おくりもの

おくりもの

作者 醍醐潤

https://kakuyomu.jp/works/16818093080789556147


 主人公は祖母と一緒に西武大津店へ行き、祖父のプレゼントを探していると祖父と出会い、二人の結婚記念日だと知り、互いにプレゼントを持っているのを発見。二〇二〇年八月、開業四十四周年の西武大津店が閉店を迎えた話。

 

 現代ドラマ。

 西武大津店を舞台に、家族の絆と愛情を描いた素敵な作品。

 すばらしい。

 こういう作品も書くのかと、そこに驚かされた。


 主人公は、滋賀県滋賀里に住んでいる草津市の高校に通う女子高生。一人称、わたしで書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来、に準じて書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 二月第三水曜日の夕方。草津市にある高校から帰宅した主人公は制服のままこたつに寝転び、録画していた月9ドラマを見ていると、祖母から土曜日、西武大津店へ行きたいと誘われる。

 二月十三日の土曜日、祖母は主人公に何も教えずデパートへ連れて行く。

 最寄り駅の滋賀里駅から、浜大津方面の石山寺行きの京阪電車に乗り、京阪膳所駅で降車。石坂線の駅前踏切を越え、「ときめき坂」と呼ばれるなだらかな坂道を琵琶湖方面に向かって歩く。市立小学校の前を通り過ぎ、少しすると、旧東海道とぶつかる。におの浜二丁目の大きな交差点を渡り切ったところで西武大津店の建物をみる。テラスをひな壇状に作り、その両端は何本もの螺旋階段が設置されたデザインの建物。正面出入口から入店。先にお昼を食べようと七階のレストラン街にある、よく家族で来ていたレストラン「CASA」に入る。

 なにしにデパートに来たのか訪ねると、祖母は祖父へのプレゼントを探していること、四十年目の結婚記念日であることが明らかになる。若い頃は男前で、毎年プレゼントを買ってきてくれる。四十年間一回も欠かさずに。もらいっぱなし。持っている財布も五年前にもらったという。知らなかったと驚く主人公。シャイなところがあるので、みんなが寝静まった夜に、こっそり『いつも、ありがとう。君と結婚してよかった』と毎年言ってくれると笑う。

 なにを買えばいいかわからないという祖母に、早くってくれたらと言うも、おしゃべりだからお母さんに話すでしょと言われてしまう。

 祖母は陳列棚中央に置かれていた、黒色でワインレッドのリボンが入っている中折れ帽を手に取る。主人公も後押しし、プレゼントが決まった。会計を済ませると、祖母はまるで子どものような笑顔を浮かべた。

 祖母にねだってロフトの限定コスメを買ってもらった後、わたしたちは三時間あまりを過ごした西武大津を去る。ときめき坂を上がり、まもなく京阪膳所駅に着こうかという時、偶然にも祖父を見かける。そっと近づき声をかけ、祖父も西武で買った祖母へのプレゼント、バラのブーケをもっていた。更に新しいマグカップを贈る。

 驚かされてしまった祖母は目に涙を浮かべている。祖父は、愛する人の喜ぶ姿を見ることができ、照れくさそうな笑顔になった。

 見つめ合う二人の姿をみながら、結婚したらこんな夫婦になりたいと思い、憧れ、この光景を一生、何があっても忘れることはないと思うのだった。

 あれから十年後。「誰かの幸せをお手伝いする仕事がしたい」祖母と西武に買い物に行った日以来、ずっと抱き続けてきた想いから大学卒業後、ブライダル業界に就職した。現在、ウエディングプランナーとして、幸せに満ちた空間を創るために日々頑張っている。

 郊外型ショッピングモールの勢力の拡大や京阪神商圏への顧客流出などが重なり、業績は低迷。地方百貨店を取り巻く経営環境の荒波に抗えず二〇一九年十月十日に、二〇二〇年の八月一杯で西武大津店の閉店することが公表された。

 開業四十四周年を迎えた西武大津店の最後の日、祖父と祖母と一緒に最後の瞬間に立ち合おうと、主人公は夕方から現地に足を運ぶ。七階で開催された「44年のあゆみ展」などをみんなで巡った。午後八時。一階南出入り口に姿を見せた店長は、店前に集まった多くの人たちに対し、深くお辞儀をした。あちこちから飛び交った声援。ゆっくりと、シャッターが下ろされる。帰り、電車を待つホームで、昨年一月に結婚した夫が「疲れてない? 大丈夫?」と声を掛ける。「大丈夫。ただ……少し寂しいなって、思ってるだけ」視線の先で、祖父母の姿を捉える。いくつになっても、愛し合う二人。

 踏切の警報機が鳴り目映いライトを照らしながら、電車がホームに入ってくるとき、ポコッと動いたお腹に優しく手を当てるのだった。


 ⅠCカードリーダーに「ICOKA」をかざした瞬間、踏切の警報器が騒ぎ始める謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末を迎えるのかに興味が注がれる。


 書き出しにアイテムを登場させることで、無駄なく物語の舞台がどこかを示してくれているところが良い。

 遠景で、「SUIKA」がでてくるので、物語の舞台が関西だとすぐわかる。近景で「小さなプラットホームの先、ライトグリーンとダークグリーンに塗り分けられた電車が見える」と描かれ、京阪電鉄というのがすぐに……わからずとも、電車が来たので駅のホームで電車を待っているのがわかり、心情で、「『おばあちゃん、電車来たで』わたしは券売機で切符を買っている祖母へ呼びかけた。しかし、その姿はここからはちょうど死角で見えない」と繋がていく。主人公は、祖母と二人で何処かに出かけるんだな、と動きで示し、伝わってくる。

