ミウラ・シミラ

ミウラ・シミラ

作者 筆入優

https://kakuyomu.jp/works/16817330668634281853


 愛を喪失した入日曇は、虐待されているロボット少女、三浦霞を助け、霞のバグにより、二人の契約が成立していことが判明し、これからも一緒に過ごすことになる話。


 SFと恋愛もの。

 現代の恋愛観を取り入れているようにも思えた。


 主人公は、入日曇。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 

 女性神話と、絡み取り話法の中心軌道に沿って書かれている。

 大して発熱しないカイロの何十倍も高価だが、皮膚も人間と遜色ない触感で、女性ロボットなら妊娠出産も可能となった。AIに乗っ取られると喧伝していたが、ロボットが出産できるまでに科学技術を発展させ少子高齢化が進んだ日本は、ついに一線を越えた。「二十五歳までに恋人を作れなかった人間は恋人代わりのロボットを買うことができる」ロボット制度が制定されて五年が経過した世界。

 主人公の入日曇は、ロボット研究をしている元恋人の藤崎と別れた後も寂しさを紛らわすために、彼女の体温を求め続けている。ある日、街を歩いていると、虐待されているロボットの少女、三浦霞を見つけ、彼女を助ける。

 霞を自宅に連れて帰り、彼女の傷を治療しようとするが、ロボットと人間の関係に関する法律や社会の制約に悩む。曇は自分の行動が自己中心的であることを自覚しつつも、霞を助けることで過去の後悔を晴らそうとする。

 その後、曇と霞は徐々に心を通わせるが、霞は過去の虐待の影響で怯えたままである。曇は藤崎と再会し、霞との関係について相談するが、藤崎からは曖昧な答えしか得られない。霞は自分の存在意義に悩み、千原の元に戻るべきかと考えるが、曇は彼女を引き留める。

 ある日、警察とロボット研究者が曇の家を訪れ、霞を連れ戻そうとするが、霞のバグによって二人の契約が成立していることが判明し、警察は退散。曇と霞は再び二人きりになり、これからも一緒にいることを決意する。


 人間の体温は、安価なカイロに似ているという謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どんな可赤和英を持っていて、どういう結末を迎えるのか興味を惹かれる。

 書き出しから、主人公の性格や考えが伺え知れるのが特徴的で面白い。

 遠景で、人間の体温を「安価なカイロ」に例え、近景で、体温が「寂しさとか虚しさとかを紛らわしてくれる」と述べることで物理的な感覚が精神的な状態にどのように影響を与えるかを示し、心情で「もう少し医療が発展すれば、人間の体温で精神疾患に効く薬が作れそうだ」と思いつつ、彼女である藤崎のぬくもりを全身で受けて寂しさを紛らわしていく。

 人間の体温が、感情や人間関係、さらなる可能性を深めることで読者に強い共感を引き出すとともに、これからはじまる物語を暗示させている。

 実際に、暇や寒さ、ひもじさに襲われると、人間はネガティブな発想をし、ろくなことを考えなくなる。だから温かみを求めるのは、生者には自然なことだろう。


 主人公は、高校の時から付き合っていた藤崎と三年前に別れて、一人寂しい状態にある。もう愛していないが、付き合っていた頃のように抱き合うのは、二人ともぬくもりを忘れられずにいるところや、捨てられたロボットを拾うところに人間味を感じ、共感する。


 主人公の感情がリアルで、登場人物の感情が丁寧。ロボットと人間の関係を通じて、深いテーマに触れている点も魅力的。とくに、曇と霞の関係が徐々に変化していく過程が自然で、引き込まれる。

 文章は、九行くらい続くこともあるが、全体的に見れば五行くらいで改行し、動作で示す書き方がなされているのもいい。

 長く続かないよう会話を挟んだり、句読点を入れて一文を短くしたり、口語的な表現や、短文と長文をリズムよく使って感情を揺さぶるように書いている。会話文には、登場人物の性格を感じられるよう、うまく描かれている。

