遠夏

遠夏

作者 葉羽

https://kakuyomu.jp/works/16818093081536558660


 生まれた妹・花梨に嫉妬した裕也は家族でいった遊園地で迷子となり、ホラーアトラクションに迷い込み、大人になった花梨と出会って家族と妹に対する感情を再評価し、自分の立場を受け入れる話。


 誤字等は気にしない。

 軽いホラー要素のある現代ファンタジー。

 自身の感情と向き合い、成長する過程が興味深い。


 冒頭は三人称、少年の裕也視点で書かれている。本文の主人公は、裕也。一人称、ぼくで書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。

 

 家族とは絡め取り話法、妹とはそれぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の裕也は新たに家族に加わった妹、花梨に対して複雑な感情を抱いている。両親が花梨に多くの注意を払うことに嫉妬し、自分が二番目になったと感じていた。

 ある日、彼は家族と一緒に遊園地に行くも、彼は感情的になり、家族から逃げ出してしまう。遊園地の中で迷子になり、廃病院を利用したホラーアトラクションに迷い込む。

 そこで恐怖と直面し、もう両親に会えないと思うと、涙が出てくる。そんなとき、女の人に声をかけられる。妹より自分を認めてほしくて帰らないという。自分だけを好きでいてほしい、妹は嫌いじゃないけど好きになれないと答えると、「賢い子だって思ったら、意外と子供っぽいんだね」と褒められ、大人っぽいとよく言われると反論すれば、「なんでも決めつけて、そこから次に発展していかない」ところが大人ぽいといわれる。妹は幼いから気にかけているんだよと女の人に言われても、もう大きくなったと言い返す。でも「きみより大きくなることはきっとないよ」といい返される。

 名前を名乗って聞くと、教えるとはいってないと女の人はいう。

 重い扉の前まできて、元いた場所へ帰れると教えてくれた。また会えるか訪ねると、「……会うよ。必ず」背後から聞こえながらドアを開けた。彼女は名前を名乗るも、ドアが閉まった。

 歳月が流れ、兄としての立場を受け入れた裕也。

 妹は母に似て高い身長、日にあたると赤くなる家系のため肌は白く、あくどい笑顔が得意で性格は悪いけれど憎めない女子高生となっていた。短く髪を切ってからは、毎日楽しそうにしている。漫画を借り、ズカズカ遠慮なく入ってきた妹に、スカートにサイズシールが付いていることを伝えると、「もっと早く言ってよ!」ブチギレながら部屋を出ていく。いまの妹に似た人と昔会った気がすると思っていると、スマホに届いたメッセージには『今度、みんなで遊園地行かない? 昔よく行ったところ。ほら、あのお化け屋敷が有名な』と書かれてあった。

 

 暑さはなりを潜め、晴れ渡った空に覗く暗い月の謎と、主人公に訪れる様々な出来事の謎が、どのように関わり、どんな結末となるのか興味が惹かれる。

 冒頭の導入部分は、客観的に描くために三人称で書かれている。本編は主人公の一人称、ラストの結末は一人称であるが、客観的視点からのまとめとして書かれた、カメラワークの使い方がされていて、読ませ方が上手い。

 遠景で、「茹だるような暑さはなりを潜め、晴れ渡った空からは暗い月が覗いている」と、季節や時間を描き、近景では少年がどこにいるのか、どんな遊園地なのかを描き、心情で少年が入っていったのが本物の廃病院を利用した異次元ホラーアトラクションであり、読み手により深く共感するよう書かれている。

「暗い月」「ぼんやりと浮かぶ赤い光」「ひとりぼっちの遊園地」これらの表現から、すでに主人公は非日常の世界へと入り込んでいることを示している。

 そんな現在の様子を見せてから、本編では、妹が生まれる前、産まれた後、遊園地の出来事という順にえがかれていく。

 読み手を読み進めさせていく書き方が、すばらしい。


 主人公は両親に大切にされていたが、妹が生まれて、一番大事にされなくなり、かわいそうに思える。また、そんな妹に嫉妬し、両親と喧嘩するなど、人間味を感じる。こうした、兄妹間でおきる感情をうまく描いているところに、共感する。