 カメラをよっていくように、少しずつ見せていく書き出しは、読み手に興味をもたせてくれる。実にいい。


 主人公は、女子高生である。

 祖母のことを気遣うこともできて人間味を感じる。それでいて、祖母から週末の予定を聞かれても、部活の練習もなければ友達の誘いもなく、予定が何も無い。バレンタインデーが近いというのに。なんだか寂しくも悲しく感じる。

 こういったところに、読み手は共感するだろう。


 長い文にしないよう、なるべく五行くらいで改行し、間に会話文や主人公の心情を挟み、一文を長くしすぎないよう句読点をいれている。そうでないところもあるけれど。

 ときに口語的。会話も自然で、セリフからも登場人物の性格を感じるし、方言が使われていて土地感をうまく感じさせている。

 五感の描写は、主人公が電車に乗るシーンやデパートを歩くシーンなど、視覚的な描写が豊かに用いられている。登場人物の動きで示し、現実にある場所の通りや建物などの情景や風景の描写をわかりやすく描かれているのがいい。

 また、主人公の内面的な感情や思考も詳細に描かれており、主人公の視点を通じて物語を体験できるところがよかった。


 伏線も、さりげなく生かされている。愛用している深緑の長財布や、色褪せたマグカップなど。

 描き方もいい。祖父のプレゼントでもらったものと明かされるときも、どうしてデパートに来たのか、四十周年の結婚記念日でもらいっぱなしではという目的を論理的に説明し、祖父がどんな人だったのか、結婚してからの思い出、プレゼントをかかざすくれることを話し、五年前の結婚記念日にもらった財布だと価値を見せ、シャイな性格だと感情を打ち明ける。

 この流れだから、主人公は祖母の話を聞けるし、祖母の顔に祖父から注がれた愛情を感じることができるのだ。


 なにを買ったらいいかわからない、といいながら帽子を選んだのは祖母である。主人公は「めっちゃ、おしゃれやん!」と言っただけである。

 でも、これでいい。

 人に相談を持ちかけるとき、八割は答えが決まっているという。

 わからないといいながら、祖母には四十年も一緒にいる祖父の好みがなんとなくわかっている。背中を後押ししてくれる存在を、孫である主人公にお願いして、連れてきたのだ。

 

 主人公の弱みは、祖母からのサプライズをすぐに理解できないこと。デパートになにしに来たのかわからず、前半は受け身な感じであった。でも、目的を訪ねることでドラマチックに展開され、主人公の人間味を更に感じさせていくことになる。

 察しの良い性格だったら、こうはいかなかっただろう。

 

 登場人物の目標を明らかになり、性格や価値観、過去にどのような行動を取ったか、直面している問題や葛藤を描写されることで、どんな行動を取るのかは予測しやすく書かれている。

 とくに物語の結末、西武大津店が閉店することは予測可能なため、祖父母の話は大津店での思い出話と予想されてしまうので、予想を裏切る展開が大切だった気もする。

 西武大津店が出てきたとき、二〇二一年に短編「ありがとう西武大津店」で第二十回「女による女のためのR―18文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞し、二〇二三年、同作を含む初の単行本で二〇二四年に第三十九回坪田譲治文学賞と本屋大賞を受賞した『成瀬は天下を取りにいく』が真っ先に浮かんだ。

 本作品と内容は関係ないけど、タイムリーではあると思った。

 それが、どういう影響を及ぼすかはわからない。

 祖母がなぜデパートに行きたいのか、もう少し隠してサプライズ要素を強化しても良かったのではと考える。

 祖父がプレゼントを買うのも想像でき、バラのブーケのあとのマグカップは、良かったと思う。

 結婚して夫がいて、身籠っているのがわかるラストも良かった。

 終わるものもあれば、生まれくるものもある。家族の絆や愛情、思い出は、次の代に引き継がれていくことを感じさせる終わりは、読後がよかった。

 祖母が祖父へのプレゼントを選ぶ場面や、祖父が祖母へのプレゼントを持っていることを発見するところは、二人の愛情が感じられ、心温まる。


 読後、タイトルをみながら、おくりものに満ちた作品だと思えた。

 祖父が祖母に結婚記念日を贈り続けたこと、その品物を売っている西武大津店は、多くの人たちのおくりものを届ける手伝いをし、主人公もまた、幸せのおくりものをするブライダル業界へ就職し、家族の大切さや日常の小さな幸せを、次へとおくられていく。

 物語の舞台となるデパートや電車などの日常的な場面の描写も、物語のリアリティを高めていてよかった。


 感想を書くにあたって、閉店最終日を迎える百貨店に行ってきた。

 本作の主人公のように、百貨店内を多く利用した日々を思い出す。スイーツコーナーで祝いのケーキを買い、出産祝いや贈り物など購入もした。館内は最後の別れを惜しむかのように、たくさんのお客が訪れ、列を成し、賑わっていた。どの階でもセールを行い、地下食品売り場の棚の半分は、すでに商品はなく、一階のスイーツコーナーも似たような感じになっていた。最上階の飲食店フロアでは、商店街とともに存在してきた百貨店の歴史が、当時の写真とともに展示されていた。

 本作の主人公は、「夕方から現地に足を運んだ」とあるので、食事をしてから西武大津店に足を運んだのかもしれない。「午後八時。一階南出入り口に姿を見せた店長は、店前に集まった多くの人たちに対し、深くお辞儀をした」とあるので買い物はせず、百貨店の歩みを見て、最後のお別れに立ち会ったのだ。

 慣れ親しんだ場所がなくなるのは、実に寂しい。

 その寂しさに耐えられるだけのものを、主人公はすでに手に入れている。

 そして、次につながっていく。

 そう感じられるラストは実に良く、素晴らしいと思えた。

 ミステリーが得意かと思っていたので、こんな作品をかけるとは、ただただ感服した。

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