遥か、人生証明
遥か、人生証明
作者 冷田かるぼ
https://kakuyomu.jp/works/16818093081583993053
高校生の芳本祐希は入学式で遥理央のスピーチに惹きつけられる。漫画を描く才能がある彼女の作品に感銘を受け、存在と才能の証明のために書くことが必要だと語る彼女の言葉から、もう一度小説を書き始める。二人で賞を取ることを誓い、彼女は佳作を取る。ハイタッチして祝い、今度は自分の番だと証明のために挑んでいく話。
現代ドラマ。
自分であるための証明のため、果敢に挑む姿がすばらしい。
主人公は、男子高校生の芳本祐希。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
中学生のとき、優等生の芳本祐希は小説を書いていた。自分では面白いと思い、担任の先生に見せると『中学生らしくていいね』と言われ、小説家を目指していると言ったら、向いていないといわれ、真面目そうだから会社員や公務員に向いてそうだよと言われる。以来、小説を書いていなかった。
高校生になった主人公の祐希は人生に対して無関心で、何も興味を持てない状態。しかし、入学式で遥理央のスピーチを聞いたことで、彼女に強く引きつけられる。遥理央は漫画を描く才能があり、祐希に自分の作品を読んで評価してほしいと頼んでくる。祐希は遥理央の作品を読み、その才能に感銘を受ける。
その後、遥理央が学校を休む日があり、彼女から自宅に来るようにとメッセージが祐希に送られる。祐希は遥理央の家に行き、彼女が病気で倒れていることを知る。だが、遥理央は自分の漫画を描くことを止めていなかった。彼女は自分の存在と才能を証明するために、自分の漫画を描くことが必要だと語る。
遥理央の情熱と才能に感銘を、言葉に触発されて、祐希は自分自身の才能を再評価し、再び小説を書き始める。
遥理央自身の人生と才能に新たな価値を見つけるため、本名でコンテストに応募するという。祐希は遥理央と一緒に帰ることを提案。遥理央はこれを受け入れ、二人は一緒に帰る途中でアイスクリームを買う。「……賞獲ろうね、二人で」といわれ、コンテストに応募するなんて言ってないんだけど見透かされているかもしれないと思い、ハイと返事。
数カ月後。発表あるから来てと言って教室を出ていく。急いで課題を提出して、いつもの秘密基地へ行き、一緒にタブレットで結果を見る。遥理央はコンテストで佳作をとり、祐希は彼女を祝う。祐希は彼女から、「次はキミのターンだね」「そっちは獲れそう?」と聞かれ、「ま、頑張れば」と応える。二人でハイタッチ、二人の人生証明はまだはじまったばかりだ。
人生なんてつまらないという謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結びつきをして、どのような結末に至るのかが気になる。
書き出しに勢いを感じる。
冒頭の導入は、客観的な状況説明、荒く外側から描かれていくもの。たとえ、主人公のアクションからはじまるものだとしても。
遠景で「人生なんてつまらない。呼吸にも拍動にもどうとも思わない、はずだった」と書き、近景で「この日、壇上に立つその凛とした声を聴く瞬間まで僕はそう思っていたのだ。背もたれに全体重を預けて気を抜いていた」とスピーチの説明をしてから、心情で「ああ、つまらない挨拶だ。テンプレート通り」と、退屈に思っていることを伝えている。
一つ一つ見れば、説明したあと感想を添える書き方をしながら、状況の説明がなされていく。高校の体育館で行われている、新入生代表の式辞が読み上げられていたことが、主人公の視点と感想を踏まえながら明らかになっていく。退屈だと思っていたのに、「この世に生を受けた意味を見出すため、証明するためにこれからの高校生活を歩んでいきたいと思います」のフレーズがクローズアップされ、思わず顔をあげる。
そこに一人の少女の背が見える。
顔はみえてない。
どんな子なのか見逃したのだ。
主人公が気になったように、読者もまた、どんな子なのだろうと気にさせている。
彼女の名前が伝えられたとき、ようやく彼女の様子がわかる。
わかるのは、「振り返った彼女の瞳」顔の表情ではない。
しかもその目は「生きることに縋りつく者の眼だった」と書かれている。
このとき、主人公は彼女に魅了されたのだと思う。
無駄のない書き出しと強い引き。すばらしい。
主人公は高校一年生、はじまったばかり。青春のど真ん中にいる。
だけどはじめから無気力で、若さや覇気を感じられない。こういう子はいつの時代でもいるので、人間味や現実味を感じる。
最初の挨拶でもなにを言うのか考えていなくて、「え、っと。芳本祐希、です。好きなことは読書。よろしく、お願いします」と答えて、周囲の視線が痛いと思うほど。
高校受験に失敗した生徒のような、そんな印象を受けるように書かれていて、かわいそうに思える。
そんな主人公に遥理央は声をかける。彼には、なにか惹きつけるものがあるかもしれないと予感させる。こういったところに、共感する。
主人公視点で書かれているのが生かされている。
遥理央の家を訪れたときの祐希の不安や緊張、遥理央の部屋の乱雑さや彼女の体調の悪さを感じ取る描写など、主人公の視点で描かれているので、どこをどんな気持ちで見ているのかがよく分かる。
詳細な描写と主人公の成長を描くための深い内省的視点が特徴的。祐希の視点から物語が進行し、彼の感情や思考が深く掘り下げられているところがいい。
また、遥理央の強い意志と才能が、祐希の視点を通じて強調されているのも魅力の一つ。
