月下美人

月下美人

作者 明松 夏

https://kakuyomu.jp/works/16818093082527178639


 花粉症の高橋は、本好きの黒髪の女子が気になっている。ほんの返却を手伝ったきっかけで仲良くなるも、担任のことが好きだと気付いて雨の中を走って帰る話、

 

 現代ドラマ。

 感情豊かで読みやすい。

 月下美人の美しさが、読後に残る。


 主人公は、花粉症に悩まされる高校生の高橋。一人称、僕・私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。恋愛ものなので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の順に沿って書かれている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の高橋は、花粉症に悩まされる高校生。春と秋が嫌いで、クラスメイトのゆうきにからかわれながらも、日常を過ごしている。

 斜め前の黒髪の女子は、担任の先生を見ていて笑わないことに気付いていた。

 ある日の放課後、図書室へむかう黒髪の女子と出会う。図書委員だったため本を返す手伝いをすることをきっかけに、彼女との交流じ、読書にのめり込むようになる。やがて彼女の笑顔を見たいと願うが、ある雨の日、彼女が担任と話しているのを見てショックを受ける。そのとき花が咲くのをみた。彼女の笑顔を思い出しては泣きながら、主人公は雨の中を駆けていく。


 好き嫌いの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末を迎えるのか気になる。

 なんだろうと思わせる書き出しがよかった。

 遠景で、すき、きらい、と花占いをしていて、近景で「あっ」と最後の一枚がひらりと舞うのを描き、心情で言い終わらせまいとするように主人公の指の間をぬけていったと、語っている。

 この冒頭で、これからはじまる物語を暗示していて、不穏な感じが出ている。片思いの好きな人の好きを引けなかった。つまり、この恋は実らないのだろうと感じるところで、かわいそうに思える。

 しかもその花は「公園の花壇でくたりとしおれかけていたあの花。白だったかピンクだったか」と、覇気もなければ記憶にすら残らない。主人公は、相手に意識も見向きもされていないのではと思えるところもまた、可哀想で可愛そうで。さらに、花粉症なのだ。

 友達のゆうきの言葉から、クラスみんなに笑われ、ボックスティッシュで鼻を噛む。重ね重ね哀れな感じに共感してしまう。

 そんな主人公には、気になる女の子がいる。「……今日も笑ってくれなかったなぁ」渾身のギャグを披露しても、彼女だけ笑ってくれない。主人公の片思いの相手は彼女なんだろうなと思えてくる。


 文章は長くなく、こまめに改行がされている。一文も句読点を使って読みやすくしている。

 主人公の内面描写が豊富、軽妙な会話と内省的なモノローグが交互に描かれる。日常の些細な出来事を丁寧に描写し、キャラクターの個性がよく表れている会話は自然で、ときに口語的。短文と長文を組み合わせて主人公の感情の揺れ動きを細かく表現しているのが特徴。

 五感を使った描写が豊富で、情景をイメージしやすい。視覚的な刺激は豊富で、教室の電気に照らされる天使の輪、白くて陶器のような肌、黒髪の艶など。聴覚はくしゃみの音、クラスメイトの笑い声、鈴のような彼女の声など、音の描写が効果的に描かれている。

 触覚では、腹に衝撃が走るシーンや、雨に濡れる感覚など。嗅覚としては、花粉症のシーンでの鼻水や涙の描写がある。

 情景描写で、主人公の心情を表現しているところある。

 

 主人公の弱みは、花粉症に悩まされること。彼女の気持ちがわからないこと。自分の感情をうまく伝えられないこと。

 片思いの彼女を、月下美人に喩えていることを考えると、花粉症に悩まされているというのは隠喩で、まさに彼女が気になって仕方ないのだ。ふざけてみても、彼女は担任をみているばかりで笑ってもくれない。なにを考えているかわからない。でも、本をよく読んでいることを知って、図書委員だからと接点が持てて、本好きとともに彼女のことを好きになっていく。

 だけど、うまく伝えられない。

 そもそも、クラスでふざけていたのは、自分の感情を他人に伝えられない証拠なのだろう。


 読書と彼女にのめり込んでいくまでは予想がつくも、雨の日に見た光景で、担任の先生が好きなことに気づいてしまう展開は、予見できる「単調な声で朝の連絡をする担任を横目に、斜め前の黒髪をじいっと見つめていた」とはいえ、驚かされる。しかも雨が降る中、傘を持っていないにも関わらず、飛び出して濡れていくのだ。


 ちなみに、本作は最初から最後まで、主人公が変化し続けているのが凄い。

 花占いをしているとき、「幼い僕の指の間をくぐり抜けてさらっていく」と、主人公は幼いのかと思わえる書き方がされている。

 ここでは、幼い子かな、と読者に思わせている。

「そんなものだ、高校生って」

 はじめて、主人公が高校生だとわかる。

 彼女と話し、「好きな本の話や好きな作家さんの話」にあわせて、おすすめの本を何冊も買い、「おかげで漫画ばかりだった自室の本棚が、小説で埋まってしまうくらい」と、彼女と読書にのめり込んでいうのを表現し、担任をみる彼女の表情から好きなんだと気付いてしまう。

「パシャパシャ濡れるローファーは気にもとめず、スカートを揺らしながら雨の中を駆けていく」ここで、主人公がようやく女性だとわかる。ここでも驚かされる。

「頬が濡れる。きっと雨だ。雨に違いない。そうだ、全部雨のせいなんだ」と涙を雨のせいにしてからの、「僕は──私は、あの時花が咲くのを見た」失恋を経験したことで、大人になったような成長した表現がされている。

 物語冒頭と比較すると、短期間で少年(少女)が大人になっていく変化を感じられる表現で書かれているのが、凄いなと思う。

 もう少し、変化が緩やかなほうが、共感しやすいのではと考えるけれど、冒頭の主人公の好きは、恋愛の好きというよりは仲良くなりたいなと言う感じだったのかもしれない。


 さらに、担任の先生に恋している彼女の表現として、月下美人が用いられている。主人公だけでなく、彼女もまた変化している。

「蛍光灯に照らされ、笑顔を見せる。月の下で一度だけ咲く美しい花。きっとそれは私だけの淡い白の花」

 担任の先生の名前に「月」が入っているかもしれない。

 彼女のキャラクターについて、もう少し背景や内面を掘り下げて書かれていると、物語に深みが増すのではと考える。


「月下美人は、一年に一度しか咲かない」とか「新月の夜にしか咲かない」と言われるが、 条件さえ良ければ、年三回~四回咲く。 つぼみが複数ついている株の場合、生育状況によって、一~二日咲く時期がずれることはよくあるのだけれども、そういう野暮なことは言ってはいけない。

 一つの花として咲くとき、やはり年に一度しか咲かないのだ。

 月下美人の花言葉は、「危険な快楽」。月下美人の花の姿と香りによって、虜になってしまう様子にちなんでいる。彼女はまさに、担任に虜になっているのだろう。


 読後、月下美人の美しさが残る。

 主人公にとって彼女は、はじめての恋だったに違いない。

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