ガーベラの笑顔

ガーベラの笑顔

作者 結城 絵奈

https://kakuyomu.jp/works/16818093081815722954


 さこなは動画配信者の依那ちゃんに依存してきたが、活動休止することを知り混乱。動画で自分の本当の気持ちを押し殺していたこと、視聴者に対する期待と失望を語る。依存してきたさこなは、理想の依那ちゃんを頭の中に作り出し、独りで過ごしてきたが、リマの言葉に実在しないと知りショックを受ける。依那ちゃんの動画を最後まで見、依那ちゃんの悩みと自分の悩みが同じだったと知り、ようやく自分自身と向き合う決意をして歩き出す話。


 現代ドラマ。

 感情の描写が豊富で、引き込む力がある。

 さこなの内面の葛藤や感情、成長が丁寧に描かれており、彼女の心情に共感しやすい作品。


 主人公、女子高二年生のさこな。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話と、それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 メグミ、キョウ、リマの三人は同じ中学出身で仲が良く、高校生になって緊張していた主人公のさこなに声をかけてくれた。それから四人で行動するようになった。

 でも、三人の話についていけないときが多いことに気付く。二年になり、また同じクラスになったものの、一人だけ会話に入れないことに無理を重ねてこれたのは、依那ちゃんがいてくれたから。

 依那ちゃんは、動画配信者だった。『やっほー。依那ちゃんねるへようこそ! 今日はね〜、お花について話そうかなって思います!』『見てこれ! 知り合いに偶然もらっちゃったんだ。かわいいよね〜! ガーベラっていう花なんだって。僕の髪と同じ桃色だし、親近感湧くっていうかさ〜。お花がある生活ってなんかいいなぁって思ったんだよね!』その瞬間、釘付けとなり、依那ちゃんはガーベラのイメージになった。

 思い切ってDMを送ると返事がもらえた。さこなは、好きが高まり、動画を通じて存在を感じていたが、やがて配信頻度が遅れ、ある冬の日、久しぶりの配信で依那ちゃんが活動休止することを知り、さらに混乱。動画の中で、依那ちゃんが自分の本当の気持ちを押し殺していたことや、視聴者に対する期待と失望を語る。

 さこなは依那ちゃんの苦悩を知ると同時に、みんなの大好きな依那ちゃんというキャラは自殺したこと、誰一人自分を必要としてくれなくて唯一の拠り所だったのに、依那ちゃんに裏切られてしまった。だが、頭の中で『もしかしてさっきの動画のこと? 冗談に決まってるじゃん! さっちゃんたらちょろすぎ〜。大丈夫だよ、もう「僕」はいなくならないから。勘違いさせちゃってごめんね……?』理想の依那ちゃんを思い浮かべて依存してきた。

 彼女といるときは、リマたちや、仕事で帰りの遅くてなにもない家のことも忘れられた。

 メグミとキョウは、距離を置いても干渉してこなかった。三人で仲良くやっていても関係ない。さこなは、依那ちゃんと一緒に過ごす時間を何よりも大切にしており、彼女との関係が心の支えとなる。

 しかし、さこなは他のクラスメイトとの関係に悩む。特にリマとの関係が複雑。体育の後、リマがボカランドに一緒にいく話を考えてくれたか訪ねてくる。四人でまた話せたらいいなと思っていることを伝え、さこなを四人グループに戻そうとするも、さこなは依那ちゃんとの時間を優先し、リマの誘いを断り続ける。

 三月の終業式後、リマに話しかけられ、「今、友達と話してたんだけど。割り込むのやめてくれる?」というと、「友達って誰? さこな、いつも一人じゃん」といわれる。

 さこなは依那ちゃんが実在しないこと、ずっと独りだったこと気づき、ショックを受ける。

 教室で「このクラス全員で作り上げてきた一年間は……」と熱く語る担任の話をみんなが聞く中、ワイヤラスイヤホンを取り出し、机の中にスマホを隠し、久々に依那ちゃんの動画ページを訪れる。あの日の動画を、最後まで見ていなかった。

