第6話 だから水道水は飲むな

「このまま5階に行けばいいのか?」

「いえ、最初にも説明しましたがこの病院増築増築で少し面倒な構造になっていていて、良悟さんのいる病棟は1階から行くか4階の連絡通路を通らないといけません」

「その連絡通路、本当に必要だったのか?」

「わかりません、建築家の人とかに聞いてみてください。もしかしたら違法な建築かもしれません」

「えぇ……」

 そんな話をしながら僕達は会議室のある4階を通り抜けもう1つ向こうの建物に移動する。

「で、えーっと……」

 僕が連絡通路を渡り終わってから病院の案内に軽く目を通す。

「静かに、患者さんが起きてしまうかもしれませんよ?」

「4階に患者さん置く? 不吉じゃない?」

 死を連想させるしなんか嫌じゃない? と僕は軽く思ったことを口に出す。

「知りませんよそんなこと。なんか……こう、病状の軽い人とかが居るんじゃないんですか……?」

「じゃあ幸運の4階だ」

「学校の怪談とかとは真反対な気がします」

「でもその代わりに他の階には死の3階とか天国に続く5階とかって言う異名があるかもしれない」

「それはそれで……」

 そんなどうでも良さそうなことを話しながらすっかり気が抜けていた僕達の空気は凍ることになる。

 足音が聞こえて来たのだ、ダダダダダと、とても急いでいる様子の足音、そして上の階からは怒号が響く。

「おいおいおい、急患か?」

「おバカ! そんな訳ないじゃないですか! どう考えても追手でしょ! 身を隠しますよ!」

 そう言って篝ちゃんが僕を引き込んだのは404号室。

 そこは大部屋だったが1人も患者がおらず好都合だった。

「404ってなんか不吉じゃないか?」

「今そんなこと気になります?」

「だってタイムリーじゃん」

「取り合えず息を潜めるとかしてくださいよ!」

 そう言えばそうだった。

 今日……昨日か、1度窮地に陥って、なんだか肝が据わったのか今は全然怖くない。

 もしかしたら篝ちゃんに事情を聞いて、僕を襲う異常事態が少しづつそのメッキを剥がしているからなのかもしれない。

 幽霊の正体も枯れ尾花とわかってしまえば怖くないというし、この肝の据わり方もそういうのの亜種かも。

 そんな事を考えながら空きベッドの1室で2人身を寄せていると外の喧噪がここへ向かって来た。

 誰かがスライドドアを勢いよく開く音。

「ちっ、めんどくせーな」

 そんな声と共にザッとカーテンを触っていく音がする。どうやらベッドの裏までしっかり確認しているようだった。

 足音がもうすぐそこに、僕がその足音に突進する覚悟を決めたその時、閉まり切らないスライドドアをもう一度開く音。

「おい! そんな血の跡もねぇ綺麗な場所に刈谷が居る訳ねぇだろ! 血痕が見つかった! 何とかして外に逃げられると面倒だ! 行くぞ!」

「わかった」

 そう言って僕達の隠れるベッドの裏まであと少しという所でその男は踵を返して行った。

 僕達は喧騒が去って少し経ってからもジッと息を殺した。

「こ、怖かったぁ……今にも見つかってどうにかされてしまうんじゃないかと」

 篝ちゃんがぷはぁと息を吐きながらそんなことを言う。

「なんだ、そこはやっぱり気になってたんだ」

「いえまぁ、中学生とは言え女子ですから」

 中学生や小学生が好きな僕みたいな輩もいるからその認識は危ないよなぁと思いつつもあえて言わないでおく。警戒されると軽率に手を握って貰えなくなるかなと思ったからだ。

「取り合えず、なんだか向こうも異常事態みたいだ。今のうちに良悟も助けてしまおう」

「そうですね、早ければ早いほどよさそうですね」

 僕は404のスライドドアをやっぱり少しだけ開いて廊下の左右を見渡す。気分はスパイ映画の主人公だ。

「人影はない、行こう」

