争に強制的に参加させられ、戦力不足から女性も招集されるようになる。

 主人公0712は、国境付近の要所アルデバランが陥落し、戦況が悪化している中で休暇を言い渡される。彼女は仲間が命を懸けて戦っている中で、自分だけが休暇を取ることに強い抵抗を感じるが、上層部からの命令に従わざるを得ない。

 軍指令室でのやり取りの後、0712は軍寮に戻り、手荷物をまとめる。彼女は自分の無力さに苛立ち、ロッカーを叩く。休暇を言い渡されたことに対する怒りと悲しみが交錯し、彼女は絶望した。

 仲間を見捨てることに苦悩する。彼女は死を覚悟しており、仲間と共に最期を迎えたいと願うが、その願いは叶わない。0609に声をかけられ、「明日、アルデバラン奪還作戦に出撃する」と知らされる。「休暇、せっかくなんだから、ゆっくりしてきなさい。私たちのことなら、大丈夫。気にしないで」これが0609との最後の会話になることは容易に想像できた。

 その後、0712は街を彷徨い、駅のプラットホームに立っていた。汽車に乗り込み、老夫婦に席を譲り、車両の連結部分に立って外の空気を吸う。彼女は自分の無力さに絶望しながらも、汽車が田舎駅に到着し、荒廃した町を歩き彼女は十数年ぶりに訪れた旧家に向かう。

 旧家に到着すると、懐かしい感覚が蘇り、鍵を使って家に入る。家の中を歩き回り、思い出の品々に触れながら、過去の記憶に浸っていく。二階の自分の部屋で手紙を見つけ、かつて自分がクレア叔母様宛てに書いた手紙だった。読み進めるうちに涙が溢れてくる。ルクレツィアという名前を思い出し、心が残っていたことに気づく。また、0609にも名前があると思い至り、彼女の名前を呼び台と思う。

 これ以上ここに居たら、もう戻れなくなってしまう。二度と再び訪れることがないであろう家をでて汽車に乗る。バレンシア国の国境に沿って大きく周回するように線路が引かれており、寝ている間に終点のアルデバランにまできていた。

 列をなして飛んでいた爆弾を積んだ飛行機により、汽車が爆破され、戦場に導かれる。戦場で第六突撃部隊と再会し、彼女(0609)と共に戦う。戦闘の中で、主人公は自分の名前がルクレツィアであると告げ、彼女の名前がフィリシオであることを知る。

 二人はお互いの気持ちを告白し、戦争が終わったら一緒にどこかへ行こうと約束。最後に、二人は塹壕から飛び出し、共に戦いながら幸福感に包まれる。今まで生きていてよかったと、心の底から思った。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場の状況の説明、はじまり

 バレンシア国第七戦線の絶望的な状況が描かれ、戦争の悲惨さが強調される。主人公0712登場。彼女の立場や状況が説明される。

 二場の目的の説明

 休暇を言い渡されるが、彼女にとってどれほど苦痛であるか。内面的葛藤、仲間との別れが描かれる。

 二幕三場の最初の課題

 0609との最後の会話。0712が自分の無力さと絶望を感じながらも、何とか前に進もうとする。

 四場の重い課題

 軍事基地を去り、街を彷徨う。駅のプラットホームに立ち、0712が汽車に乗り、老夫婦に席を譲るなどして、過去の記憶と向き合いながら旅を続ける。

 五場の状況の再整備、転換点

 十数年ぶりに旧家を訪れる主人公。家の中を探索し、過去の思い出に浸る。主人公が手紙を見つけ、その内容を読む。

 六場の最大の課題

 手紙を通じて過去の記憶が蘇る。自分の名前を思い出し、0609にも名前があると気づき、呼びたいと思う。旧家をあとにして乗った汽車が爆破、主人公が戦場に導かれる。

 三幕七場の最後の課題、ドンデン返し

 激しい戦闘。主人公が戦場で彼女0609と再会。お互いの名前を明かし、告白する。

 八場の結末、エピローグ 

 二人が共に戦場を駆け抜け、主人公は幸福感に包まれる。


 絶望の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どのように関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 導入は、客観的状況による戦況の様子からの書き出し。

