君の音
君の音
作者 沙月雨
https://kakuyomu.jp/works/16818093078288624906
「可哀想」と同情されるのに嫌気がさす小児慢性特定疾病の律は、幼馴染の美音の歌声に合わせて引くピアノが好きだった。事故でなくなった彼女を思い、彼女の声こそが世界で一番きれいな音だったとピアノを弾く話。
文章の書きはじめはひとマス下げるなど気にしない。
現代ドラマ。
悲しくも美しい話だった。
主人公は律。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。涙を誘う型、苦しい状況→更に苦しい状況→願望→少し明るくなる→駄目になるに準じている。
男性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。
幼稚園の時に触れて感動し、ピアノが好きになった主人公は、母を説得し、ピアノ教室に通わせてもらい、数年してピアノコンクールで大きな賞を獲った。
美音の歌声は神の声といわれ、歌のソリストとして様々なコンクールを総なめにしてきた。コンクール会場で出会い、親友になった。
小学六年の冬、国からの指定難病、小児慢性特定疾病の一つを患った。余命が短いため、周囲から「可哀想」と同情されることが多く、嫌気がさしていく。
病院にやってきた美音は、ピアノがあるところへ連れて行き、「もし貴方のことを誰かが『可哀想』と言うのなら、私はそれを聞こえないように歌うから」とピアノを催促する。「それでいつか、『可哀想』こんな音じゃなくて――律が本当に綺麗だと思う音を、聞かせてね」二人は音楽を楽しんだ。「律が引いてるピアノが、私大好きでね、それに合わせて私が歌うのが、もっと好き!」彼女の隣でずっとピアノを引いていたいと思いながら、三年間続いた。
しかし、美音が十六のとき交通事故で亡くなり、律は彼女の死を受け入れられずにいた。彼は美音のために、彼女が好きだったピアノの曲を弾き、彼女の声を思い出す。『律が本当に綺麗だと思う音を、いつか聞かせてね』彼女と一緒に引いたピアノよりも、彼女の声こそが世界で一番きれいな音。そう思いながらピアノを奏で、彼女の存在を感じ続けるのだった。
『可哀想』という言葉がずっと嫌いだった謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どのように関わり合いを見せながら、どんな結末に至るのかが気になる。
書き出しは、主人公の独白ではじまる
遠景で可哀想という言葉が嫌いだと示し、近景で、いつ誰にどうされたのかを描き、心情で、小学校の時に患った病気のせいだと幼心にわかっていると語られている。
幼くして重い病気に罹り、まさに可愛そうな状況にある。かわいそうと言われることが嫌だとするところに人間味を感じる。そんな彼にはピアノの才能がある。そんな特別な存在に、読み手は共感していく。
長い文にならないよう改行され、行間をあけ、一文も長くならないよう句読点を使い、長文と短文でリズムを取って感情を揺さぶる書き方をしている。会話文が多く、登場人物同士の関係性や感情のやり取りがリアルに感じられる。
ときに口語的で読みやすく、感情豊かで、内面的な葛藤や感情の動きを丁寧に描写しているところがいい。過去と現在を行き来する構成で、主人公の成長や変化が描かれているのもいい。
五感の描写が豊か。視覚の指摘では、病院の布団のシミ一つない様子や、埃が舞うピアノの蓋など、細かい視覚的描写が豊富。
聴覚では、ピアノの音色や美音の歌声、病院の静けさなど、音に関する描写は多い。触覚では、ピアノの鍵盤に触れる感覚や握りしめた拳の感触など、触覚的な描写もある
主人公の弱みは、病気による身体的制約と、それに伴う周囲からの同情や偏見。幼馴染の美音の死による精神的なショックと喪失感。
これらの弱みに対して、主人公はどう受け止め、どう乗り越えていくのかに、ドラマが描かれていく。
可哀想と同情されることに対して、美音の存在が救いとなっている。主人公だけでは克服できなかった。
そして、彼女が亡くなり、その悲しみと喪失感からは、彼女からもらった思い出と彼自身の才能を発揮して乗り越えようとしている。
導入で、可愛そうだと同情されるのが嫌で、幼馴染の美音もなくなったことが書かれているので、彼女がなくなり悲しむのは予測しやすかった。
ピアノを引きながら、ともに過ごした日々を思い出し、彼女と語る展開の中で、『律が本当に綺麗だと思う音を、いつか聞かせてね』
「これが、僕が世界で一番綺麗だと思う音だから」としながら、「…………ごめん。さっき、君に二つ目の嘘をついたんだ」という展開には驚かされる。だから、主人公が世界で一番きれいな音だと思っているのは彼女の歌声だったと語って終わるラストは、より深く胸に届く。
本作は、感情の描写が丁寧で、主人公の気持ちに共感しやすいところが良かった。音楽を通じて描かれる主人公と幼馴染の絆も感動的。彼女はなくなってしまったし、おそらく主人公も、そう遠くないうちに亡くなってしまうから、悲しいんだけども。
情景をよく感じられるよう情景描写をもっとして、さらに味覚や嗅覚の描写も使い、主人公の内面的な葛藤をもう少し掘り下げたら、より深みが増すかもしれない。
読後タイトルをみたとき、主人公の奏でるピアノに寄り添うように彼女の歌声が聞こえてくるような気がした。
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