 そうやって僕は自然に篝ちゃんの右手を取る。

「清十郎さんって手をつなぐの好きですよね」

 諦めたように篝ちゃんが言う。

「別にそんなことないよ、ほら、はぐれたら大変だから」

「先導するの私なんですけどね、それにスマートフォンとか操作しにくいですし右手は困ります」

 そう言って篝ちゃんが僕の左手を振り払ってスライドドアを開ける。

「なので、私の左手を貸してあげます。不安症な清十郎さんが可哀そうなので特別です」

「篝ちゃん……」

 なんてちょろいんだ。

 そんな言葉を心の奥深くに沈めて僕は無言で篝ちゃんの左手を右手でしっかりと握った。

「清十郎さんは沢山の人に追いかけられて怖かったんですよね、私がしっかり手を握っていてあげるので安心してくださいね」

 慈愛に満ちた篝ちゃんの顔を見て僕は僕の手を握ってくれた篝ちゃんの意図をなんとなく察した。

 ああ、うん、そんな感じか。

 母性みたいなのくすぐられちゃったか。

 そんな感じで僕達は充分に辺りを警戒しながら問題の5階へと足を踏み入れた。

「すごい……血の量だな、これ、刺された人は生きてるのか?」

「派手に血が飛び散ってますが量自体は、まぁ、そこまでではないので死んではいないと思いますが結構傷は深そうですね」

 リノリウムの廊下に激しく飛び散った血だまりを見ながら僕達は感想を交わしながら進んだ。

「あ、一応血は踏まないように気を付けてくださいね? それを目印に後を付けられると面倒ですので」

「わかってるよ、けど、ちっちゃいのまで避けるのは難しくない?」

「そこは臨機応変にしてくださいよ……」

「おっけー……?」

 そう言って僕はその血の跡をなるべく避けようと床を注視することで1つの違和感に気づいた。

(誰かが階段とは別方向に向かって進んでる……?)

 ふむ、と僕は1つ頷いて、まぁ行ってみるしかないかと足を進めた。

 特に血しぶきが激しい階段前を通り抜けて501号室に辿り着く。

 ここも血が無い訳ではないが階段前と比べると比較的大人しめだった。

 僕はここでも床に注視し、あることを確信した。

(篝ちゃん、僕が先に入る)

(はい?? いきなりどうしました?)

(中に多分、良悟以外に誰か居る)

(……わかりました、では清十郎さんに任せます)

 僕は適当に武器になりそうなボールペンを手に握り、リュックを盾のように構え扉を開く。

 501号室は個室だった。まず手前のトイレのドアを開け、誰も居ないことを確認してからベッドを覆うカーテンを開く。

 するとそこには左腕に大穴を空けた男が1人苦しそうに両手を上げていた。



「あ、清十郎さん、もっときつく縛ってあげてください」

 篝ちゃんがそう言うので僕基準で充分きつく縛ったつもりの包帯をもっときつく縛り直す。

「痛ててて」

「……痛がってるけど?」

 僕はちょっと心配になって篝ちゃんにもう一度問い直す。

「そう言うものです」

 篝ちゃんは良悟に投与する解毒薬の準備をしながら片手間に応える。

 そんな適当さすら感じる対応に僕は釈然としないまま包帯を巻き終える。

「なんか、これでいいらしいです」

「いや、随分楽になったよ」

 そう返す男は刈谷という消防団の男らしかった。

「背中に刺さっているナイフは抜かない方が良さそうですね、折角病院に居ることですし治療してもらってはどうですか?」

 篝ちゃんが良悟に解毒薬を投与し終えたらしく何でもない風にそんなことを言う。

 背中にナイフささって左腕に大穴空いてる人間に向かって投げかけるにしては随分とそっけない。

「ああ、すっかり失念していたよ。ここは病院だったね。でも自分だけ助かる訳にはいかない、僕が狙われた以上他の団員も狙われるているかもしれない。この病院、随分壁が厚いらしい。スマートフォンで連絡も取れなくてね」

