戦士の誓い

月丘ちひろ

戦士の誓い

 ある世界の村にギルと呼ばれる青年がいた。


 彼は勇者と共に魔王を倒した戦士で、魔王討伐後は故郷の村を守り、暮らしていた。


 屈強な肉体と卓越した剣技、冷静な判断力。


 討伐前のギルは村人達から同情の眼差しを向けられたが、討伐後は羨望の眼差しを向けられた。


 男性からは頼れる兄貴分として尊敬され、若い娘からは熱を帯びた眼差しを向けられた。


 だけどギルの心は満たされなかった。

 

 魔王を討伐して帰ってきた時に、ギルの想い人は別の男の物になっていたからだ。魔物の討伐から返った日に二人が抱き合う姿を目の当たりにしたから間違いなかった。


 ギルは自分が戦士であることを悔いた。戦士でさえいなければ彼女の側に寄り添うことができたからだ。


 だが自分が戦わなければ村民は魔王軍の奴隷に堕ち、陵辱される未来が待っていた。


 討伐を果たした後もギルはそれを確信できた。

 自分だけが村の運命を変える力を持っていた。


 使命と幸福であれば使命を選ぶのが戦士。

 ギルはその宿命を受け止めるしかなかった。


 だからギルは魔王討伐後も村を守り続けた。

 使命が終わることを密かに願っていた。


 だけど神は彼に新たな使命を与えたのである。


        ☆


 ある冬のことだった。

 この年の村は豪雪に覆われていた。


 だがギルの先見の明もあり、村は備蓄を多く用意することができた。豪雪に閉ざされた村人全員を救うには十分な食料と暖があった。


 それなのに、この村を恐ろしい病が襲った。


 人間の体が獣のように変貌する病だった。

 この病にかかった者は理性を蝕まれ、人に危害を加えようになる。そして病が被害者に伝染する。


 治療方法は見つからず、高名な医者を呼ぼうにも村は氷に閉ざされ出られない。


 このままでは村は壊滅する。


 ギルは残酷な使命を引き受けた。

 病の感染者を処分することにしたのだ。


 病を治す名目で無人の小屋に感染者を連れ、持ち前の剣技を振るう。自分を敬ってくれた男達を、自分を慕ってくれた娘達を手に掛ける旅にギルの心は擦り切れていく。家族・友人・恋人を処分された村人の顔を見ることもできなくなる。


 その時点で村を守る戦士の誇りを失っていた。


 だがギルは確かに村人を救っていた。

 そんなギルを直接責める人もいなかった。

 感染者は急速に減少し、最後の一人となった。


 ギルの想い人だった。

 彼女の頭部が変型し、角のような凹凸がある。

 体全体が変型しているわけではない。

 神経が圧迫され激痛に苦しめられている。


 それなのに彼女はギルを見て笑った。


「やっと二人きりになれて嬉しいな」

「夫を差し置いてそんなこと言っていいのか?」


 すると彼女は頬を膨らませた。


「アイツ、私を平然と捨たの。病気が移るとかなんとか。散々私に好き勝手したくせに」


「お前が汚された話を聞くと惨めになる」


「どうして?」


「旅が終わったらお前を娶るつもりだったから」


 彼女は苦笑した。


「過去、魔王を討伐に選ばれた人間は全員魔王軍に殺害された。ギルが帰ってくるなんて思わないよ。それにアイツ地位も金もあったからどっちにしてもアイツを選んでた」


「俺が旅に出なくても、お前の夫に見下される運命だったわけだ」


「でも最後はギルの勝ちだよ。地位もお金も手に入れて。可愛い女の子に言い寄られてた」


「お前に言い寄よられたかった」


「私も言い寄りたかったけどできなかった」


「それはどうして?」


「うちの夫がギルに嫉妬して私を放さなかった」


「お前の夫が悔しがる姿を見たかったな」


「だからこういう形でもギルの側にいられるのが嬉しいって言いたかったの」


「都合のいい奴だ。俺の心はグチャグチャだよ」


「ギルは真面目過ぎ。もっと勝手にしてよ」


「俺には難題だな」


「天国でやりたい放題した話を聞かせて」


「できない」


「できる。そういうギルになれば、あの世で私に負い目を感じずにもらってくれるでしょ?」


 そのとき、ギルの想い人の体が変型する。

 ギルが旅で散々見た魔物の姿だった。


「……お前を人間のまま死なせたかった」

「あの世でもらってくれるなら今は許す」


 ギルは深くため息をつき、剣を構えた。

 ギルは剣を想い人に振り下ろした。


 こうして村から病が駆逐された。

 ギルは亡くなった者達を追悼し冬を越した。


 雪溶けの季節になった頃、ギルは村の若い娘を三人娶ったという。ギルは娘達とその子孫のために金を使い、彼女達を幸せにした。やがて村はギルの力で町にまで発展していく。


 そんなギルの家には魔物の角が家宝として納められているという。 

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