動機を追うトップランナーと、もつれ絡むチャールストン

動機を追うトップランナーと、もつれ絡むチャールストン

作者 伏木づみ

https://kakuyomu.jp/works/16818093080933309294


 春人は文化祭の前夜祭で沼山とダンスを踊ることになり、毎日練習を始める。過去の陸上部でのいじめに悩むが、坂崎先輩と再会し、部活に戻ることを考える。坂崎先輩の怪我で春人がリレー大会に出場することになり、再び陸上部に復帰。大会では準決勝で敗退するが、友人の沼山とダンスを踊り、前向きな気持ちを取り戻す話。


 数字は漢数字云々は気にしない。

 現代ドラマ。

 どうしてこういう話がかけるのかしらん、すごい。

 内面描写が豊富で、感情移入しやすい。春人と沼山の関係が丁寧に描かれており、二人の成長も感じられる。非常に読み応えがある。


 三人称、高校二年生の春人視点で書かれた文体。シンデレラプロット、マイナスからのスタート→失敗の連続→出会いと学び→小さな成功→大きな成功という流れに準じている。


 沼山とは絡め取り話法、春人は女性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。

 春人は、退屈な日常を送る高校生。ある日、ホームルームでクラスメイトの沼山が文化祭の前夜祭でダンスを踊るパフォーマンスをするため、一緒に踊る人を募集する。春人はその意外な発言に驚きつつも、特に興味を示さなかった。

 放課後、春人は部活に参加せず、一人で帰宅する途中で、沼山のダンスの話を思い出し、何か新しい刺激を求めている自分に気づく。

 次の日の放課後、春人は沼山にダンスに興味があると伝え、沼山に誘われてダンススタジオに行く。そこで、沼山のダンスを目の当たりにし、その圧倒的なパフォーマンスに感動する。沼山のダンスは、春人にとって退屈な日常を吹き飛ばす魔法のようなものであった。

 その日から、春人は本格的にダンスを始めることを決意し、沼山と共に練習を重ねる。沼山は生意気な性格だが、ダンスの指導は的確で、春人は「ダウン」の練習を続ける。春人はダンスの難しさに直面し、沼山の指導に従いながらも、自分の未熟さを痛感する。沼山は春人のスポーツ経験を見抜き、ダンスの基礎を徹底的に教える。春人は「ダウン」の練習を終え、次は「アップ」の練習に進む。

 ある日、春人と沼山はコンビニで坂崎先輩に出会う。坂崎先輩は春人の中学時代の陸上部の先輩で、春人が陸上部に入るきっかけとなった人物である。春人は坂崎先輩に憧れて高校に進学したが、部活での失敗やいじめにより、部活から遠ざかっていた。坂崎先輩との再会を通じて、春人は自分の過去と向き合い、ダンスに対する情熱を再確認する。先輩は春人にエールを送り、春人は文化祭でのパフォーマンスに向けて決意を新たにする。

 春人は部室に掲げられた「大会まであと35日!」という張り紙を見て、大会が迫っていることに気づく。顧問の先生から昼休みに部室に来るように言われ、理由もわからないまま部室に向かう。部室で顧問を待っている間、春人は部室の静けさと過去の賑やかさを思い出し、感慨にふける。顧問が到着し、春人に坂崎が自転車事故で骨折したことを伝える。坂崎は春人にとって尊敬する先輩であり、彼の怪我にショックを受ける。顧問は坂崎が春人を次の大会の代わりに推薦したことを伝え、春人に出場の意思を確認する。春人は迷いながらも、顧問の言葉に励まされ、決断を迫られる。

 その後、春人はダンススタジオで練習を続けるが、坂崎の怪我のことが頭から離れず、集中できない。ダンス仲間の沼山に心配されながらも、春人は自分の気持ちを整理しようとする。沼山との会話の中で、坂崎がリレーのトップバッターを務めていたことに疑問を抱く。坂崎はスタートが苦手であり、通常はエースが第2走やアンカーを務めるはずだからである。春人は坂崎の代わりに走ることを決意し、沼山にその意思を伝える。沼山は春人の決意を受け入れ、ダンスの練習を続けることを許す。春人は再び陸上部で頑張ることを決意し、坂崎の代わりに大会に出場する覚悟を固める。