「なら館内放送でもお願いしたらいいと思います。その尋常じゃない様子を見たらきっと聞き入れてくれると思いますがね」

 そうなると僕達は態々VIPルームから逃走を図る必要もなくなり万々歳だし、すぐそこのスタッフステーションにでも連れて行けばこの面倒ごとも全部解決するんじゃないかと閃いてしまった。

「確かに、それはいい案かも知れない。刈谷さん、ちょっときついと思いますがスタッフステーションそこまで遠くありませんし頑張れますか?」

「ああ、ありがとう、どうも頭が回らなくてすまない、不審者として君のことを追い回していたのに助けて貰って」

「まぁ、僕達が助かるためでもありますし……ほら、篝ちゃんも行こう」

「え? これ確実に私たちも足止めされるのでは? それは少し面倒ですよ?」

「じゃあスタッフステーションの近くまで僕が肩を貸すだけ、それならいいでしょ?」

「まぁ、それなら……でもこの後の計画に変更はありませんからね?」

「勿論わかってるって」

 そう言って僕達がスライドドアを開けた瞬間クローゼットの扉が少し動いたような気がした。

「あれ、今何か……?」

「どうしました?」

 篝ちゃんが立ち止まった僕に声を掛ける。

「いや、今何かクローゼットが少し動いた気が……」

「なんだ? テメェは後ろに目でも付いてんのか?」

 そう、もう良悟しか居ない筈の病室から再び声がする。

 振り返ると右手に真っ赤な包帯を巻いた男が1人、どこからか現れていた。

「まぁ、声を張り上げる手間が省けたってもんだな。おい、こいつ死んだらお前ら困るんじゃねーか?」

 そいつの右手には月明りを眩しく反射する果物ナイフが1つ。

「取引といこーぜ」



(刈谷の奴がクローゼットの前でへばっちまった時はどうなるかと思ったが、案外どうにかなるもんだ)

 清十郎達が立ち止まったのを確認した銀太は栗原との通話を彼等からの死角になる位置で密かに繋ぐ。

 病院はその特性上建築基準法で特殊建築物に指定されているため壁が普通の建物より分厚く作られている。

 その関係上電波の減衰は甚だしく、通信が不安定になると言うのはそう珍しい話でもない。

 だが、それだと病院内での連絡は取れないことになってしまう。そこで出て来るのが電話回線だ。

 これは病院で多く採用されているPHSからもわかる通り、病院内の通信手段として電話回線を用いるための設備が整えられているためであるが、実はPHSもスマートフォンもその通話に電話回線を使っているのは変わらない。

 つまりスマートフォンの通信自体が不安定であったとしても通話ならば使用できるということなのだ。

 スマートフォンでのメッセージが送信できないことにクローゼット内で気付いた銀太は、一か八か刈谷を押しのけて清十郎たちに奇襲をしかけるよりも通話を繋いで応援を待った方が賢いと考えたのだ。

 そうして今、清十郎たちに取引を持ち掛けると同時に栗原に通話を繋いだ。

 勿論、取引は無理難題を押し付ける。本来の目的は取引などではなく時間稼ぎなのだから。

「この501にお前達が来ると踏んで待ち伏せしてて正解だったぜ、やっぱ良悟先輩が病院に侵入した目的だったんだな? まぁ、クローゼットの前で刈谷がへばっちまったせいで奇襲はできなかったがな」

