心変わり

埴輪

心変わり

 今日は選挙の日だ。


 僕はどんな選挙でも、誰に投票するかを悩んだことはない。


 両親が〇〇党員だからだ。


 その点について異論はないが、選挙の日は必ず投票に行かなけれないけないのが、面倒ではあった。いや、本当に。


 ただ、習慣とは不思議なもので、一人暮らしをするようになり、面倒なら投票に行ったと嘘をつけば良いことに気づいた今も……どうせ、僕の一票があろうとなかろうと、何も変わらないのだから……、僕は投票を続けていた。


 それでも、面倒ごとには違いないので、さっさと済ませてしまいたい僕は、開場の時間に合わせて家を出る。


 今日は日曜日だ。


 明日からは心の支えもないままに、五日間を働き抜かねばならないのだから、選挙なんてものにかかずらっている場合ではないのだ。


 玄関を出たところで、郵便受けから飛び出ている選挙公報が目に入った。

 

 そろそろ捨てておかねば……僕は選挙公報に手を伸ばす。


「毎週金曜日はおやつの日!」


 そんな一文が目に入り、僕はゴミ箱に捨てたばかりの選挙公報を手に取った。


 それは、とある泡沫候補者の公約だった。


 日々忙しく働いている国民の皆様に、ささやかながら感謝の気持ちをと、毎週金曜日をおやつの日とし、公金でおやつを支給するというのだ。

 

 くだらない、と思った。


 そんなことに公金を使うのなら、減税した方がよっぽどマシだろう。


 そんなことがわからなくても、金さえあれば出馬できるのが選挙だと思うと、世の中金なんだということを、否が応でも実感してしまう。


 だが、実際に金曜日におやつを貰えるようになったら……どうだろう。


 おやつと言っても、今川焼や大判焼きといった上等なものではなく、小分けされたパックに入った、賞味期限間近な廃棄品が利用されるのが関の山だろう。


 配布方法についても、大いに検討の余地がある。


 自宅に郵送では輸送費も馬鹿にならないから、職場ごとに一括納品、空き会議室にでも陳列し、ご自由にお持ちくださいとでも張り紙をしておけなよいだろうか。


 早い者勝ちだと人気のおやつの取り合いが生じる可能性があるし、かといって、おやつが一種類では面白みにも欠ける……僕はそんなことを考えながら投票所に向かい、記名し、投票を済ませ、帰宅した。


 その夜、いつも通りかかってきた電話で、僕は両親に嘘をついた。


 ──それから。


 僕は毎週のおやつを心の支えに、日々忙しく働いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心変わり 埴輪 @haniwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