『配信始めたのも本当は誰かに認めてほしかっただけなんだって俺自身、どっかで気づいてたんだけどね……』『今までの俺は自分の本当の気持ちを押し殺して、周りに認められることだけ考えてきた。けど、いつまでもこうやって目の前のことばっかりに囚われて、大切な事実が見えないふりしてちゃいけないんだよ……!』活動を辞めたら、かっこいい自分になってみたり、色んな僕を試してみたいな。これからはちゃんと自分の新しい道を探すね。もう配信はしないと思うけど……それでも、みんなからもらった思い出は消えないよ。じゃあみんな……今までありがと。またどこかで、会えたらいいな……』

 依那ちゃんの悩みが同じだったと知り、ようやく自分自身と向き合う決意をしたさこなは、依那ちゃんの話を聞いていたら目が潤み、担任の熱弁を聞いたクラスメイトの目も潤んでいた。

 友達は一緒にいることで一人じゃないことを確かめるための安定剤ではない。同じ時間を笑い合う、それだけでよかった。リマ達とだってそう。話したいなら僻んでいないで自分から動くべきだった。

 学校近くの花屋さんでガーベラを買い、店を出た。依那ちゃんからのDM『もしかしたら大変なこととかたくさんあるのかもしれないけど、ずっと応援しています。あなたならきっと乗り切れるよ』

 外壁塗装補している建物のした、ガーベラをむしり終えると、リマがやってきた。

 また同じクラスに慣れたいいねと言う彼女に、ちがうクラスになる気がしていた。新しい環境で新しい自分に生まれ変わりたいと思いはじめる。

 クラス替えでばらばらになる前にボカランドを四人で行こうと誘われ、一緒に行くと約束する。

 三年生になったら隣の子に話す。高校卒業したことを、両親とあって話す。豹変したガーベラをダイニングに飾り、自分の中で死んでいった依那ちゃんを弔う。リマからの通知と依那ちゃんからのメッセージを交互に見つめ、「私に夢をくれた、自分にまっすぐ向き合う姿を見せてくれた、そんなあなたのことをずっと応援しています」

と祈りながら、スクショ画面をそっと閉じるのだった。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場の状況の説明、はじまりでは、主人公は依那ちゃんと下校する。

 二場の主人公目的を持つでは、下校時ガーベラを購入。ちゃんに渡して、また明日と手を振って別れる。

 二幕三場の最初の課題では、帰宅して一人の部屋でガーベラを生け、スマホの『僕もさっちゃんのこと大好きだよ!』文字を見て、自分には依那ちゃんがいる、いてくれたら大丈夫なんだからと思う。

 四場の重い課題では、リマから春休みに四人でボカランドに行く話をされるも、「ごめん無理」と言う。

 五場の状況の再整備、転換点では、同じ中学出身のリマたちは高校入学したときに声をかけてくれた子達。でも話についていけなくなり、三人の話を聞いて頷いたり笑ったりするだけで精一杯。それでも依那ちゃんがいてくれて、もういなくならないと約束してくれたから遠慮なくリマ達から離れることができた。

 体育に行くとき、リマが ボカランドに行く話をしてくる。また前みたいに四人で話せたらいいなと思っているリマだが、主人公は依那ちゃんのことで頭がいっぱい。

 六場の最大の課題では、依那ちゃんとパフェを食べにきて、二つ注文すると店員から変な目で見られる。

 終業式の朝、父はすでに出かけた。花瓶から老いたガーベラを取ってゴミ箱に捨て、花瓶に残った濁り水を流し、今日の帰りに新しいのを買わなければと、学校へ出かける。

 三幕七場の最後の課題では、リマに話かけられて、友達と話してたとこなのに、といえば、一人だったといわれる。いつも、一人だったのだ。依那ちゃんは、動画配信者だった。心の支えだったが、配信をやめてしまいどうしたらいいか困ったとき、目の前に本物の依那ちゃんがいると思い込み、一人ではないと信じてきたのだ。

 最後の動画配信を全部見ていなかったことを思い出し、先生の話の最中、こっそり見て、自分と同じだと知って、自分自身を見つめ直す決意をするのだった。


 昨日も今日も依那ちゃんと二人で学校に来た謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どのように関わり合い、どんな結末を迎えるのか、実に興味がそそられる。