 銀太はいつもより時間を使って丁寧に喋る。

 相手に違和感を与えすぎないよう、思い浮かべるのは落ち着いたニュースキャスターだ。

「御託はいい、要求はなんだ」

 清十郎が厳しい表情で言った。

「おーおー、威勢がいいなぁ? でもそれ以上近付くなよ? これだけの距離だ、俺はお前が俺に辿り着く前に悠々と良悟先輩の首を掻っ切れるぜ?」

「そんなことはわかってる、要求を言えよ」

「じゃー伝えてやるよ……そうだな、まずは刈谷だな、清十郎、お前が刈谷を殺せ。そんでから、あー篝ちゃんだっけ? その子も縛ってこっちに寄越せ。後はそうだな……お前もなんか元気になってそーだし刈谷殺した後そのナイフで腕切れ。これで良悟先輩の無事は約束してやるよ」

「清十郎さん、どうせハッタリです! 逃げましょう!」

「ハッタリな訳あるかよ? 俺たちはこの殺人も何もかも全部、そこの清十郎におっ被せるだけでいいんだからなぁ! あーでも、それだとお前に旨味が無さ過ぎるか? 清十郎、テメェロリコンなんだろ? どうせだし捕まっちまう前に篝ちゃん喰ってけよ」

「そんな要求は飲めない」

 清十郎が言う。

 銀太としてもそれはそうだろうと思いながら続ける。

「案外冷血漢なんだな、良悟先輩は仮にもお前のために命張ってくれた親友だろうが? あ~あ~、良悟先輩もこんな友達甲斐のない奴のために命賭けたなんて可哀そうだよなぁ」

