彼らの事情

千織

マッチングアプリでの出会い

 田舎で、性的な関係だけのパートナーを見つけるのは難しい。

 僕は、マッチングアプリを使っているが、結婚のためじゃない。セフレを作るためだ。可愛い男の子がいい。いじめたいわけじゃない。単に好みの話だ。


 登録している利用者たちの写真を見ると、みんな男らしい。当たり前か。相手が県外でも仕方ない。僕を理解してくれる優しくて可愛い男の子なんて滅多にいないのだから。


 一人、黒髪で儚げな顔をした20代の男の子を見つけた。自己紹介に「コミュ障です」と書いてある。構わない。言葉のコミュニケーションなんて、疲れるだけだ。


 メッセージを送ると、すぐ返事が返ってきた。礼儀正しい感じで、好感が持てた。


 こちらの情報は全て、アカウントのトップページに書いてある。彼は、それを読んだ上で会うことを承諾してくれた。



 週末、高速を走って二時間。彼のいる隣県の街に着いた。彼のユーザーネームは聖也だ。待ち合わせ場所の飲み屋に先に入って待っていた。


 待ち合わせの時間から五分後。聖也が、半個室のスライド式のドアを開けて入ってきた。真っ黒い髪に白い肌、涼しげな目元。マスクをしていて、黒いTシャツにスキニーパンツを履いていた。



「お待たせしました」


 聖也の声は少年のように美しかった。


「いや、全然待ってないよ。今日、来てくれて、ありがとう」


 僕はもう40を過ぎていた。普通、こんな若い子には相手をされないだろう。だから、聖也がすんなり会ってくれたことが嬉しかった。


 聖也は黒いマスクをとった。小さな鼻と、ピンク色で整った唇が現れた。聖也は化粧をしていた。眉は横一文字で、目元はマスカラにアイラインが引いてある。肌にはファンデーション、唇には薄づきのリップが塗られている。


 いくら美少年好きな僕も、男子の化粧を受け入れたのは最近だ。老いは一年一年やってくる。毛穴が開き、唇はカサつき、急にシミが現れたりする。そんな自尊心が下がるような変化に対し、たかだか化粧で抗えるなら男の子だって化粧をしてもいいだろう……と思い始めたのだ。まあ、聖也の場合、まだまだ素顔で十分だと思うが。



「何を飲みますか?」


「最初からで悪いけど、ワインにしようかな」


「お酒強いんですね」


「いや、逆なの。ビールは美味しいと思ったことないし、カクテルやサワーだと飲みやすいからペースがわからなくて、酔い潰れちゃうんだよね。日本酒やハイボールなんかはもってのほかで。唯一、体調を崩さずに飲めるのがワインなんだ」


「なんかカッコいいですね」


「僕がカッコいいんじゃなくて、ワインがカッコいいんだろうね」


 聖也は、フフ、と笑った。


 聖也はカシスオレンジにして、適当な料理を頼んだ。メニューを持つ指は細くて、爪はちょうどよい長さに切り揃えられていた。ささくれもなく、清潔この上なかった。



「マッチングアプリ、いい人いた?」


「いえ、全然。あ、いい人はいるんでしょうけど、僕と合うような人はいない、って意味で」


「会ってはみたの?」


「いえ。メッセージやってるうちに、僕が嫌になってしまって。きっと僕、人間自体がダメなんでしょうね」



 話しているうちに、飲み物と料理が来た。乾杯をする。聖也は頼んだサラダを取り分け始めた。



「……どうして、僕とは会おうと思ってくれたの?」


「話が早かったから。僕も、恋人がほしい気持ちはゼロじゃないけど、それより先に、エッチがしたかったんです。でもそれは、ヤリ目とか、性欲の発散じゃなくて、体でコミュニケーションをとりたいって意味で……」


「うん、わかるよ。僕も、同じ」



 聖也の綺麗な首筋を見た。聖也の性感帯がどこにあるのか探すのが楽しみだった。



「どれくらい、経験があるの?」


「ないです、一度も」


「本当に? モテそうなのに」


「コミュ障なんで、相手にされなくて。僕、女の子が苦手なんです。強くて怖いから」


「ああ、なんかわかるよ。女子って強いよね」


「だからって、男が好きなわけでもないんです。でもエッチはしたい。エッチできるくらいの人がほしい。恋人だとなんだか暑苦しくて、友達くらいがちょうどいいんですが……」