 猟奇的な書き出しが、作品全体の雰囲気を醸し出しているところが良い。どこがといえば、依那ちゃんを連呼して、つねに一緒にいる様子からはじまるところである。

 遠景で昨日も今日も二人で一緒、近景で昨日も一昨日も、今日も一緒に帰ると示し、心情で、今日は依那ちゃんと何を話そうかなと語っている。

 普通に読めば、仲の良い子と一緒なんだと読めるけれども、わざわざ同じような言い回し、表現を使って繰り返さなくても、重複を避けて描くことだってできる。

 でも、それをしていないところに、普通とはなにか違うことを、読み手に伝えている。

 しかも本作らしい書き出して、非常にいいなと思う。


 主人公は、依那ちゃんという仲の良い友人がいることで、特別な感じがする。

 クラスメイトのリマという子に話しかけられる。「遠慮がちなタレ目がやっぱり気にくわない」「今断ったばかりなんだけど」という、嫌そうなところが出ているところから人間味を感じる。

 家に帰ると一人きりだし、花を買いに行くと、変な目で見られたり。読んでいくと依那ちゃんは実在せず、彼女の脳内友達だったとなり、いつも一人ぼっちだったことがわかって、可哀想。そういうところからも、読み手は共感していく。


 孤独や不安を和らげるために何かにすがることは、十代の若者だけでなく、大人にも共通する現代の現象であるため、本作品は読者の共通点ある作品といえる。

 インターネットやアプリケーションの過剰使用に関する研究では、逃避目的での使用がインターネット依存に強く関連していることが明らかになっている。孤独や不安を感じる人々が、他者とのつながりや共感を求めてインターネットやSNSを利用する傾向があるという。

 また、配信者が孤独を感じる理由はいくつか考えられる。

 配信を始めたばかりの頃は、視聴者0人の時間帯もあり、誰に向かって話しているのか分かなくなったり、事前準備なしで配信を始めると話題が思い浮かばず、配信に慣れていないと緊張して自然体で話せず、視聴者とのコミュニケーションが取れず沈黙が続き、孤独感や不安感が増大する可能性がある。

 また、声質や話し方に自信がない場合は発言に躊躇してしまい、結果として孤独感を感じやすくなることもあれば、ライブ配信にのめり込むことで、実際の社会とのつながりが希薄になり、孤独感が増す可能性がある。

 これらに陥らないよう、事前準備や経験の蓄積、自信の構築などの課題を克服していく必要がある。


 非常に繊細で、 内省的で感情豊かな文体が特徴。感情や環境の描写が丁寧にされているところがいい。さこなの内面の葛藤や感情が細かく描かれているので、彼女の心情に共感しやすい。

 長い文にならないよう五行程度に改行し、一文を長くしないように句読点を用いて、ときに口語的で読みやすくしてる。会話にキャラクターの個性がよく表現されていて、とくに依那ちゃんの明るさやリマのしつこさが際立って書かれている。

 作品の特徴としては、依那ちゃんとの関係を通じて、自分自身と向き合う決意をする過程が描かれており、さこなの成長が感じられる。

 五感の描写が豊富で、視覚と嗅覚に訴える描写が多い。

 視覚的な刺激は、依那ちゃんの明るい色の髪や、クラスメイトたちのカラフルなチョークで彩られた黒板、春の日差しなどが鮮やかに描かれている。

 聴覚では、依那ちゃんの凛とした声や、クラスメイトたちの笑い声、担任の先生の話す声など。触覚では、依那ちゃんの存在を感じるために手を伸ばす感触や、ガーベラの花びらをむしる感触が描かれている。嗅覚は、具体的な描写はないが、花屋の匂いや春の匂いの描写がある。味覚も具体的な描写は少ないが、比喩で「潮の引いた砂のように後味」「会話に味がある空気感」「学校帰りに依那いなちゃんと来るカフェは、秘密の毒の味がする」「本当に依那ちゃんという人がここにいて一緒に会話しているような感覚を味わえた」または、「一緒に食べると、いつもは味気ないコンビニ弁当」の描写がある。