 銀太はそう言って良悟を見るふりをしながら通話の時間が2分を経過したことを確認する。

 栗原のことだから手柄を1人占めしようと考えているだろうが、それでももうそろそろ501に到着する頃だろう。

 そこで今まで成り行きを見守っていた刈谷が口を出す。

「なぁ、銀太、こんなことはもうやめろ。俺たちは地域の平和を守るために集まったんじゃなかったのか?」

 ナイスアシスト! 銀太は心の中でそんなことを思いながらも、やはり笑みを抑えきれずに少し吹き出しながら返答する。

「地域の平和! そーいうのは……」

 そうやって得意満面に話し出した銀太に違和感を覚えたのか清十郎が呟く。

「……無駄の多い会話、無理な要求、比較的ゆったりとした喋り方……あの発光は……スマートフォンか?」

 すべての要素が結び付いて1つの答えが像をなす

「……時間稼ぎか!」

 そう清十郎が叫んだ瞬間、階段からぬっと現れた栗原が面倒くさそうな顔で言う。

「銀太ぁ~もっとうまくやれよなぁ~気付かれてんじゃんかよぉ」



 もっと早くに気づくべきだった。

 銀太という男の要求はどう考えても飲めたものでは無かったし、心なしか喋る速度もゆったりとしていた気がする。

「テメーがとろくせーのがいけねーんだろ栗原? まぁ、いいんじゃね? 間に合ってるし結果オーライだろ」

 銀太は勝利でも確信したかのようにリラックスし、病室からはまだ見えない応援の栗原に向かってそう声を掛ける。

「篝ちゃん! 刈谷さんをスタッフステーションに! いや、叫べば誰か駆けつけてくれる! 騒ぎにはなるだろうけど今よりマシだ!」

「仕方ありません、緊急事態です。助けてくださーい! 誰か! 助けてください! 501号室です!」

 そう篝ちゃんが叫ぶが、患者はともかく看護師すら駆けつけてくる様子が無い。

「え? 確かに看護師も私たちに敵対している可能性がありましたが全くの無反応は予想外です……」

 そうやって困惑する篝ちゃんに銀太が口を開く。

「まー、刈谷潰して篝ちゃんも犯るってなったらそうなるだろうとは思ってたけど、まさか本当にやっちまうとはな」

「いやいや、夜勤の人数って少ねーし、それに看護師も医者も全然でさぁ、ほんと一捻りだったぜ? あいつら患者のこと診る前に自分のこと病院で診た方がいいんじゃねぇ?」

「あーあ、お前のせいでこの怪我ここで診て貰えなくなっちまったじゃねーか」

 銀太が冗談交じりにそんなことを言った段階でようやく僕も現在の状況を把握することができた。

 コイツ等、今病院に居る職員全員始末してきたんだ。

 目立つとか、目立たないとかそう言う次元じゃない。

 頭のねじが全部外れてやがる。

「病院なんかどこにでもあるだろ? そこらの町医者で診て貰ったらいいじゃねぇかよぉ。それに流石にたったこれっぽっちで全員な訳ねーじゃんかよぉ」

「バーカ、冗談真に受けんなよ」

 その会話に刈谷が激怒する。

「お前ら! それでも人間か!?」

 僕は彼等のあまりに現実味のない会話に怒りすら通り越していたので、その刈谷の人間らしい思考の発露に少し驚くが、他の人達はどうやらそうでもなかったらしい。

 普通に会話が続いていく。

「おーおー、刈谷様はどうやら俺たちのことを人間かどうか疑ってるみたいだぜぇ?」

「優生学の話かなんかですか? そーいうの人種差別って言うんじゃないんですか?」

「クソっ! この調子だと彼が不審者だと言うのもでっち上げなんだな?」

「え? 不審者は不審者でしょ、そーいう情報が入ってきてるのは事実なんですから。変なこと言わないでくださいよ」

「あー、あれだぁ。そう、こんだけの事件流石に不審者君1人でやったとなると辻褄合わせが難しいし、刈谷含む消防団8名も暴走したとかにしようぜ、ほら、出動記録とか弄ってさぁ、罪全部おっ被って貰おうぜ」

「それすると朱里とかが面倒だろ?」

「別にいいじゃん、アイツもうざかっただろ? 強姦魔がどうのって! まぁ、全部そこの不審者君に罪おっ被せたら馬鹿みたいに噴きあがってて受けたんだけどさぁ!」

 そう馬鹿笑いする栗原の後ろにゆっくりと持ち上がる影が1つ。

 それはどうやらゴルフドライバーのように見えた。

「あら、それは失礼しました」

 一気に振り下ろされたそれは栗原の頭蓋を過たず捕え、そのまま一気に打ち倒した。

 あまりにも軽快なスイングと鈍い打撃音の違和感に背筋をゾッとさせながらも僕はその女性を見た。

 その女性はウチの大学のゴルフ部に所属している羽部朱里その人だった。

「助けを呼ぶ声が聞こえたから駆けつけてみれば……なるほど、なるほど、アンタたちそう言う事だったのね」

 そう言って僕を押しのけ病室に足を踏み入れる朱里、滅茶苦茶怖い。

「おいおい朱里ぃ……お前なんかスゲー勘違いしてんじゃねーか? 俺たち仲間だろ?」

「でも強姦魔でしょ!」

 朱里が銀太の顔を目掛けてドライバーをフルスイングする。

「こっのキチガイ女がぁ……! あんま暴れるとその自慢のスイングで無実の良悟先輩ぶっ殺しちまうぞ?」

「まぁ、彼も男だしそうなっても仕方ないわ。強姦魔1人減らせるなら尊い犠牲よ」

 言葉での説得が不可能だと判断したのか銀太が荒れ狂うドライバーの嵐の中姿勢を低くしながら機をうかがう。

「ああそうかよ! テメェの馬鹿さ加減には随分世話になったからとりあえず最後に礼くらいはくれてやるよ! 馬鹿正直に騙されてくれてありがとな!」

 銀太は先ほどまで刈谷さんが座っていた丸椅子を盾にうなりを上げるスイングから身を守り、朱里を押し倒す。

 僕と篝ちゃんは朱里を助けようと駆け寄るが銀太がこちらに刃物を向けて吠える!