 長い文章にならないよう、コマ家に改行し、長くても五行くらいにまでとどめている。地の文の間に会話を挟み、ときに口語的。

「パパは料理も片付けも洗濯も掃除も、なぁんにもできない。なぁんにもできないのに、ママは妹のせいで家にはいない」ここの表現は、主人公の感情がよくでている。

 本編の主人公は、まだ幼い子供、「ママ、宿題わかんない」とあるので小学生かもしれない。

 少なくとも、ホラーアトラクションでの会話を見ると、かなり自分の意見を語っているので、小学生くらいなのかと思う。

「ぼく」をひらがなにし、オノマトペをつかったり、難しい表現を避けている。

 詩的で感情的な文体。細部へ注意し、感情的な描写を通じて、幼い主人公の内面的な葛藤をうまく描いている。現在形の表現から、主人公の経験を追体験できる。


 五感の描写では、視覚、聴覚、触覚を使って、読者に物語の世界を体験させているところがいい。また、「ぼくの大好きな唐揚げだって、パパが作るとべちゃべちゃしておいしくない」と触感を用いながら、おいしくない感じを追体験させているところもいい。

 遊園地の暗闇、赤い光、冷たい風、男の声、女の人の触れる手など、五感を通じて描かれる場面は強烈な印象、怖さを想起させられる。


 主人公の弱みは、彼が自分の感情を理解し、適切に表現することができないこと。

 彼は妹に対する嫉妬と、両親に対する愛情との間で揺れ動いている。彼は自分が二番目になったと感じ、その感情をどう扱うべきかが理解できていない。だから、嫉妬したり喧嘩したり、迷子になって面白くも怖いドラマとなっている。

 子供は、自分を一番に考え、いいこともするけれども悪いこともする。けっして、天使な存在ではない。「つまり、二人の好きなものはぼくの敵ってことになるんだ」大人が驚くようなことを言うときだってあるし、行動もする。そうした子供らしさが、実にうまく描かれているから、物語に感情移入できるのだろう。

 また、大きくなり女子高生になった妹の、口と素行の悪さは、実にリアル。とくに家の中、兄妹間のやりとりは生々しさを感じる。

 タグシールをとり忘れて着たことのある人は、妹の行動や発言に共感してしまうだろう。

 取らなかった自分が悪いし恥ずかしいけど、自分のせいにすると傷つくのは自分。だから、「はっ⁈ もっと早く言ってよ!」と他人のせいにする。とくに、妹はこういう言い方をよく使う。妹がいる人、あるいは妹である人は、身に覚えがあるのではと考える。

 こういう現実味のある書き方を、最後に描いていることで、非現実から日常に帰ってきたと感じられて、うまい表現だと思う。


 読後、タイトルを読みながら、主人公は幾つなのかと考える。

 また、主人公が妹に対して抱く複雑な感情を、もう少し具体的なエピソードを通じて描かれると、より深みが増したかもしれない。

 個人的には、主人公も両親のすることに参加して一緒に妹を可愛がれば良かったのでは、と考える。

 それが出来ないほど、主人公は子供だったのだろう。でも、「ぼく、大人っぽいってよく言われるんだから」とあるので、妹の世話を一緒にしても良かったのではと邪推してしまう。

 主人公が小学生だとすれば、妹とは五歳くらい離れている。そのくらいなら、ここまで嫉妬しないかもしれない。もっと年齢が近いのかしらん。

 ホラーアトラクションで出会った女性は、成長した妹だろう。

 ただ、出会った女性とラストの女子高生の妹の感じが上手く重ならない。ひょっとすると、二歳だった妹は、兄が両親との関係について理解していて、兄が自身の感情と向き合い理解する手助けをするために、異次元と化した廃病院の力を借りて大人の姿になっていたのかもしれない。


 最後の、スマホに届いたメッセージは誰からかしらん。

 おそらく家族の誰か、あるいは友人からのもので、過去によく訪れた遊園地への再訪を提案しただけかもしれない。主人公は過去の出来事を乗り越え、家族との新たな絆を築く準備ができたことを示しているのだろう。だけど具体的な送信者はわからないので、読者の想像に委ねられているのだろう。

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