ねがい桜の約束

ねがい桜の約束

作者 暁 葉留

https://kakuyomu.jp/works/16817330660629856623


 岩手県陸前高田市に生まれた緑川穂波と息吹は、東日本大震災で家族を亡くし離れ離れに引き取られる際、「夏に、二人で陸前高田に帰ろう」と約束、毎年帰省しては大好きな椿に会ってきた。

 十二年後の七月、再会した穂波は息吹に、大人になるためにも幽霊の椿と別れようと言い出すも、椿に依存してきた息吹は椿がいない世界での生き方がわからない、と遺書を残して死のうとする。椿は幽霊ではなく穂波が作り出した幻影だった。振り回してきたのは自分だと気づいた穂波は息吹を浜辺で見つけ、自分にも椿は見えていたことを伝え、これからも毎年この地に帰ることを約束。椿の髪飾りを桜門寺のねがい桜に奉納する話。


 文章の書き方云々は気にしない。

 東日本大震災から生き延びた人たちの今を取り上げた作品。

 震災から十数年の歳月が過ぎたことを実感するだけでなく、悲しみを尊ばず、生を説き、希望を広め、喜びを育んでいかなくてはならないことに気づかせてくれる。

 昨年、応募されていた作品を手直しされたもの。

 昨年の感想

https://kakuyomu.jp/works/16817330657528439692/episodes/16817330663773189495


 主人公は、高校三年生の緑川穂波。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。後半、椿の回想や穂波の思いが綴られた手紙の部分がある。

 日常から非日常へ行き、日常へと帰還する、行きて帰りし物語で作られている。椿や息吹の人物描写や、動作や行動なども丁寧になされている。

 考えてみると恋愛ものでもあるので、「出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末」の順にそっている。


 絡め取り話法と女性神話、メロドラマと同じ中心軌道、これらが混ざって書かれているように思える。

 緑川穂波と息吹は幼馴染。陸前高田で幼少期を共に過ごし、震災前に椿と知り合い、仲良くなる。

 東日本大震災で家族と故郷を失った後も、毎年夏に陸前高田に帰る約束を守り続けてきた。彼らは桜門寺で、震災で亡くなった友人の椿と再会。

 震災後、二人で椿を探し、彼女の髪留めを見つけ、息吹を安心させるために嘘をついたとき、椿が現れたことを思い出す。椿は幽霊ではなく、穂波と息吹の心の中に生き続ける幻影。穂波は椿との再会を通じて過去と向き合い、成長することを決意する。

 穂波は目を覚まし、椿の存在が夢か現実なのかを考える。布団の中で見つけた息吹からの手紙を読み、息吹が椿の存在に依存していたこと、そして椿の元へ行こうとしていることを知る。穂波は急いで息吹を探しに行きます。彼は自転車で息吹を探しに行き、彼女が自殺を考えていることに気づく。穂波はポケットから椿の髪飾りを見つけ、それが彼に希望を与えます。椿からみた復興の様子、毎年夏に会いにくる二人を見守ってきた椿の姿は、少しずつ薄らいでいた。二人が、ずっと幸せでありますようにと、椿は強く願って。

 穂波は防波堤の上で息吹を見つけ、彼女を強く抱きしめる。二人は椿の存在について話し合い、穂波は椿が二人の幸せを願っていたことを伝え、息吹は泣きながらも穂波と共に生きることを決意する。

 二人は桜門寺に戻り、椿の髪飾りを「ねがい桜」として奉納するのだった。


 陸前高田駅にとまりますからはじまる謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どんな関わりをして、どのような結末を見せるのかに興味が惹かれる。

 お話の内容自体は、大きな変化はない。以前よりも、三人の関係を重点において書かれたような感じにはなった気がする。


 書き出しがよく考えられている

 遠景、近景、心情で描くと読み手も共感する。普通は「思考、行動、感情」の順に書くけれども、アナウンスで起こされて驚いた感じを出したいなら、「『……たかだえきー、次はー、陸前高田駅にとまりますー』ぼんやりする頭を起こせば、びりりと痺れるみたいに首が痛む。到着を告げる間延びしたバスのアナウンスで、僕は目を覚ました。いつの間にか眠っていたみたいだ」行動を先に、と考える。

 本作は、そうなっていない。アナウンスがして、目を覚まし、首に痛みを覚えるのを、受け身的に感じていったということ。その流れで息吹と目があい、「うひひ」と笑われるまで、ずっと無防備に受け身だった。