 カイロやソラニンなどの比喩が効果的に使われているところや、藤崎や霞との対話が多く、キャラクターの関係性が描かれているのも特徴。

 シンプルで読みやすい文体。主人公の内面の葛藤や感情が詳細に描かれ、会話が多く、キャラクターの感情が伝わりやすい。

 ロボットと人間の関係を描くことで、社会問題や倫理観を反映しているところもいい。また、曇の内面描写が豊富で、彼の葛藤や成長が感じられる。

  五感の描写は多く、臨場感があってよかった

 落ち葉の色、街路樹、霞の紫色の痣、霞の白い首筋やCDラックの描写など、視覚的な描写が豊富で情景が頭に浮かびやすい。

 聴覚的な刺激では、エアコンの稼働音、藤崎の囁き声、怒鳴り声、着信音、霞の掠れる声や、CDプレイヤーから流れる音楽の描写が効果的に使われている。

 触覚的な刺激は、体温、カイロの温かさ、マフラーの感触、足裏の痛み、曇が霞の温かさを感じるシーンや肩に手を回すシーンが印象的。

 嗅覚的刺激では、藤崎の部屋の香水の匂い、暖房と混ざり合う香りの描写がある。

 味覚の描写は少ないが、ソラニン(じゃがいもの芽の毒)の話が出てきたり、コーヒーの冷たさが虚しさと結びつけられている点がユニーク。


 主人公の弱みとしては、過去の恋愛の未練や、自己中心的な行動に対する自覚。虐待している男に立ち向かうことに対する恐怖もある。また、霞を助けることで過去の後悔を晴らそうとする姿勢も、彼の弱さを表している。

 大本にあるのは愛の喪失、藤崎と別れた後の寂しさ。愛情を感じることができないから、体温を求めるだけの存在になっている。

 こうした弱みは、読者の中にも見つけられるものであり、これらの弱さを乗り越えていく姿が、面白いドラマとなっている。


 藤崎や霞のキャラクターの背景や内面をもう少し深掘りしていたら、彼女らの行動や感情がより理解しやすくなるのではと考える。また主人公の過去の恋愛描写がもう少し具体的だと、現在の行動や感情に、より説得力がでたかもしれない。

 それでも全体的には、感情や五感描写がよく書かれていて、テーマも深く魅力ある作品だった。


 主人公の性格や価値観、過去の行動や、直面している問題や葛藤などの描写から、主人公がとる行動が予測しやすく、バッドエンドと思わせる。だから、予想外の展開である霞のストレスによるバグは、読み手に興奮と驚きを与えてくれている。

 この展開はいいですね。


 読後、主人公の、「体温を交わすだけの、あるいは交わすための関係だ。それが互いにゆるいしあわせだと認められるのなら、それで良いと僕は思う。歪んでいたとしても、愛が欠けていたとしても、ハッピーエンドなら、それでいい」というのは、現代の恋愛観を反映しているのかもしれないと考えた。ベタベタもドロドロもしすぎず、あっさりしているかもしれないけれど、二人がそれでいいなら、それで良しとする。

 だから、リアルをうまく切り取ってSFという物語にうまく落とし込めていると思う。

 タイトルが変わっていて、なんだろうと思わせてくれたのも良かった。霞の三浦という名字と、ロボット第一号を開発したシミラー社から来ているのだろう。

 

 作中で「ソラニン」が出てくる。

 ソラニンは、東京で夢を追いかける芽衣子と種田というカップルを中心に展開する、若者の夢や挫折、喪失感、再生を描いた映画。

 芽衣子とフリーターの種田は交際六年目のカップルで、同じアパートで同棲している。しかし、仕事の形態が異なるため、すれ違いがちな生活を送っていた。芽衣子は仕事にやりがいを見出せず、思い切って会社を辞める。その後、種田のバンド演奏を見に行き、大学時代のサークル仲間たちと再会。

 芽衣子の言葉に触発された種田は、バイトを辞めて音楽と真剣に向き合う決意をします。しかし、自作のCDをレコード会社に送ったところ、グラビアアイドルのバックバンドとしてのお誘いが返ってくる。この厳しい現実に直面した種田はやる気を失い、芽衣子に別れを告げ、種田は行方不明となり、芽衣子は彼が作った「ソラニン」という曲を見つける。

 連絡のなかった種田から突然電話があり、芽衣子とよりを戻し、働きながらバンド活動を続ける決意を伝えるも、種田はバイクの交通事故で亡くなってしまう。種田の父親が訪ねてきて、「種田のことを忘れないでほしい」と芽衣子に伝える。芽衣子は、種田のバンド仲間たちと共にライブハウスで種田の遺作「ソラニン」を披露し、彼女が過去の思い出を大切にしながらも、前を向いて生きていく決意を示すというもの。


 また、「ソラニン」はASIAN KUNG-FU GENERAIIONによって歌われた楽曲で、失恋や過去への後悔、新しい人生への一歩を踏み出す決意など、青春期の複雑な感情を表現している。「さよなら」という言葉が繰り返し使われており、別れの痛みと同時に前に進む勇気を示している。


 歌は、本作品の作品世界ともマッチしていると思う。

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