 遠景で全体がわかるように、「バレンシア国第七戦線の戦況はお世辞にも芳しいとはいえなかった」と示され、近景では具体的にどのような状況なのかを説明されている。心情で、「そして戦争は波紋の如く、瞬く間に大陸を超えて広がった。世界が暗雲に閉ざされた。希望の光は差さなかった。女神が微笑むことはなかった」と絶望的状況が語られていく。

 希望も救いもなく、可哀想の域を超えている。まさに世界大戦が起こったことを表しているところに、共感していく。

 

 そんな状況で、第七戦線特別行動班所属の0712に休暇が言い渡される。

 しかも「国境付近の要所アルデバランが陥落し、押し寄せる暗雲のように、戦況が刻一刻と悪化」しているタイミングで。

「君は、何か勘違いをしているようだから言っておく。これは私の慈悲でも恩赦でも何でもない」とあるけれど、家族に最後のお別れをしてこいという、恩情かもしれない。

 命令に従えと行って休暇を与える上司に、人間味を感じる。


 主人公は死を恐れていない。でもそれは、「死は救済であった。暗く、この残酷な世界から解放される唯一の手段であった。彼女は、死に場所を探していたのだ」絶望的な状況から救われたいとの思いからであった。

 また、「最期くらい華やかでありたかった。今までともに戦場を駆けた仲間とともに、その瞬間を迎えたかった。到底友情とはいえないものだったが、曲がりなりにもこの過酷な環境で築き上げてきた関係は、決して淡いものではなかった。最期を、その仲間と共に迎えられるなら本望だと思っていた」と、共に戦ってきた仲間たちと死にたいと願っている。国を守るために戦う仲間と共になら寂しくもない。そんな思いもあったかもしれない。

 つらい時代であり、世界なのだろう。

 こういうところにも共感を抱く。


 長い文で書かれている。詳細な描写は重要だけれども、長すぎるとテンポが遅く感じる。戦場の状況や環境の描写を短くまとめるなど、必要な情報を簡潔に伝えて、進行をスムーズにできるのではと考える。


 軍隊なので対話が少ないし、増やしにくいかもしれないけれど、キャラクター同士の会話を増やすことで、興味を惹かせることもできるのではと考えてみる。でも、前半部分の重苦しさがあってこその、後半ラスト、互いに名前を呼びあい、告白して共に戦いに出ていく姿に幸福感、開放感を抱かせることができるため、仕方ないかもしれない。

 0609との会話が無理なら、他の兵士や市民との会話を追加する方法もあるかもしれない。でも、「辺りは荒廃し、廃墟町のようになれ果てていた。かろうじて原型を留めている駅舎からは、我先にと乗客たちが降りていくのが見受けられた。町はすっかり焼けてしまっているのに、皆どこに行くのだろう、と不思議に思った。人々の目に、精気は宿っていなかった」といった状況では、他の人との会話は描きにくい。難しい。

 心情が多い分、動きが少ないかもしれない。戦闘シーンだけでなく、緊急事態や急な展開での動きを示す書き方を増やすことで、緊張感を持たせることもできるのではと考える。

 戦争の激しいシーンと対比させるために、日常のシーンを挿入することで、読者に一息つかせることができるだけでなく、キャラクターの深みを増すことができる気がする。

「ゆったりとした足取りで旧家を歩き回った。すべてがそのままだった。時間の流れから取り残されたような空間。今にも走り回る元気な足音が聞こえてきそうだ。キッチンから私を呼ぶ母の声が響いてきそうだ。書斎の大きな安楽椅子で、船をこいでいる父の姿が見えそうだ」と、旧家に戻った時の様子が書かれている。