 そして、「穂波ほなみ、爆睡だったよ。面白かった」

「どういう意味だそれ」となる。

 安心仕切っていたのは、彼にとって慣れ親しんだ故郷、実家に帰ってきたようなものだからだろう。

 そこまでが遠景、近景で息吹に爆睡だったといわれ、心情で「どういう意味だそれ」といい返す。

 だから、二人の関係を描いているところは、くすっと笑えて、いいなと思えるのかもしれない。


 登場人物は、大学受験を控える高校生。東日本大震災で、家族と故郷を亡くしていて、つらい目にあってきているところから、可哀想におもえる。他人につれてこられ、知らない土地に住み、生活環境が代わり、寂しいなか、夏になったら故郷で息吹と会えるのを楽しみにしているところなどからも人間味を感じる。

 こういうところから、冒頭部分で主人公に共感していく。


 冒頭近くの二人の関係、幼馴染の説明に、長い文のところがある。余分を削るなりして読みやすくできると思う。全体的に見ても数行で改行してあるし、一文は長くならないよう、句読点を使い、短文と長文を使ってリズムとテンポよくしていて、感情を揺さぶる書き方がされている。ところどころ口語的で、地の文に会話文をはさみ、セリフから登場人物の性格が読み取れる書き方がされている。

  丁寧で情緒的。 過去と現在が交錯する構成、内面的な葛藤が強調されていて、登場人物の心情描写が細やかだから感情移入しやすい。また、震災という重いテーマを扱いながら、希望や成長を描いている点が印象的。

 五感を使った描写が豊富で、複数の感覚描写を用いることで、臨場感を与えてくれているところがいい。

 視覚では、桜色のワンピース、海から吹く風、松林の中の提灯、セーラー服の椿、桜の髪飾り、など色彩豊かな描写が多く、天井の木目、手紙の文字、街の景色など詳細に描写されている。

 聴覚的刺激は、バスのアナウンス、ひぐらしの鳴き声、線香花火の音 、椿の声、息吹の泣き声、自転車の音など音の描写が効果的に使われている。嗅覚では、潮の匂い、磯の香り、桜の匂いなどが臨場感を高めている。触覚では、首の痛み、風の感触、汗の描写、布団の感触、息吹の温かさなどが描かれている。

 味覚では、サイダーの爽やかな炭酸、食事の描写など、味覚の描写も荒れている。


 主人公である穂波の弱みは、過去の悲しみや寂しさに囚われていること。

 震災で故郷を失い、親しい人々と離れ離れになった経験が、彼の心に深い傷を残している。また、椿の存在を現実と区別できないこと。椿との再会を通じて、過去と向き合うことの難しさや、成長することへの葛藤、息吹を支えきれない自分に対する無力感も感じている。

 これらの弱みがあるから、支え、活かし合って、椿との別れを受け止めては乗り越え、二人の絆が強まっていく物語が良いものになっていく。


 主人公の目標を明らかにして、性格や価値観、過去にどのような行動を取ったか、直面している問題や葛藤を描写されているため、息吹の遺書を前にして主人公がどう行動するかは予測しやすかった。

 弱気になったとき、ポケットの中に桜の髪飾りがあり、椿の回想が現れる展開は予想外で、彼女の思いを知った主人公とともに読み手も、驚きと感情が湧き上がって来るところはいいし、ラストへ至る流れは盛り上がってよかった。


 三人の関係を重点的にまとめてあるので、全体的に読みやすくなった。

 登場人物の心情描写が多い分、進行が遅く感じるところがあるので、テンポを意識すると良いのではと考える。

 過去と現在が交錯するところが読みづらい、とまでは言わないまでも、読み手の中には迷う人もいるかもしれない。

 ただ、物語が進むと同時に過去に触れることで、これまで伏せられてきた真実が明るみになっていく展開が本作のウリ。読み応えのあるところでもある。

 なにかが壊れることで、真相が一つ明かされていく作りは、読み手を先へ先へと引き込んでくれるので、いいと思う。

 椿視点の回想場面が、読みづらさを感じさせるかもしれない。

 とはいえ、感情豊かで臨場感のある、引き込まれる作品になった。

 ラストの、「またね。そのまた、がいつかは、今の僕らにはわからない。けれど、きっと必ず、僕はまたこの地に帰ってくる。『幼なじみ』という特別な絆で結ばれた、息吹とともに」のところが良かった。


 読後、今年は違う意味でも共通点のある作品だったのでは、と考えてしまう。

 一月に能登半島地震が起き、いまもライフラインが復旧していない中で生活されている人達がいる。最近では、山形に降った大雨で河川が氾濫して被害に合われた人達がいる。

 日本は自然災害の多い国。歳月が過ぎても、心の傷はそう簡単に癒えたりしないし、どう受け止め、乗り越えていくのかは人それぞれ。

 こうした物語が、そうした人達の立ち直る力になれたらいいなと思った。




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