第5話 職業倫理は大事だぞ

「つまり、僕は不審者としてご近所さんたちの協力の元位置情報を共有されていたって訳か……」

「ええ、地域の消防団、その中でも自称自警団を名乗る荒くれ者の集まりが率先して清十郎さんの情報をかき集めていた記録がありますね」

「消防団? 消防士ってことか?」

「似てますが少し違います。非常備の消防機関……つまり普段は消防団以外の活動をしている人達が非常時などには消防活動を行う組織ですね」

「なるほど、そんな組織がどうしてまた僕のことを……?」

「えーと……そこまではわかりませんでしたが、とりあえず彼らの活動自体は消防団本来の活動とは関係ないでしょうね、しっかりとお金は受け取っているみたいなので記録を辿ることが出来ましたが」

 そんな話をしながら僕達は夜の病院の正面玄関から堂々と夜の病院内部に侵入する。

「まさか、真夜中なのに真正面から入っていくとは思わなかったぞ、と言うか僕ここに居て大丈夫なの?」

 なんか、全部が終わった後お前は知り過ぎた。とか言われて殺されるのは流石に嫌だった。

「夜間入口にはやっぱり人が居ますからね、警備員の巡回に合わせて真正面から入る方が楽だったんです。後、アフターフォローも私の業務の内です。今清十郎さんは追いかけられているのでとりあえず安全が確保できるまでは私の管理下に入ってて貰おうかなと」

「そういうもんなのか……」

 お前は知り過ぎたの展開はなさそうだった。

 それが無かったとしても僕としては白衣とか着て医者の振りをして夜間入口から潜入したりするのかな? 急患の振りとかもあり得るな! と、結構ドキドキしていたのだがこれでは夜に来院しただけ、という感じで少しガッカリだ。

「何を項垂れているんですか? この病院増築増築で良悟さんと芽衣さんの病室までの経路が少し面倒なんです。走れとは言いませんがしっかりして貰わないと困ります」

「わかったよ篝ちゃん……」

 そう言って僕は篝ちゃんの小さくてかわいい手を握る。

「ちゃん……いえ、手を離してください。普通にセクハラですよそれ、中学生とはいえ私も一応女子なんですから」

「えっ! 篝ちゃん中学生なの……!?」

 僕が興奮のあまり叫んだあたりで、僕達が通って来た正門から複数人の人間が入って来る。

「不審者って言うのは夜の病院の中に女の子を連れ込んでるんだな、いや、不法侵入だしもう立派な犯罪者だよな? ……照らせ」

 そう男が言うと隣の男がスマートフォンのライトを付け、僕達2人に光を当てる。

「不審者撃退ビーム! なんちゃって」「ちゃんと映ってんじゃん、いいね」「あの子めっちゃ可愛くね? 俺めっちゃタイプなんだけど」「なんだかワクワクしてきちゃったなー!」「お前行って来いよ」「あの女の子は好きにしちゃっていい感じ?」「どうせだから不審者がやったってことにして好き放題しちゃおうぜ」「そうそう、そう言うの楽しみにしてたんだよ」

 そうして続々と集まって来る男たちの集団はもうこの暗い室内では簡単に数えられない人数にまで膨れ上がっていた。

 最初3人程度だと思って居た集団が少なくとも20人はくだらないだろう人数になり、病院内の空気も剣呑なものへと変化するのが肌で感じられた。

「じゃあ、狩りの始まりって感じで」

 最初の男の一言を皮切りにして男たちが動き出す。

「俺が最初だかんな!」「速いもん勝ちだよバーカ」「あ? 不審者潰すのが先だろ」

 そう言って僕達目掛けて男の集団がこちらへとゆっくりと向かってくる。

「どうしよ、あれ、完全に俺たち狙ってるよね?」

「そんなの見なくてもわかりますよね! 走ってください!」

 そう言って篝ちゃんが僕の手を引っ張りながら正面の階段を駆け上がる。

「へ~! 篝ちゃんって言うんだ~」

 そんな風にからかい半分の声を上げる男たちが迫って来る。

 冗談のような感じで駆けだしたりする人間に釣られてか全力疾走でこちらに向かってくる者も何人か出てき始めた。

 正直、病み上がりの僕と中学生の女の子の足ではすぐに追いつかれてしまいそうだ。

 もしも捕まったら僕は多分毒か、滅多刺しか、とりあえずそう言う感じ。

 篝ちゃんも当然ただではすまないだろう。

 それは篝ちゃんもわかっていたのか僕に向かってなるべく小さくなるように注意した声で伝えて来る。

「この病院は! さっきも伝えたように迷路のように複雑になっていますが出入口は5つしかありません! 相手が馬鹿じゃないなら病院の職員も私たちにとっては敵な筈ですし、出入り口からの脱出は困難と判断しました!」