 両親はもういないのだろう。

 死んでしまったのか、疎開したのか。

 少なくとも在りし日の回想を描くことで、対比とできそうなのだけれど、それをここで強く描くと、あとで読む手紙のインパクトが弱まってしまう。

 それでも部屋に入ったときに、「埃を払って題名を見ると、アンデルセン童話集とあった。自然と頬が綻んだ。脳裏に一つの風景が浮かんだ。寝る前に母に絵本の読み聞かせをされている私の姿だ。母の声がふと耳元で聞こえた気がした」とあり、思い出を浮かべているけど、説明的で読み手には、映像として浮かびにくい。

緊張感を高めるために短い文を使用し、詳細な描写や内面の独白には長い文を使用するといった具合に、短文と長文を組み合わせてリズムを作り出し、読みやすさを向上させるのがいいかもしれない。

 それを感じるのは、後半ラストの、ルクレツィアとの会話部分。

 人間味あふれる感じを出すための、重苦しい印象を与える長い文を用いてきたのだろう。

 重厚で緊張感のある描写が多い。戦争の悲惨さと個々の兵士の苦悩を詳細に描写されている。後半は叙情的で、感情の描写が豊かになっていく。

 戦場の描写がリアルで緊張感が伝わってくる部分が良く、主人公の内面の葛藤と成長が丁寧に描かれており、感情移入しやすいところがいい。


 五感を使った描写が多く、読者に臨場感を与えているのもいい。

 視覚は、多く描かれている。

 戦場の情景「陰鬱な分厚い雲が、空を覆いつくしていた」「卓上に引かれた地図にはアルデバラン一帯の駒が倒されている」、軍寮の様子では「内壁についている鏡に映った自分」「右胸には、軍に忠誠を誓う証が刻印されていた」、汽車の中の風景は「車窓から見えた空は鉛色に澱んでいた」「窓際に開いている席」、街の様子「頭の中は“彼女”のことでいっぱいだった」「駅のプラットホーム上に立っていた」「車窓から見えた空は鉛色に澱んでいた」、旧家の外観「滑らかな残光に優しく照らし出されたその邸宅」「手入れがされていない伸び放題の蔦」、室内の様子「前方に薄暗い室内が広がっていた」「下駄箱には靴が三足入っていた」、戦場の光景「至る所から狼煙のような煙が上がっていた」「銃弾が雨のように降り、手榴弾がキャッチボールのごとく飛び交っていた」など具体体に。

 人物描写もいい。「ハイカットのブーツから覗かせる細い足首と、その上に伸びた茶色い軍服が目に入った」


 聴覚では、足音「コツコツコツと規則正しい足音が背後を通過していく」、汽車の音「蒸気が抜ける音と共に、汽車は進み始めた」、汽車の音「地響きを伴う轟音」「蒸気が抜ける音」、戦場の音「至る所から銃声が聞こえてくる」「悲鳴、爆発音が絶え間なく聞こえてくる」、汽車内での会話「『あの』気が付いたら声をかけていた」「『いいんですか』『ええ。是非座ってください』」など描かれている。


 触覚では、金属の感触「コートのポケットの中には、ある金属の冷たく硬い感触を私はしきりに確かめていた」「取り出した鍵を鍵穴に差し込んだ」、振動「振動に振り落とされないように体を支えた」、手紙の感触「手紙を持つ手がかすかに震えていた」「便箋を丁寧に折りたたみ、机の上に置いてある封筒に戻した」、戦場での感触「持っていた九ミリ拳銃を片手に車内から飛び出した」「リロードレバーを後ろに引く」などがある。


 嗅覚は、硝煙の匂い「空気にはかすかに混じった硝煙の匂いを感じた」、鉄が焼けた臭い「鉄が焼けた臭いだ」、旧家の匂い「埃の匂がした」がある。


 味覚は特にないが、食べ物の描写で「お菓子もおいしいし」がある。


 主人公の弱みは、一つは内面的な弱さ。死を恐れず、むしろそれを望んでいるところがある。なぜそう思うかは、もう一つの外面的な弱さである、戦場での無力感があるから。

 戦況は悪化の一途をたどり、世界大戦の様相を呈している。もはや世界に希望はなくなってしまったため、生きる希望ではなく死ぬ希望にすがっているのだ。

 裏を返せば、過去に囚われており、前に進むことができない状況にあるといえる。

 夢なら覚めてほしいと思っていても、これが現実であり、軍意味を当時、番号で呼ばれ、人間らしさを失うことで生きている。

 目の前にようやく死に場所が現れたと思ったのに休暇をあたえられ、仲間は戦場に赴くのに同行できない。

 しかし、旧家で思い出に浸る中で見つけた、かつて叔母様に出しそこねた手紙を読んで、少女の自分をみつける。

 自分にも名前があり、0609にも名前があることを思い出し、戦争を知らない平和な時代で出会っていたなら、いい友達になっていたのかもしれなかったと夢を見、夢に終わらせたくはないと思えたことでようやく生きる希望をみつけ、弱みを克服して汽車に乗り込むのだ。


「うつらうつらとした眠りは、大地を突き上げるような振動、耳が裂けるような轟音によって覚まされた。私は咄嗟に辺りを見回した。車体は大きく傾き、車窓は砕け散り、辺りにはガラスの破片が散乱している。汽車は線路から大きく脱線していた」

「近くで死んでいた兵士からライフルをもぎ取り、私の腕に収めた。私は姿勢を低くしながら安全装置を外し、リロードを入れる。弾が入っていなかった。彼女は慣れた手つきで、そのチョッキからマガジンを二つ差し出してきた。私は一つをコートのポケットに押し込み、マガジンを差し込む。血がべっとりと滲んだリロードレバーを後ろに引く。しっかりと金属が噛み合う感触があった。ボルトアクションは生きているようだ」

 戦闘シーンの描写がとにかくいい。動きのある描写が緊迫感と臨場感を生み出している。

 一番は、0712と0609の関係性が深く描かれているところだろう。

 後方の基地が火を上げて飛び散り、状況は絶望的。それでも敵兵士を撃ち倒して戦闘が繰り広げ、平和が壊れていくなかだからこそ、内に秘めていた思いが明るみに出ていく。

 互いに名乗り、

「フィリシオ、私、私ね。あなたのことが好き。ずっと好きだった。ごめん、変だよね。でも、言っとかなきゃなって」

「ルクレツィア、私も。私もよ。私はずっとあなたを失うことが怖かった。だからあの時、あなたに休暇が言い渡されたのを聞いた時、私ね、私、本当は泣きそうだったの。私、自分が死ぬことなんてどうでもよかったの。でもルクレツィアと離れて会えなくなるのは、絶対に嫌だった」

「ね、戦争が終わったら、私と一緒にどこか行かない?青空の下で、景色がいい所に」

「ええ、もちろん。どこへだって行くわ」

 この状況だからこそ、二人はいえるのだ。

 

 数多の銃弾が私たちめがけて飛んでくるのをかわしながら、二人は笑いながら走って敵を倒していく。

 ただし、狂気の行動ではないのだ。

 いままでは絶望し、番号で呼ばれ、死を願うだけの存在だった二人は、名前で呼び合うことで兵士ではなく人間として、希望を持ち、自分の人生を生きる選択をした。死にに行くのではなく、生きるために二人で駆け出したのだ。


 読後。希望に満ちた感じを残しながらも、二人の今後を想像すると切なくなる。もはや助かる道はないだろう。銃撃の末、倒れるのは想像できる。

 戦場の緊張感と兵士の内面の葛藤がリアルに描かれていて、非常に引き込まれた。ルクレツィアとフィリシオの関係性が感動的で、最後の別れのシーンは心に残る。

 タイトルが「戦禍に咲く花」とある。告白して結ばれたことを指すのかもしれない。希望的観測をするならば、戦禍に散った花ではないので、二人は生き残った可能性もあるかもしれない。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る