第11話 幻のデザイナー
「百瀬先輩おはようございます…って、寝不足ですか?」
「あぁ、うん。実は家で衣装作ってて。」
「えっ、持ち帰り仕事ですか?」
「ううん、プライベートで。」
昨日はあれから、結局たくさんの布を持って帰宅し、そのままパターンを引いて衣装の製作を初めてしまったのだった。デザインが素晴らしいのもあって、作るのが楽しくてついつい手が止まらなくなってしまい、気がつけば朝方。
我ながら好きなことに集中すると、時間を忘れて没頭してしまう癖をどうにかせねば、と毎回思っているのだが、性分なのだろう。どうにもならない。
私の言葉に綿谷さんは目を丸くして驚いている。
「仕事でも嫌になるくらい衣装作ってるのに、さらに家でも洋裁するなんて…。百瀬先輩すごいですね。本当に洋裁好きですね。パタンナーの鏡ですよ。私は家だと針も糸も持ちたくないのに。」
「いや、そういうわけでもないんだけど…あ、綿谷さんコーヒー飲む?入れようか?」
「いえいえ!私が入れますよ!先輩は座っていてください。」
綿谷さんは勢いよく立ち上がり給湯室へ向かっていった。
私は、ふあぁぁとあくびをすると、自分の席についた。
そして鞄からあのデザイン画を出す。
うん、見れば見るほど素敵なデザインだ。あの老紳士一体何者なんだろう。
「ん?桃子。そのデザインどうしたの?」
「あ、先輩。おはようございます。先日はありがとうございました。」
私は立ち上がって先輩の方へ向くと、深々と頭を下げた。
「いや、私は何もしてないよ。桃子と綿谷さんがしっかり仕事を仕上げてくれたおかげじゃないの。」
先輩は手をひらひらとさせた。
「で、そのデザインはどうしたの?うちで請け負っている仕事じゃないよね?」
「はい。ちょっとプライベートで一着衣装を作っていまして。」
「あんたプライベートまで裁縫って。よくやるわ。」
「さっき綿谷さんにも似たようなこと言われました。」
あはは、と眉をハの字にして笑う。
「ま、公私混同するとしんどいこともあるから、気をつけなさいよ。」
「気をつけます。」
先輩は、じーっと私の手元にあるデザイン画に視線を落とす。
「ん?そのデザイン画ちょっと見せてもらっていい?」
「はい、どうぞ。」
デザイン画を渡すと、先輩はまじまじとデザインを見つめ、それから目を丸くして驚いた。
「ちょっと、桃子。このデザイン!」
「キャッ!」
いきなり大声を出してものだから、丁度タイミングよくコーヒーを入れてきた綿谷さんの肩が跳ねた。
「ああ、ごめん。」
「綿谷さん大丈夫?火傷してない?」
「大丈夫です、ギリギリこぼれませんでした!」
幸いなことにコーヒーは溢れず、綿谷さんの手元のトレイに収まっていた。
私はホッと胸を撫で下ろすと先輩に向き直った。
「先輩、急に大声出してどうしたんですか。」
「ごめんごめん。このデザインの右下に入ってるサイン。私の記憶が正しければ、幻のデザイナーのものなんだけど。」
「幻のデザイナー?」
「うん。昔に活躍した人で、でも表舞台で活躍していた期間はすっごく短いの。名前はなんだったかなー忘れちゃったんだけど、この特徴的なサインには見覚えがあるんだよね。」
幻のデザイナー?あの老紳士が?
「何かの間違いじゃないですか?これ手芸店のおじいさんからお借りしているものですよ?」
確かに見た目は英国紳士って感じだし、デザイナーと言われればそう見えなくもないが、幻のデザイナーかと言われれば…どうだろう?
「うーん、私の勘違いかな?そのデザイナーのサインにそっくりなんだけど。」
「たまたま似ているだけでは?」
「サインが人と被るってそんなにないと思うけれど。」
「そうですかね。」
プルルルル
その時、職場の電話が鳴った。
先輩が電話をとったので、この話はここでおしまいになった。
「幻のデザインか…。」
まさかね、なんて思いながら私はデザイン画を鞄にしまい、仕事に取り掛かるのだった。
大道芸×パタンナー【社会人百合】 茶葉まこと @to_371
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