「来るな!」

 どうやら朱里は銀太に押し倒された時の衝撃で強く頭を打ったようで意識が朦朧としていてろくに抵抗できない様子だった。

 僕達も興奮状態の銀太に迂闊に近づけず足踏みをする。

 しかし、僕はちっとも不安を感じなかった。

「わかってんのか? テメェも、テメェも!! 全員俺がぶっ殺してやる!」

 そうやって銀太が振り上げたナイフをヒョイと掴んで奪い取る手が1つ。

「それはちょっと看過できねぇなぁ」

「あぁ?!」

 銀太が訳も分からず吠えるように振り返った所に良悟の拳がばっちり突き刺さる。

「こんなに五月蠅くちゃおちおち寝てもられねー。さっさと家に帰りたいぜ」

 良悟が動いた時に抜けてしまった点滴の針の長さにちょっと困惑し指し直そうか悩んでから放り投げてこちらに向く。

「で、これからどうする?」



 とりあえず僕達は銀太と栗原をそこら辺にあった医療用テープでぐるぐる巻きにした後、刈谷さんと僕達で警察に即通報。

 消防団である刈谷さんの証言のおかげかトントン拍子に話は進みそう時間の経たないうちにパトカーと救急車が病院に乗り付けた。

 あまりに静かすぎる現状、僕は501のスライドドアから顔だけだし辺りを見渡す。当然手には朱里が持っていたゴルフドライバーだ。理由としてはリーチが長くて強そうだから。

「他の消防団員は何処消えたんだ……?」

 そんな疑問を口に扉を再び閉めるとようやく意識がはっきりしたのか朱里が応える。

「簡単な話よ、私に襲い掛かって来る暴漢を全員沈めてここまで来たってだけ」

 なんだコイツ化け物か? 僕はドライバーにこびりついた血の跡に戦々恐々としながら、一体何人を殴り倒したかよくわからない凶器を朱里に返す。

「では、私はここで失礼しますね」

「ああ、そっか、篝ちゃんはここでお別れか」

 僕は少し名残惜しく思う。

 たった一晩の付き合いではあったがあまりに濃密な時間を過ごしたせいかなんだかとても仲のいい友達との別れの時のような気分なのだ。

「ええ、普通に過ごしてたらもう会うこともないでしょう。短い間ですがありがとうございました」

 そう言って篝ちゃんがスライドドアを開けて左右をしっかり確認してから走り去っていく。

 恐らく当初の予定通りVIPルームから裏山に抜けるのだろう。

 僕は到着した救急隊員と警察官と共に501の病室を後にした。



 翌朝、……今朝ともいえるか? 取り合えず警察の聴取も終わり、久しぶりに思える自宅に帰ってきてテレビを付けると何やら速報と銘打たれ、昨夜の病院での出来事

が事細かに説明されていた。

「はー、ニュースになったかぁ」

 僕は冷蔵庫に入りっぱなしだったせいで水分が抜けてカチカチになっている食パンをもそもそと齧りながら言う。

 ニュースには他にも議員への不正献金や建設会社との癒着などが報道されていた。

 今日の報道記者はきっと大忙しだな。

 知らんけど。

 まあとりあえずこうやって僕のひと夏の不思議な体験? いや、なんかもっと悍ましい言葉ないかな? 取り合えずヤバい体験は幕を閉じた。

 特に口封じのようなことはされなかったけど、こんな話きっと誰も信じてくれないし、誰かに喋る気も毛頭無かった。

 でも、僕は知っている。

 この平穏な日常の裏側で、ヤバい奴等が、案外がばい感じで、滅茶苦茶恐ろしいことをしてるかも知れないってことを。

「あー、世の中って思ってたよりコエーなぁ」

 これから僕は水道水を口にすることは一生ないだろう。

 いや、そう言えば冷蔵庫に水切らしてたな……10分くらい流しっぱにすれば残ってる毒全部流れるかな?

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集団ストーカーの正体を暴け!~ぼくの水道にだけ毒が入ってるんだが?~ 秋広 @amaotoko

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