 春人は、いじめ問題で一度離れた陸上部に復帰する。顧問の先生や部員たちの歓迎を受けるが、部内の雰囲気は以前とは異なり、やる気のない部員たちに囲まれている。春人はトップランナーとして新見先輩とバトンパスの練習を始めるが、うまくいかない。部活後も自主練を提案するが、新見先輩は乗り気ではない。部内のいじめ問題が発覚し、部の実力が低下したことや、部員が他の部活に流れていったことが原因で、部の雰囲気は悪化していた。春人は後輩の光川蒼と自主練を始める。光川は坂崎先輩に憧れており、春人と共に練習を重ねる。

 春人は坂崎先輩がトップランナーになった理由を調べるが、手がかりが見つからない。顧問に聞いても「チームメンバーの意見を反映した結果だ」と言われるだけだった。春人は仮説を立てるが、その考えに恐怖を感じる。大会一週間前、強度の高い練習が続き、春人は体力を使い果たしてしまう。光川との雑談の中で、春人がいじめられていたことを打ち明けると、光川は驚く。光川は、いじめられていたのは坂崎先輩だと思っていた。

 主人公の春人は、陸上部のエースとして期待されていたが、ある日、ネットニュースで「〇〇高校でいじめか」という記事が拡散される。記事には被害者の名前は出ていないが、春人が被害者であることを知っている人にはすぐにわかる内容だった。しかし、記事は誤って坂崎先輩を被害者として書いてしまう。この誤報により、春人は幽霊部員となり、坂崎先輩が被害者として世間に認識される。坂崎先輩は春人を復帰させるため、自作自演で怪我をするという計画を立てる。顧問の先生も協力し、坂崎先輩は「いじめに屈しないスター選手」としての役割を演じ続けるが、次第にその重圧に耐えられなくなる。

 春人は顧問の先生に真相を問いただし、坂崎先輩の自作自演を知る。坂崎先輩は春人のために走順を調整し、彼が復帰しやすいようにしていたことが明らかになる。先生も坂崎先輩の計画に協力していたが、坂崎先輩は「走る理由が分からない」と言い、次第に精神的に追い詰められていく。大会当日、春人は他のランナーたちとグラウンドに立つが、心の中では坂崎先輩の言葉がリフレインする。「俺はもう、走る理由が分からない」。観客席には沼山がいて、春人を撮影している。春人は沼山に対して怒りを感じながらも、スタートラインに立つ。スタートの合図が鳴り響き、春人は走り出す。彼の心には「勝ちたい」という漠然とした思いが芽生える。

 春人は準決勝で敗退し、悔しさに打ちひしがれます。電車で帰る途中、友人の沼山からLINEが届き、自分の走りの記録を見て反省。スタートは良かったものの、すぐに体力が切れてしまい、他のランナーに抜かれてしまったことを知る。しかし、バトンをしっかりと渡せたことに自信を持つ。

 夕日を見ながら、春人は沼山にダンススタジオで会おうとメッセージを送る。ダンススタジオで沼山と再会し、春人は即興で踊り始める。沼山は最初は戸惑うが、春人の勢いに押されて一緒に踊り始める。二人はリズムに乗り、自由に踊り続ける。

 春人は、ダンスを通じて自分の感情を解放し、再び立ち上がる力を得ていく。彼の叫び声は、世界中に響き渡るような力強さを持っていた。


 一幕一場 状況の説明、はじまり

春人は退屈な日常を送る高校生。クラスメイトの沼山が文化祭の前夜祭でダンスパフォーマンスをするため、一緒に踊る人を募集する。春人は特に興味を示さなかったが、放課後に沼山のダンスの話を思い出し、新しい刺激を求めている自分に気づく。

 二場 目的の説明

 次の日の放課後、春人は沼山にダンスに興味があると伝え、ダンススタジオに行く。沼山の圧倒的なパフォーマンスに感動し、春人は本格的にダンスを始めることを決意する。

 二幕三場 最初の課題

 春人はダンスの基礎「ダウン」の練習を続けるが、難しさに直面し、自分の未熟さを痛感する。沼山の指導を受けながら、次は「アップ」の練習に進む。

 四場 重い課題

 春人と沼山はコンビニで坂崎先輩に出会う。坂崎先輩との再会を通じて、春人は自分の過去と向き合い、ダンスに対する情熱を再確認する。坂崎先輩が自転車事故で骨折し、春人が大会に出場することを決意する。

 五場 状況の再整備、転換点

 春人はダンススタジオで練習を続けるが、坂崎の怪我のことが頭から離れず、集中できない。坂崎がリレーのトップバッターを務めていたことに疑問を抱き、坂崎の代わりに走ることを決意する。