「わかるよ。だからって、世の中の、セフレや浮気やら不倫みたいなのとは違うんだよね」


「そうなんです。セフレも浮気も不倫も、僕にとってはまだ重いんです。本当に、歯を磨くくらいの感覚でエッチがしたいんです」



 笑ってしまった。こんなに、自分と似た感性の人間がいるとは。



「じゃあ、ここは早々に引き上げで、ホテルに行こっか」


 聖也に気に入ってもらえた”話が早い”はここで使うべきだ。腹が満たされたところで、飲み屋を出た。



♢♢♢



 聖也に、街なかで一番人気のラブホを教えてもらった。金曜日の夜ともあって、安い部屋はもううまっていた。こんなところでケチるつもりはなかったので構わないのだが、この建物のあちこちで営みがあると思うとなんだか心強かった。


 結果的に、明るくて広めの部屋になった。聖也は初めてだし、宿泊なのでいい部屋にして良かったと思った。



「シャワー、浴びた方がいいよね。お先にどうぞ」


「あ、いや、僕は後でいいです。ラブホも初めてなんで、ちょっと色々見たいところもあって……」


「わかった。じゃあ、ゆっくりしてくるね」



 バスルームに入り、服を脱いだ。ドアを開けると、大きなバスタブがついている。二人で入浴できそうだ。シャワーで汗を流し、臭いそうな場所は念入りに洗った。若い頃は、事前のシャワーなんて考えずに勢いで……ということもあったが、中年ともなれば加齢臭が気になる。変なことで聖也に気を遣わせたくなかった。


 時々、こういう場面になると、ここでお金を盗まれて逃げられてたらどうしよう……と思うことがある。お金くらい盗まれてもいいが、人として裏切られるのは辛いな……と、勝手に想像しては胸を痛める。用心深く、スマホ、財布、身分証はバスルームに持ってきているのだが。



 風呂から上がり、用意されていたバスローブを着て出た。聖也はベッドに寝転がり、テレビをつけてアダルト動画を見ていた。



「面白い?」


「そう……ですね。こんなに一生懸命、頑張るのは無理だなって思います」


 思わず吹いた。たしかに、男優はもちろん、女優も一緒懸命感じているように演技をしているのだから、必死に仕事をしていると言える。



「一生懸命にならなくて済むように、自然と気持ち良くなれたらいいね」


 ベッドのふちに腰かけながら言った。聖也は、フフ、と笑った。



「シャワー浴びてきます」


 聖也はそう言って、バスルームに入っていった。無防備に、スマホがベッド脇の棚に置いてある。ますます聖也が可愛く感じられた。



♢♢♢



 聖也もバスローブ姿で出てきた。

 隣に座って来たので、さらに聖也を引き寄せてキスをした。聖也も驚いたり、嫌がる様子もなくキスに応じた。聖也の頭に触れると、艶のある髪の先が少し濡れてる。メイクは落としたようだが、まつげは元から長いし、唇も柔らかかった。頬と頬を合わせると、聖也の瑞々しい肌が吸い付いてきた。


 聖也がこちらのバスローブの紐を解いた。聖也が全部受け身だったら大変だな、と思っていたが、その心配はなさそうだった。


 聖也のバスローブも紐を解き、肩からそっと脱がせた。痩せ過ぎず、丸過ぎず。好みの体のど真ん中だった。



「脱毛してるの?」


「はい、元から毛深いわけじゃないんですが、ひげも、すね毛も胸毛も、僕には絶対似合わないと思うんで、永久脱毛にしました」


「すべすべで気持ちいい……」


 聖也の首筋にキスをしながら、背中や肩をなでる。聖也もこちらの腰に手を回した。そして、聖也をベッドに寝かせた。


 体を舐めてあげると、そんなに気持ち良さそうには見えなかった。



「すみません……やってもらってるのに、反応が悪くて……」


 聖也は焦っているのか、体がこわばっているようだった。



「そんな風に思わなくていいよ。僕たちにとって、初めてなんだし。あ、僕ね、柔らかいうちに触るのが好きなんだ。触っていい?」


 聖也が、はい、と言ったので、聖也のパンツの中に手を入れた。完全に柔らかい状態ではなかったが、むにむにしていて気持ち良かった。徐々に硬くなっていくのも、不思議で面白い。


