第10話 我が家のスーパースター

「桃子さん。そういえばサイズってどうしたらいいですか?SMLとかで答えたらいいですか?」

「できれば採寸できれば1番ですね。」

「じゃあ、場所は…。」


冨貴さんはたくさんの生地を抱えたままキョロキョロと辺りを見渡した。


「うちに来ますか?ここから割と近いんですよ。」


冨貴さんの家!?

待って待って。いきなりすぎやしませんか。


「どうしたんですか?そんな驚いた顔をして。」

「い、いえ。いきなり家に上がって良いものかと…。」

「私は大歓迎ですよ。あ、一人暮らしなのでご安心を。厳密には一人と一羽ですかねえ。」

「一羽?」


ってことは鳥を飼っているのかな?


「ええ、一羽です。うちで飼ってるヨウムです。」

「ヨウム?オウムじゃなくてですか?」

「はい。ヨウムです。賢くておしゃべりが上手なんですよ。あ、桃子さん鳥は大丈夫ですか?」


私はコクンと頷くと、冨貴さんは良かった、と形の良い唇で弧を描いた。


「じゃあ、行きましょう。」

「ご迷惑じゃないんですか?」

「むしろ大歓迎ですよ。」

「ではお言葉に甘えて。」


冨貴さんの家。

つまり大道芸をやってらっしゃって、なおかつ新情報の鳥まで飼っているとは…興味深い。

私はちょっぴりワクワクしながら冨貴さんの家にお邪魔することにした。


「じゃーん!ここが私の家です。」


冨貴さんに案内され着いた先は、マンションだった。


「素敵なところですね。」

「ありがとう。さあ、どうぞどうぞ。」


促されるままに入ると、そこにはグレーの変わった鳥がいた。


「ただいまー!カスケード。」

「オカエリオカエリ!」


カスケードというのは鳥の名前だろうか。

いや、それよりもこの鳥…ヨウムって言ったっけ。

日本語うますぎない!?今すごく流暢なお帰りが聞こえたんだけど。


「桃子さん紹介するね。この子が我が家のスーパースターのヨウムです。名前はカスケード。」


冨貴さんは鳥籠からヨウムを取り出すと、私に見せてくれた。

ヨウムは器用に冨貴さんの腕を止まり木のようにホールドしている。



「カッコイイお名前ですね。」

「ジャグリングの基本技の名前なんですよ。」

「そうなんですね。」


なるほど。


「あの、すっごくおしゃべり上手なんですね。」

「ヨウム自体がかなり賢い鳥だからねー。声色まで真似してくることもありますよ。歌も歌うし、結構、いや、かなり喋る。」


ねー、と冨貴さんがカスケードに笑いかけると、カスケードは首を上下に振った。まるでヘドバンだ。


「オキャクサン、モモコチャン、カワイイー!」


え、私の名前知ってるの?


「モモコチャンー、カワイーネ。」


カスケードは私の顔を覗き込むようにしてじーっと見つめると、再び頭を振った。そして今度は口笛のような音を出し何かを歌い出している。


「あ、ちょっと、カスケード!」


冨貴さんの顔を見ると、彼女は顔を真っ赤にしている。


「冨貴さん?」

「えっと、その、桃子さんすみません。この子私の話相手で、いつも話聞いてもらってるんです。それで桃子さんの名前覚えてしまったようで…。」


ってことは冨貴さんはお家でも私の話をしてるってこと?

どんな話をしているんだろう。


「キョウモ、アエタ!ウレシイネ、ウレシイネ。カッコイイトコロ、ミセルゾー!」


冨貴さんは慌ててカスケードの嘴を摘もうとしたが、カスケードはひょいとかわして、冨貴さんの手の甲をつついた。


「痛っ!こら!」


「ヤーイヤーイ!ココマデオイデー!」


カスケードは翼を広げて飛び立ち、カーテンレールに留まった。

翼を広げるとなかなかに大きな鳥だ。


「カスケード!」


冨貴さんにしては珍しく顔を赤くして声を荒げている。

カスケードはそれが面白いと言わんばかりにまた口笛を吹きだした。


冨貴さんがジャグリングのボールを構える。


「カスケード、今すぐ鳥籠に戻ろうか。じゃないとこのボールをぶつけるよ。言っておくけど、私コントロールめちゃくちゃ良いからね?」


カスケードは一瞬怯んだが、すぐに何かを思いついたのか再び翼を広げて、私めがけて飛んできた。


「は!?ひゃっ!」


私は思いっきり目を瞑った。

すると瞬間、肩にトンっと軽い衝撃が来た。


そう、カスケードは私の肩に乗ったのだ。


私はゆっくり目を開け、肩を見る。


「モモコチャン、タスケテ?」


可愛らしく小首を傾げて私を上目遣いで見つめてくるカスケード。

あ、あざとい。


「ごめんね、桃子さん!ほら、カスケードこっちへおいで。」

「良いですよ。その、カスケードさん?ちゃん?可愛いですし。ボールはぶつけないであげてくださいね。」


冨貴さんはボールを持っていた手を下げた。


「大丈夫ですよ。彼女に対してボールを投げたこともぶつけたことも実際ないので。おどしです。」


彼女、つまりこのカスケードはメスなのかな。

私はカスケードに話しかけてみた。


「カスケードちゃん、私これから採寸しなきゃ行けないから、退いてもらっても大丈夫ですか?」


カスケードは私をじっと見つめると、パタパタと飛んで、自分で鳥籠へ帰って行った。


「すごく賢いですね。」

「賢い…まあ、確かに賢いですね。まあ、多分いうことをすぐ聞いてくれるあたり、桃子さんのこと気に入ったんだと思いますよ。」

「そうだと嬉しいですね。」

「そうに決まってますよ。だからまたカスケードに会いに遊びにきてくださいね。さて、採寸しましょうか。メジャー取ってくるので待っていてください。」


冨貴さんが奥の部屋へ向かった。

私はカスケードをじっと見ると、彼女は私をじっとみて、嘴を開いた。


「モットイッショニイタイナー!」

「なっ!」


「桃子さんメジャーありましたよ。ってあれ?どうしたんですか?」

「いえ、なんでもありません。」


私は冨貴さんからメジャーを受け取ると、採寸を始めた。


「それでは採寸を始めますね。」

「はい。どうぞ。あ、服は脱がなくて大丈夫ですか?」

「冨貴さん薄着なので大丈夫ですよ。腕ちょっとあげてもらって良いですか。」


スッスと手際よく採寸をしていく。

あまりにも慣れた手際のためか、冨貴さんが話しかけた。


「慣れていますね。」

「仕事柄よく採寸しますからね。」

「人の採寸って緊張したりしないんですか?」

「どちらかといえば採寸される側の方が緊張なさってることが多いですね。よし、これで大丈夫です。」


私は採寸結果をメモする。


「桃子さんありがとうございます。」

「こちらこそ。ありがとうございます。」

「お茶用意するから、待ってください。」

「ありがとうございます。」


それからお茶を飲んで、お菓子を食べて私と冨貴さんは他愛のない会話をした。


「それにしても採寸して衣装を作ってもらえるなんて、なんだかすごく有名なパフォーマーになった気分ですよ。」

「公園で練習しているときの人の集まり具合をみていると、冨貴さんもうすでに有名パフォーマーのように見えますよ。」

「そんなことないですよ。まだまだです。でも桃子さんの作ってくれた衣装をきてパフォーマンスしたら有名パフォーマーの仲間入りを果たしてしまうかもしれませんね。」


あはは、と笑う冨貴さん。


「そうなったら、そのうち全国ツアーなんて開催しちゃうかもしれません。桃子さんも私の専属衣装さんとしてついてきてくださいね。全国の美味しいものと一緒に食べて回って、観光もしちゃいましょう!」


「冨貴さん夢が広がりすぎですよ。私の衣装にそこまでの力はないですよ。」

「それはどうでしょう?夢は大きくといいますし。」


まるで子どものように無邪気に笑う冨貴さん。

なんだか夢のまた夢だけれど、ちょっと実現したら面白そうだなって私も想像して笑ってしまった。


「じゃあ、そんな冨貴さんの夢が実現するように頑張って衣装作りますね。」

「楽しみにしています。あ、でも無理はしないでくださいね。桃子さんのペースで進めてください。で、何かあれば、いいえ何もなくても連絡してくださいね。駆けつけます。」

「ありがとうございます。」


帰ったらすぐに衣装制作に着手しよう。

なんだか今はいつも以上にやる気が出ている。


そう思いながら私は冨貴さんとの時間を過ごしたのだった。

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