 六場 最大の課題

 春人は陸上部に復帰し、部内のいじめ問題ややる気のない部員たちに直面する。新見先輩とのバトンパスの練習がうまくいかず、部内の雰囲気が悪化している中で、光川蒼と自主練を始める。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

 春人は坂崎先輩がトップランナーになった理由を調べるが、手がかりが見つからない。坂崎先輩の自作自演の計画を知り、彼のために走順を調整していたことが明らかになる。大会当日、春人は他のランナーたちとグラウンドに立ち、スタートの合図が鳴り響き、走り出す。

 八場 結末、エピローグ

 春人は準決勝で敗退し、悔しさに打ちひしがれるが、バトンをしっかりと渡せたことに自信を持つ。ダンススタジオで沼山と再会し、即興で踊り始める。ダンスを通じて自分の感情を解放し、再び立ち上がる力を得る。


 坂崎先輩の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 テンポよく始まる書き出しが読みやすい。

 遠景で「2-5教室のチャイムが鳴った」とどこでなにが起きた化を示し、近景でホームルームの始まりを説明し、心情で先生の話をクラスメイトは「右から左へ流すように聞く」とみる主人公は、いつもどり退屈な一にだと思っている。

 本当に右から左へ聞流しているかも知れないし、そうではないかもしれないが、退屈さが強調されて感じられる。

 そこに沼山が、連絡事項に手を挙げる。

 委員会には無所属、クラスではあまり目立たず、人目を嫌がるタイプ。そんな彼が「文化祭の前夜祭の個人パフォーマンスでダンスを踊る予定なので、僕と一緒に踊ってみたい人は今週中に僕に声をかけてください」と、文化祭の個人パフォーマンスに出るためのパートナー探しをしていた。

 文化祭は九月で、現在は四月。

 それだけの時間をかけて練習するためであり、沼山のやる気が感じられる。


 対して主人公は入学したての頃からクラスメイトに馴染めず、中学校の頃から続けてきた短距離走もある事情で、幽霊部員に「進級すれば、何か変わるだろうとも思っていたが、既に築かれた人間関係に割り込むことなど、出来るはずもなかった」と、一年前から振り返り、なにもなく過ごしてきた自分をを思い出す。 

 なんだか可愛そうに思えて、共感を抱く。


 なにもなく、刺激がほしいからと言って、沼山と学校近くのダンススタジオに行く主人公。行動力がある。「ダンスに興味があると沼山に伝え」ているので、ダンスに無関心ではなかった様子。

 いまは小学校からダンスが必須で、園児のころから踊りはじめている。まったく触れていないわけではないので、関心も持ちやすいのだと思う。

 

 ダンスの描写が良い。

「狭苦しい鏡ばりのスタジオが、暑苦しそうなブレザーが、ようやくボーカルが歌い始めた洋楽が、すべて彼のために在るのだと錯覚する。滑る爪先が床を撫で、ターン。震えるようにリズムを刻んだその脚が軽く飛び跳ねると同時に、その細やかな脈動を上半身に映す。その爆ぜるようなドラムの音を宥め、包み込む。暴力的な芸術性が、観客を意識から引っ張り上げる。唖然としながら観ていると、急に沼山の動きが止まった。そこで初めて曲が終わったのだと気づいた」

 主人公が恐怖に似た興奮を感じるのもわかる。

 ゾクゾクする。

 

 四拍子のリズムに合わせて膝を曲げてダウンの練習する主人公の様子も実に目に浮かぶ。そして文句を言った主人公に沼山は「貴方は、まだクラウチング・スタートはおろか、走ることすらままならない子どもに100メートルハードルの指導をしようと思うのですか?」という。

 主人公は陸上部に所属し、短距離を走っていた。現在は幽霊部員と化している。

 それを知ってか知らずか、短距離走を喩えに用いている。主人公にはわかりやすい。実際、ダンスは難しいが、だからこそ「あまりにも直接的なその言葉に、少々むかついたが、言っていることは全くその通りだった」と沼山の指摘を聴けたのだろう。


 自分のダンスをスマホで記録する手法は、自分のフォームを客観的にみることで、改善点を見つけ出すことにつながる。三人称の本作としては、客観的な描写はしやすい。読者もいっしょになってフォームを確かめる場面に参加している気になる。

 

 沼山が「貴方、スポーツやってますか? サッカーとか、短距離とか」とたずねている。ダンスから、走るフォームを感じたのだろう。バスケやバレーは飛び上がる動きが多いので、体の動きや筋肉の着き方などが違うのではと想像する。