長い文にせず、五行以内に収め、改行し、会話を挟んで書かれている。一文は句読点を入れて短く、口語的に書かれているところもあって、固くなりすぎず柔らかな文章で読みやすい。若干、そうでもないところもあるけれど。
短文と長文をリズムよく使われていて、感情を揺さぶってくる書き方がされている。会話文は自然で、キャラクター間の関係性を強調し、登場人物の性格をも伺える。
五感の描写としては、視覚的刺激はもちろん、聴覚や触覚の刺激をうまく使って描写されている。
「うっすらと小窓から差し込む日光と暖色の蛍光灯に照らされ、彼女の跳ねた髪先がつやつやと光っている」や「口内が一気に冷えてじんわりと身体に冷気が広がっていく」などの表現は、視覚や触覚を刺激し、場面を具体的に想像させる。他にも、遥理央のスピーチの「声」、資料室の「埃っぽい空気」や「古びた紙の香り」。
祐希の弱点は、他人とのコミュニケーションに苦手意識を持っていることだが、一番は彼の人生に対する無関心さである。
彼は何も興味を持てず、自分の才能を見つけることができない状態にあった。
そのキャラクター性が、読者に共感を引き出していると思われる。
読者層である十代の若者との共通点だろう。
そんな弱みがあるから、遥理央との出会いにより、彼女の影響、関わりを通じて徐々に克服し、彼は自分の人生に新たな価値を見つけ、再び創作活動を始めることを決意し、作品を書いていくという面白いドラマとなっているのだ。
いいところは、キャラクターの心理描写と成長、変化を中心に展開して興味を惹きつけているところだろう。
本作は、努力する過程が描かれている。読み手は、無関心だった主人公が、もう一度作品を書くまでの過程を知り、感情移入していく。主人公にとっての敵対する悪は、無関心となった過去のトラウマの克服である。
遥理央がそうだったように、主人公もまた、自分の存在と勝ちを証明するために創作し、受賞という木病のために戦いに挑む構図をみせてくれているので、読み手は物語に感情移入していくだろう。 最大の魅力は、主人公たちの内面的な葛藤と成長を描かれているところだろう。祐希と遥理央の関係性は、彼らが自分自身と向き合い、自分の人生に価値を見つけるための触媒となっている。
また、遥理央のキャラクターは鮮やかに描かれており、彼女の情熱と才能が物語を引き立てているのもよかった。
欲をいえば、遥理央のことがもう少し詳しく描かれていると、彼女の動機や行動がより理解しやすくなるのではと考える。祐希が遥理央の漫画にどう影響を受け、どのように変わっていくのかをもう少し具体的に描かれていると、より深くなったかもしれない。主人公は漫画は読めていても、読者には漫画は見えていないから。
漫画は小説と違って、お話や見せ方はもちろん大事だけど、絵柄がすべてなところもある。好みの絵であれば内容は楽しめるが、そうでない絵は受け入れられない人もいる。
主人公は、漫画を読む方ではないとしながらも、基本アニメ派であり小説を書いていたので、好きな絵柄もあると思う。
「手元の紙にはざっくりとした構図とストーリーが綴られていた」とある。ネームと下書きな感じだろうか。キャラの絵はどこまで書き込まれていたのかしらん。
「漫画をあまり読まない僕からしても結構面白いと思う。……ただ、とても良いとは言えないのだが」とあるのに、面白いところをいっていない。
ここのコマの絵は面白い、も立派な感想になる。お世辞を言う必要はないけど、いいところもそうでないところも、伝えてあげればいいのに、と思ってしまった。
祐希が再び小説を書き始める決意をした瞬間や、その後の彼の創作活動について触れているけれども、もう少し詳しく描いて、その後の成長と変化を具体的にすると、さらに感情的な共感につながると想像する。
ただ、それほどの熱血というか必死さを、現在の十代の若者がもっているのかと考えると、あるとは思うけれどもアグレッシブさは薄いような気がするので、このくらいの配分がちょうどいい気もする。
児童文学などの賞なら、このくらいの書き込みでいい気がするので、カクヨム甲子園でも適しているのかもしれない。
主人公たちの目標を明らかにし、性格や価値観、過去にどのような行動を取ったか、直面している問題や葛藤を描写されているおかげで、次にどうなるか、主人公が小説を書くのは予想しやすかった。
とはいえ、アイスを一緒に食べて二人で賞を取ろうという流れは、予想外で面白かった。でも、主人公から誘う展開は、これまでの無関心だったときとは一転して変わったことがわかりやすくわかるので、あの場面はよかった。
読後、タイトルを読み直す。
はじめは、固い印象で、どういう内容なのか想像できなかった。読み終わったあとは、なるほどと納得できる。
才能を持つ若者たちが自分自身を証明するために、どのように努力し、困難を乗り越えていくか。それぞれが自分の道を追求し、自分自身を証明するために努力を続ける様子が描かれている。
読者に自分自身の才能を信じ、追求することの大切さを教えているのだろう。少なくとも、カクヨム甲子園には登場人物たちと同じ等に、自分の道を追求し、自己証明のために才能を信じて文字を綴って挑んでいる。
参加していないカクヨムユーザーも、他の小説投稿サイトのユーザも、なにかしら創作しているすべての人達の心に響く内容だと思う。自己実現と友情の物語である本作品は、読者に多くの教訓を与えるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます