第9話 生地屋

「ここです。」


冨貴さんに案内されること15分。

路地裏にその小さな手芸店はあった。おとぎ話に出てくるような洋風で小さなお店。ドールハウスを彷彿とさせる。


「営業してるといいんだけど。」


冨貴さんはドアに手をかけて、ゆっくりと引く。

ドアはかちゃりと音を立てて開いた。


「良かった。今日は営業しているみたいです。」


冨貴さんはドアを開けて中へ入る。

私もそれに続いて店の中に入った。


「わあ、すごい。」


驚いた。店の中に並べられている生地は一目で分かるくらいどれもいい品だ。

そして棚に並べられているボタンやレースは大手手芸店では見かけないものばかり。まるで海外のアンティークショップだ。


私は生地を一つ手に取った。

滑らかな肌触り、織り方もとても綺麗。


あれもこれも気になって、まるで初めてテーマパークにきた子供のように年甲斐もなくはしゃいでしまった。


「すごい!すごいです!」

「ふふっ、気に入ってもらえて良かったです。」

「元気なお嬢さん方だね。」


振り向くとそこにいたのは冨貴さんと、もう一人。

メガネをかけた老人がいた。

彼はシャツにベスト、杖をついており、その姿はまるで海外の紳士だ。


「わ、うるさかったですよね。すみません。」


私はペコッと頭を下げると、紳士は首を横に振った。


「いや、うちの商品を気に入ってもらえたみたいで僕も嬉しいよ。」


「良かったですね、桃子さん。」


ニッコリ笑う冨貴さん。


「ああ、君は大道芸の。久しぶりだね。僕は最近足が悪くてなかなか見に行けてなくてね。元気に続けているのかい?」

「ええ、あの頃より上達していますよ。足の調子が良くなったらぜひ見に来てください。」

「ああ、約束するよ。」


紳士と冨貴さんは握手をした。


「ところで君がうちの店に来るのは随分久しぶりだけど、君は裁縫をするんだっけ?前は苦手って言っていたような気がするのだが。」

「私は相変わらず苦手ですよ。でも今日一緒に来ている彼女は裁縫が得意なんです。今日は私の衣装のアイディアをもらうために付き合ってもらっているんですよ。」


私は紳士に頭を下げた。

彼は、そうか、と微笑みながら頷いた。


「君は裁縫が好きかい?」

「え、あ。はい。好きです。」


私が返事をすると、紳士は微笑んだ。その笑顔は海外の紳士というよりかは、田舎のおじいちゃんのような親近感のある笑顔だった。


「あの、ここで取り扱っている生地も小物もすごく素晴らしいです。私、またお店に伺っても良いですか?」

「もちろんだよ。いつでもおいで。」


良かった。

私も釣られて笑顔になる。


そこへ冨貴さんが私の肩をポンと叩いた。


「桃子さん。良いアイディアは浮かびそうですか?ちなみに私はまだ思い浮かばないんだけど、ほら、ここにある水色のちょっと透けてる生地なんて何かに使えそうかなーなんて思ったりしてるんですが。どうですか?」


オーガンジーの生地を手に取って広げる冨貴さん。

確かに。これはクラゲのイメージにピッタリだ。


「確かに。ひらひらふわふわしているので、向いているかもしれません。これを、ベストの裾とかにつけたり…あ、燕尾服のツバメ部分にしても良いかもしれません。冨貴さん身長もありますし、きっと似合います。それにオーガンジーだけじゃなくて、ジョーゼットや、アーバンツイルも使って、いや、光沢もいるなら部分的にはブライダルサテンのような素材も組み込むのも悪くない。伸縮性を求めるなら、ズボンや袖の素材に2wayニットを使用しても良いかも。だとしたら、レジロンの糸も買い足して…。って。」


しまった。喋りすぎた。

これじゃ、オタクが専門分野になった途端に急に早口で喋り出すアレじゃないか。


「ふふっ桃子さん楽しそう。本当にお洋服作るのがお好きなんですね。」

「い、いえ、これは仕事柄といいますかなんといいますか…。」

「好きじゃないとそこまでポンポンアイディア浮かびませんよ。いつか桃子さんにフルオーダーしてみたいです。」

「私デザインは専門外なので…。」

「今の話の様子だとデザインもお好きそうな感じするんですけどねえ。」

「全然!そんなことないので。」


私が手をバタバタさせて答えていると、紳士が声をかけた。


「お嬢さん。僕から一つお願いをしたいことがあるんだけど、良いかな?」

「なんでしょう?」

「うちの生地を使って、この子の衣装を作ってあげてくれないかな?生地代は大幅にまけておくよ。」

「え。」

「君たちのやりとりを聞いていたら、うちの生地を使ってどんな衣装ができるのか興味が湧いてきてね。僕の店の生地を使った衣装を来て大道芸を披露しているのを見てみたいと思ったんだよ。」


紳士のお願いに私は目をぱちくりとさせた。


私が、冨貴さんの衣装を一から作る?

いやいやいや、待って待って。そんな急に言われても。私は慌てて冨貴さんの顔を見ると、彼女は手をポンと合わせた。


「ナイスアイディアですね!私もぜひ桃子さんにお願いしたいです。あ、でもお仕事の都合とか考えたら難しいですかね?大変そうならやっぱり既製品の改造を…。」


既製品の改造。確かにそれは一見簡単そうに見えるが、実はバランスなどを考慮した場合、一から作った方が簡単だったという場合もある。


だからって一から作るなら、デザインも描く必要がある。

デザインさえあれば、服として形にするのは職業柄可能だ。


デザイン、私にできるのか。そして仕事しながら冨貴さんの本番までに衣装を作り上げることができるのか。自分の想像力と納期。


私は腕を組んで、うーんと唸った。


「あらら、困らせちゃいました。」

「いや、僕も急な申し出をしたからね。ごめんねお嬢さん。」


二人揃って私に申し訳なさそう頭を下げた。


「わー!頭を下げないでください!自分のデザイン能力と納期的にできそうなのか考えてたところなので。」


「あ、じゃあ、前向きに考えてくれているんですね。嬉しいです。」


ワーオ、冨貴さんとってもプラス思考。


「デザインで迷っているなら、参考になりそうなものを何点か貸し出そう。」


紳士はそういうと、店の奥から古いノートを取り出した。


「いろんなデザインがあるから参考にすると良い。昔僕が描いたものだよ。」

「ありがとうございます。」


ノートをパラパラとめくると私には思いつかない数々のデザインが描かれていた。特に、サーカスをイメージしたような衣装は、冨貴さんのイメージにピッタリだ。


「このデザイン、色を青系にすれば今回の冨貴さんのイメージに沿ったものが出来上がるかも…。」

「どれどれ?あ!本当です!動きやすそうですし、可愛いですし、ポップな感じがいいですね。それにこのズボンのふわっとしている感じはクラゲっぽさもありますね。」


このデザインを形にしてみたい


直感そう思った。


そして心がワクワクしてきた。

デザインが素晴らしいからだろか。


「あの、この衣装作ってみたいです。」

「え、いいんですか。桃子さん。」

「時間は確保します。」

「私も裁縫苦手ですけど手伝わせてください!」


冨貴さんに頷いてから、

私は紳士に向き直った。


「このデザイン、色だけ変更して衣装として作っても構いませんか?」

「大歓迎だよ。」



紳士の心良い了承を得て、私はデザインに合った生地を選び始めた。

思ったよりたくさんの生地を選んでしまい、値段にヒヤヒヤしたが、彼は本当に大幅にまけて…というか、まけてくれた上におまけのボタンやリボンや小物まで用意してくれた。ありがたい。


「あ、桃子さん。支払いは当然私がしますからね!そのお財布しまってくださいね。」

「あ、でも私結構何でもかんでも生地選んじゃったので。」

「大丈夫ですよ。」


冨貴さんはそう答えると、紳士に支払いをしてくれた。

彼女は、「わー!本当にこの値段でいいんですかー!これは大道芸で大技を決めないといけませんね!」なんて紳士と楽しそうに会話している。



「楽しみにしているよ。お嬢さん方。」

「ありがとうございます。完成したら見せにきます!」


私たちは深々と頭を下げて店を後にした。


「素敵な生地がいっぱいで楽しみですね!」

「すみません。冨貴さん。私が持ちますよ。」

「だーめ。お願いしてるのは私なんですから。私に持たせてください。」


冨貴さん大道芸グッズを肩から下げて、さらに袋に入ったたくさんの生地を抱えている。


「でも重いですよ!絶対重いです!私普段から生地持ち運ぶ時に重すぎて腕がやばいですもん。」

「大丈夫ですよー。私結構力持ちなので。このまま桃子さんをおんぶできそうです。」

「そんなわけないですよ。」

「試してみます?」

「試しません。やっぱりその袋私が持ちます。」


私が手を伸ばすと、冨貴さんはひょいと交わした。

そして器用に袋を片手に持ち直すと、空いた手で大道芸グッズが入っている鞄に手を入れた。


そして彼女はボールを3つ取ると私に渡した。


「じゃあ、このボールを運んでください。一つ100グラム弱あるので、なかなか重いですよー?桃子さん持てそうですか?」


私はボールを受け取る。確かにずっしりしている。


「これくらいは持てますよ。」

「良かった。じゃあ、よろしくお願いします。」


そう笑うと、冨貴さんは再び両手で生地の入った袋を持ち直して歩き出した。

私はボール3つを自分の鞄に入れると、冨貴さんの隣を歩いた。

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