 沼山は、全身でリズムを刻めるようダウンができるよう、主人公に求めている。「そんな所から始めて、間に合うの?」「そのために、四月からやってるんですよ」自分の経験からか、それとも誰かに教わったときに聞いた知識なのか。とにかく沼山のダンスに駆ける本気度がわかる。

 

 一週間でダウンができるようになるのは、早いのか遅いのかわからない。でも、できただけで「ただ、楽しそうじゃない。楽しく踊らないと、ダンスの意味が無くなっちゃいますよ」といわれてしまう。

 まったくもってそのとおり。

 ダンスは体の中から出てくるリズムを表現する。つまり、楽しいから踊るのだ。主人公は、踊るから楽しいという状態にもたどり着いていないのだ。


 コンビニでなにを食べるのか選んでいるとき、沼山の「いいや、違いますね。適当な、大した事のない事を思い悩むなんて贅沢な事をできるのは我々人間の特権なんだから、存分に悩むべきなんですよ。かのパスカル御大曰く、『人間は、考える葦である』なのだから」言葉に対して主人公の、はいはいと言って詭弁をあしらうところは、対比になっていて、それぞれの性格がよく伝わってくる。

 メロンパンとエクレアを差し出し、主人公は「エクレアを沼山の手から取って棚に戻した」というセリフに合わせた具体的な動きが、状況を想像させてくれるから、場面が浮かぶ。

 よく伝わってくる。

 沼山の真面目さ、一生懸命さが垣間見える。

 このあとの坂崎先輩とのやり取りも、独特ながらも、相手を決して無視するのではなく積極的に関わって知ろうとする姿勢は、主人公が最初に抱いていたイメージ、「委員会には無所属、クラスではあまり目立たず、人目を嫌がるタイプ」からは随分と違ってみえる。


「そんなある日、春人は部活でミスをしてしまった。器具を安全に使用しなかったのだ。その結果、三年生の先輩は怪我を負ってしまい、最後の大会に出ることができなくなってしまった」

 主人公が高校一年の話だろう。

 先輩を追いかけて入った高校の陸上部の練習は厳しく、主人公のせいで怪我をさせ、いじめられ、外に漏れ、加害者グループは部活をやめるも「しかし、加害者グループが部活内での実力があったことや、陸上部自体が悪い目で見られるようになった結果、『あってもなくても変わらない、一人のスター選手によって支えられた斜陽部活』になってしまった」とある。

 三年生なら引退するから、いじめていたのは、当時の二年生だと思われる。坂崎先輩とは同じ学年だろう。

 四月になっても部活に行けていないのはどうしてだろう。

 主人公がトラブルの発端ではあるが、三年生は卒業したし、いじめていた部員も陸上部にはいない。残っている他の部員から白い目で見られる、そんなことを気にして戻れないのだろう。


 公園に子供がサッカーをしている状況描写が、非常に良い。

 坂崎先輩は文化祭でダンスをパフォーマンスする予定と聞いて、「じゃあ、早いうちに行動するのがいいね」と魂が抜けたような無表情になり、なにかを企んでいる。のちに怪我をしたと偽って、主人公を陸上部に戻す計画を実行しようと思ったのだろう。

 リレーに出る先輩は沼山の質問に「プレッシャーがあるからこそ頑張れるし、本気になれるんだよね。いろんな人に応援してもらってるし」と答え、「流石ですねえ。春人君にも、こういったバイタリティがあればいいんですけど」のあと、「余計なお世話だ」といったとき、先輩は魂が抜けたような無表情になっている。

 そのあと、「公園で遊んでいた小学生は、もう誰もいなかった」とあり、寂しさとともに、走る喜びをなくしていることを表現しているのだろう。

 一人は主人公。もう一人は坂崎先輩。

 沼山が「楽しく踊らないと、ダンスの意味が無くなっちゃいますよ」ともかかっていて、楽しく走らないと陸上の意味がなくなってしまうこと、これからはじまっていくストーリーを暗示させているのだろう。


 長い文は、だいたい四行ほどで改行。主人公の沼山に対する感情が高ぶる場園では八行ほど長い。そのかわり、一文は短い。「なんなんだよ」「ふざけんな」「はしゃぐな」「マジで」「お前」の数を削ってもいい気もする。