 主人公、さこなの弱みは、他人との関係に対する不安や孤独感。

 彼女は依那ちゃんとの関係に強く依存しており、他のクラスメイトとの関係がうまくいかないことに悩んでいる。また、彼女は自分の居場所を見つけることができず、他人との関係に対する不安を抱えている。

 そのため、彼女は依那ちゃんがいないと自分を保てないと感じており、他の人間関係に対しても自信が持てないでいる。

 この弱みに対して、主人公はどうするのかが物語を深めていくところ。

 主人公の依那ちゃんと一緒にいたい気持ち、性格や価値観、過去にどのような行動を取ったか、直面している問題や葛藤を描写されていることで、主人公がますます依那ちゃんといたがり、リマから遠ざかろうろする行動は予測しやすかった。

 リマから「友達って誰? さこな、いつも一人じゃん」と言われる展開は、花屋や一緒にパフェを食べに行ったときの店員の様子から、予測できる描写があったのでここではさほど驚かない。

 動画配信者で、じつはもう配信をやめていて、依存してきた彼女が脳内で作り出した理想の幻影が依那ちゃんだったという展開は、正直予想外で、驚きと興奮を覚えた。

 

 依那ちゃんの存在は、さこなにとって重要で特別なものだった。

 動画やメッセージは、孤独や不安を和らげ、心の支えとなっていた。依那ちゃんの純粋で優しい人柄に触れることで、さこなは心の中の黒い結晶が溶けていくような感覚を覚えたのだ。

 また、依那ちゃんからの返信や応援のメッセージは、さこなの自己肯定感を高めた。依那ちゃんが「応援してるよ」と言ってくれたから、さこなは自分が誰かにとって大切な存在であると感じることができていた。

 だから動画を見ることで、現実の辛さや孤独から一時的に逃げてきた。依那ちゃんの存在が、安らぎの場となっていたのだ。

 それだけ重要だったから、配信がなくなって絶望したことで、自分で生み出した依那ちゃんに依存するようになってしまった。

 動画を最後までみて、 依那ちゃんもさこなと同じように誰かに必要とされたいという悩みを抱えていたことを知って大きな慰めとなり、さこなは自分自身と向き合い、成長するきっかけを得た。

 依那ちゃんの変化や決断を見て、さこなもまた新しい道を探す勇気を持つことができた。

 そうまでして依存しなければならなかったのは、家族に問題があったと考える。不干渉でありつつ、親からの期待やプレッシャーが強かった可能性もある。そのため、居場所を見つけることが難しかった。親子の確執が依那ちゃんの依存を強めたのかもしれない。

 その辺りが、はっきりわかるといい気がする。


 依那ちゃんは、主人公にとって空想の友達だった。

 子供が空想の友達を作ることは、感情の表現や創造性の発揮に役立つ。高校生ともなると、現実の人間関係に支障をきたす可能性や、現実の友人関係が疎かになるリスクがある。

 社会生活に支障がでる可能性もあるので、リマのきっかけと主人公自身で見つめ直す決意をしたのは、非常に良かった。


 他の二人はクールで関わってこないけれども、どうしてリマだけはさこなを気にかけてくれるのだろう。人がいい、ほっとけない性格かしらん。もう少し深くリマとの関係が描かれていたら、わかるかもしれない。

 

 パフェのところで味覚を描けた気がする。でも描かれていないのは、依那ちゃんが実在しないため、くわしく描くわけにはいかなかったのだと推測する。


 ガーベラの花言葉は「希望」「前向き」「常に前進」。

 これらの言葉は、ガーベラが太陽に向かって咲く特性に由来しており、明るく元気な印象を与えている。

 また、ピンクのガーベラは「思いやり」「崇高な愛」「愛情」

 依那ちゃんはまさに、思いやりある、愛情を持った存在だった。


 タイトルがすごくいいなと思った。依那ちゃんのイメージでもあるし、弔ったときのガーベラは、自身でむしり取ったけれど、これまでの自分から新たな自分へと生まれ変わる、そんな主人公の表情を連想させてもくれていて、読後感は良かった。

 

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