 ひとしきり弄ぶのを、聖也は待ってくれた。



「大きい方が良かったですか?」


「気にしたことないな。聖也本人みたいに優しいサイズで僕は好きだけど」


 聖也は、またフフと笑った。

 聖也がこちらの首の後ろに手を回した。顔を引き寄せられて、キスをする。まるで言葉を口移ししているように唇が動く。キスにも相性はあるが、聖也は余裕で合格だった。


 聖也の手が、胸元に触れる。



「触り方がわかりません……」


 今度は僕がフフ、と笑った。



「本人の僕にもわからないんだ。第二次性徴が始まって、人並みに胸は大きくなった。大抵の男は、自分が触りたいように触るよ。乳房を揉まれて、気持ち良かったことはないけどね。触る側はいいんだろう。聖也は、どう?」


 聖也は僕の胸を揉んで、少し考えた。



「……液体と固体の間、って感じがします」


「それは、聖也のアソコも同じだよ。人体の不思議だね」



 僕も聖也も完全に服を脱いで、抱き合った。自分が女の体で良かったと思うのはこの時くらいだ。男同士の時のような事前準備やローションはいらない。


 いつもいつも意地を張って、男の心でいるわけではない。女の心でセックスがうまくいくこともある。逆に、男の心じゃないと絶対にセックスできないときもある。聖也との場合、男の自分の方が楽しめそうだった。



 聖也がいよいよ男になる瞬間が来た。さっき会ったばかりなのに感慨深い。もはや、親心だろうか。さっきは男優が一生懸命だと冷めた目で見ていた聖也だが、果たしてどうなるんだろうか。まあ、こちらの事情で、一生懸命になれない場合もあるだろうが……。



♢♢♢



 聖也は、最初に期待していた通り、最後まで可愛かった。今は初体験を済ませて、スヤスヤと眠っている。予定では、チェックアウトしたらお別れだ。聖也のことは気に入ったので、ちょっと寂しかった。



 マッチングアプリの自己紹介には、「心が男で、男性のパートナーを募集しています」とハッキリ書いている。読まずにメッセージをよこす人もたくさんいるので、最初のメッセージは自己紹介のコピペから始まる。


 優しい人なら一言お詫びが入ってフェードアウト。そうでない人なら返信なく終わり。いちいち腹を立てたりはしない。こんな面倒な奴がマチアプにいるのが悪いんだ。



 聖也のにおいを嗅ぎながらまどろんでいると、もう朝になっていて、起床時間を知らせるスマホのタイマーが鳴った。


「聖也、帰る時間になっちゃった」


 聖也の顔をなでて起こした。


「……おはようございます」


「おはよう」


 礼儀正しさに、また心をくすぐられた。


「今日は、何時までこっちにいるんですか?」


「ちょっとだけ、観光をしていこうかなと思って。夕方出発するよ」


「……僕がついていったら、迷惑ですか?」


 聖也が寝起きの目をこすりながら言う。


「……一緒に来てくれるなら、嬉しいよ……。僕は、聖也のことを好きになっちゃったみたいだから」


 聖也のことを、ギュッと抱きしめる。


「僕も……渚さんとは、もっと一緒にいたいなって、思いました」


 聖也は微笑んで言った。



♢♢♢



 聖也の案内で、観光名所を巡った。手を繋いで歩いた。はたからみたらカップルだろう。


「心は男なのに、髪を伸ばしてるんですか?」


「うん。なぜかね、みんなから髪を褒められるんだ。天然の栗色で、艶があって、コシがあって、いい髪らしいんだ。自分じゃよくわからないけど」


「たしかに綺麗ですよ」


「ありがと。なんだか、そう言われているうちに、無駄に惜しくなってね。まあ、女ならこの見た目がいいかな、って。アバターみたいな感じで」


「男のアバターの渚さんとも会ってみたいな」


「男が相手でも良くなったの?」


「そこまで考えてはないですけど、男の渚さんもカッコイイだろうな、って」


 聖也は目を細めて笑った。


「僕にちんこがついてたら、聖也にもまた違った快感を与えられたのに」


「それはちょっと……一気に経験値増え過ぎ……」


 聖也はクスクスと笑った。

 聖也のことは、まだ何も知らない。これから、知っていくんだろうか? いや、もう何も知らないままでいい。自分で自分のことすらわかっていないんだ。

 今、好きな人と幸せな時間を過ごしている。それだけで、僕は十分だった。

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