「ぶざけてんじゃねえよ。何撮ってんだよ。既読ぐらいつけろよ。そんで、いつものように、『これくらいでアンニュイな気持ちになるんですか? 全く、悲劇の主人公気取りも大概にしてくださいよ』とでも書けよ。何様のつもりなんだよ。なんでお前の隣に、先輩がいるんだよ。まだギプス取れてないだろ。連れ回すのも大概にしろよ。これ以上はしゃぐと他の客に迷惑がかかるだろ」

 削ればスッキリするけれども、語彙力が少ないのか怒りで低下しているのかはわからないが、くり返し用いたほうが現代の若者らしさ、主人公の苛立ちや腹立たしさが表現できているかもしれない。

 句読点を用いた一文は長くない。短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶる書き方をしているところもある。シンプルで読みやすい文体。会話が多く、キャラクターの感情や思考、内面描写が豊富で、感情の変化が丁寧に描かれている。

 本作はスポーツを通じた成長や人間関係の葛藤、いじめや誤解、再生といった普遍的なテーマが扱っており、スポーツと人間関係の描写が中心。ダンスの動き、陸上部の練習風景や顧問とのやり取りがリアルに描かれている。

 春人と沼山の関係性が丁寧に描かれており、顧問や光川などのキャラクターが立体的に描かれ、陸上部の練習風景や大会に向けた準備がリアルに感じられるところが良い。

 自主練のところは、こまめに改行され、短めな文で書かれている。勢いと興奮、強さやテンポを感じ、短距離を走っている感じがよりよく伝わる。

 ダンスの練習のときとは明らかに書き方が違う。ダンスは、なれていないことだったのでどこか窮屈さもあったが、陸上の練習は伸びやかさや勢いを感じる。

 それだけ主人公は陸上を好きなのだと思う。

 ダンスシーンや陸上、日常の描写が五感に訴える形で描かれており、臨場感がある。

 視覚では、ダンススタジオの鏡張りの壁、坂崎先輩の清潔感ある外見、夕方のオレンジ色の空、公園の光景、部室やダンススタジオ、グラウンドの風景など描写が豊富。

 部室の壁や天井、顧問の肉体、坂崎の走り、光川の姿、スタブロの安定感、快晴の空、観客席の沼山の姿、夕日の景色、大会の風景や登場人物の表情が詳細に描かれている。

 聴覚は、チャイムの音、ラジカセから流れる音楽、ポテチの袋を開ける音など、音に関する描写が多く、臨場感を高めている。顧問や光川との会話、スタートのホイッスルの音、部員たちの声、心臓の鼓動、空砲の音、ピアノの音色、ドアベルの音など、音に関する描写があり、緊張感や臨場感を高めている。

 触覚は、ペダルを踏む、冷えた麦茶が喉を通る、春人が机の下で指を組む、背中を叩かれる、水で顔を洗う、スタブロの安定感、ダンスのステップの感触、スタートラインでの緊張感や風が体に吹きつける感覚が登場人物の感情を伝えている。

 嗅覚は具体的な描写ないが、麦茶の香りやコンビニの匂いなどが暗示され、部室やグラウンドの空気感が間接的に伝わる。

 味覚はコンビニで買ったお菓子や麦茶や水筒の中身に関する描写があり、キャラクターの行動や感情を補完している。顧問が「飯は食ってきたか?」と尋ねるシーンで、食事の重要性が強調されているが、具体的な味覚描写はない。

 嗅覚や味覚の描写を追加すると、より臨場感が増すと考える。ダンスの練習や部活の練習では汗を出ているだろう。でも、冒頭の主人公は陸上部に行かなくなっており、自分の価値や目的を失っている状態。ダウンができても形だけ。

 冷めた状態で、熱気を感じるほどではないかもしれない。

 光川との自主練や部活のハードな練習では体力を奪われているので、熱気は書ける気もするけど、「スポーツ推薦で入ってきた生徒たちや、あんなことがあっても陸上を辞めきれない自分のような人間で構成されている」陸上部の状況では、やる気に満ちが感じないため、嗅覚を描きづらいかもしれない。

 同様に、気分がすぐれないと味覚も感じにくいため、描写しづらいだろう。

 先輩の代わりに走るよう話を聞かされて、ダンスの練習にみの入らないときの「ただ水筒の中身を飲む」は、悩みの方に意識がいっていて、味を感じなくなっている状況を描いていると感じられるので、むしろここはよく描けていると思う。


 主人公の弱みは、自己認識の欠如。自分の価値や目的を見失っている。過去のトラウマである、陸上部でのいじめや失敗に悩まされているからで、 自分に自信が持てず、他人の評価に敏感になってしまっている。内面の葛藤をうまく表現できない感情の抑圧でもあったところ、沼山が文化祭の個人パフォーマンスでダンスをするから、一緒に踊ってみたい人は声をかけてほしいといいだしたのを聞いた時は驚いただろう。

 自分と同じようにクラスで目立たないとおもっていた人物が、違う行動を取ったのだ。

「刺激が欲しかった」とあるが、別な言葉を用いるなら、変わりたかったのだ。

 ダウンができるようになったとき、坂崎参拝が怪我をし、主人公に四百メートルリレーを代わりに走ってほしいと、顧問からいわれる。

「この部活で走るのがまだ辛いならやめればいいし、頑張りたいなら今すぐじゃなくてもいいから俺に教えて欲しい。それは春人、お前の自由だし、俺は春人の決定を反対することはないよ」

 坂崎先輩の代わりに走ることに対する不安や、自分の実力に対する自信のなさも弱さとして描かれ、ダンスの練習にも集中できない。

 陸上部の雰囲気も、いじめ問題に悩んでいた過去が影響している。 一年生で入ってきた光川は、昨年の部で起きたことを間接的に知ってはいても、当事者ではなかったので、やる気に満ちているところがいい。

 彼の存在があったから、前向きになれたところは救いだったけど、同時に、いじめられていたのは坂崎先輩だという誤報から、『俺はもう、走る理由が分からない』『被害者として悲しむことができないあいつがあまりにも可哀想だ』といった先輩は、主人公に代走させるために自作自演で怪我をした。

 その理由は、ファンレターの中に『いじめに負けないで、これからも頑張ってください!』という内容が多く寄せられ、大切な後輩を裏切りながら『いじめに屈しないスター選手』を演じるのに疲れて『逃げたい』と思うようになったからだと知る。

 先輩の代わりに走るという理由もなくなってしまった主人公は、やる気を失ってしまう。


「沼山にもLINEで事件の真相を伝えておいたが、既読すらつかなかった」とあってからの、観客席にスマホを構える沼山がはしゃいでおり、その隣に、ギプスもとれていない坂崎先輩がいる展開には、意表を突かれる。主人公だけでなく読者も予想外。

 主人公の「なんなんだよ、お前」には、ひどく同意してしまう。

 

 結果は準決勝止まり。

 沼山から、初戦の走りの動画が送られてくる。スタートは上手くいったが途中の走りが悪く、体力も切れて数人に抜かされたが、誰よりも力強くバトンを渡せたとある。

 主人公は走る理由、やる気を取り戻した。

 だから、準決勝までいって負けたとき、悔しがるのだ。

 走ることに対する情熱ややる気が戻り、競技に対する真剣な気持ちが再び芽生えたのだろう。

 

 主人公は結果に満足いかなかっただろう。ダンスをすることで、自分の中に溜まっていた感情やストレスを発散しようとしたのかもしれない。沼山との交流を通じて、気持ちをリフレッシュし、新たなものの見方を得ようとしたとも考えられる。

 それがメチャクチャなダンスによく現れている。

 自分の感情を解放し、自由に表現する手段。拳を握りしめる仕草は、バトンを渡す行為と重なり、何か大切なものを手放さない決意や意志の表れかもしれない。

 これまでのことを乗り越えた主人公が、再び競技と向き合う意志を感じられるので、陸上部に戻って続けていくと考えられる。

「大丈夫だから!」を二度叫ぶ。

 大事なことだから二度いったのかもしれない。

 混乱や葛藤あったけど、乗り越え、新たな一歩を踏み出す準備ができた。だから、もう大丈夫、自分は走れると強く思えたに違いない。


「動機を追うトップランナーは、拳をグーにして決してそこにある何かを離さなかった」

「もつれ絡むチャールストンは、トップランナーを転ばせたが、それで勢いが止まるわけがない」

 ここの比喩は、タイトル回収ではあるけれども、個性的な二人の様子が端的に表されていて、いい表現だった。


 読後。読む前は、長いタイトルで、なんのことかサッパリわからなかった。ダンスでチャールストンを踊るところで、おぼろげにわかってきて、読み終わると春人と沼山のことを表していたんだと、納得した。

 二人の友情が素敵。

 ダンスシーンの描写は臨場感があった。

 坂崎先輩のこと、大会に向けてどうするのかといった葛藤や成長も魅力があり、引き込まれた。最後のダンスシーンは感動的。前向きな気持ちを取り戻す過程が描かれていて、読後感もよかった。

 


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