「じゃあ、僕達は今どこを目指してるんだ!」

 僕は篝ちゃんの背中にぴったりと張り付くようにしてよくわからない中二階にある渡り廊下を走り抜け、よくわからないスロープを駆け上る。

 この病院、小学生とかめっちゃ喜びそうだな。

「VIPルームです!」

「VIPルーム?! そんな所に行ってどうにかなるもんなのか?」

 篝ちゃんがスマートフォンを操作してなにがしかの図面を出力する。

「ええ、この病院ちょっと遊び心に溢れてるみたいでして、今は空室になってる最上階のVIPルームには病院の裏山に直接出れる秘密の抜け道が用意されているんです! これは職員に共有されている病院の地図にも記されていないので建築図面を直接確認した人間にしか分からないはずなのでマークされている可能性は低いです!」

「じゃあ僕達はそこへ向かえばいいんだな!」

「ええ、私は501に居る良悟さんと305の芽衣さんに解毒薬を投与してから向かうので清十郎さんは一足先にそちらから逃げていてください! 秘密の抜け道は……」

「いやいやいや、無理だって、解毒薬はまた今度でも大丈夫でしょ!」

 僕も混乱していて今気づいたが殺すつもりがあったなら良悟はもう当然生きてないし、なんなら病院に運び込まれたりはしていない筈だった。

「いえ、今じゃないといけない理由があります」

「なに?! すぐじゃないと命にかかわる?!」

「そう言う訳ではありませんが、ええと……コンプラ……まぁ大丈夫だよね……? 私がここに派遣されてきたのは明日の朝、もう今日ですね。とりあえず朝の6時までにわが社の毒の痕跡を全て抹消するためです」

「なんか……もしかしなくてもブラック?」

 まぁ、ダーティーワークだしブラックじゃない方が珍しそうな気がするけど。

「ブラックなんてとんでもありません! 私みたいな中学生にもしっかりと仕事を与えてくれますし、こういう、残業も本当はすごく少ないいい職場なんですよ!」

 本当は中学生に仕事させてるのがもうブラックなのだが、口を挟むと藪蛇になりそうだったので僕は黙っておくことにした。

「おっけー、わかった。じゃあ今から応援とか呼んだりして別の人たちに頼もう。僕達は奴等に目を付けられてる」

「チェイサーは数も少なくて私の知っているチェイサーは皆任務中です……。それにもしも手の空いてるチェイサーが居たとしてこんな地方での仕事、こんな時間からじゃ誰もこれませんよ」

「でもそうなると時間が必要になるよな」

「清十郎さん?! なに立ち止まってるんですか! はやく此方へ!」

 篝ちゃんが僕の方へと叫ぶ。

「僕が攪乱する! こう見えても通信空手とか……」

「馬鹿なこと言ってないで早く着てください!」

 そう言って篝ちゃんが僕の手をひしっと掴んで再び走り出す。

「こういうのって立派なセクハラなんじゃ……?」

「うるさいですよ!」

 あまりの剣幕に僕は思わず黙り込んでしまう。

 なんか、こういう時に俺はいいから先に行けって言うのをやってみるのはやはり男の子の夢ではあるのでどうせだし叶えておこうと思っただけだったのに。

 それに、このまま逃げてもいつか追いつかれてしまうのは目に見えてそうなのは本当だったのだ。

 今、どれくらいの距離まで追っ手が来ているかはわからないが、そう遠く離れては居ないだろう。

 少なくとも、悠長に2人に解毒薬を投与してからVIPルームを目指す、なんてのは夢物語のように思われた。

「ほら、もうそろそろ入院棟です、見つからない様に静かに行きます。まずは芽衣さんから」

 巡回の看護婦が病室の扉をスライドして患者が寝ているのを1部屋1部屋確認しているのを後ろから確認してから篝ちゃんが305……どうやら大部屋の1つに入っていく。

 その大部屋は4人は入れるようでベッドが4つあるがそのうち2つにカーテンが掛かっている。

 篝ちゃんはまず手始めに手前のカーテンを開けて確認を取った。

「どうやらこっちはおばあちゃんみたいですね」

 そう言って篝ちゃんがまた再びカーテンをゆっくりと閉める。

「ってことは」

「ええ、奥の方みたいですね」

 そこには果たして僕の知る三船芽衣その人がまだ折り目新しい、恐らく新品のパジャマで眠っていた。

「別にそう服を開ける訳ではないですが一応女性の方なので清十郎さんは席を外して入口の方とか見張っててください」

「わかってるよ」

 僕はそろそろ消防団だか自警団だか、あるいは見守り隊なのか警察なのか、もしかしたら僕の大学のおちゃらけ軍団とか、とりあえずそういう謎の軍団が丁度追いついて来る頃だと思って病室の少し重たいスライドドアを少しだけ開けて正面の廊下に顔を突き出して左右に振る。

 そこには人っ子一人居なかった。

 看護師も次の見回りに行ってしまったのだろう、静まり返っていた。

 なんかおかしくね? と、僕は思ったがまぁ、普通に考えたら出入口を抑えたら後はゆっくり追ってくるだけでいいからそう急ぐ理由もないのかな? なんかめっちゃ篝ちゃんに興味あったっぽいから絶対来ると思ってたんだけどなぁ……と思いながらも現状着てないし、と自分を納得させて再びスライドドアをゆっくりと閉めた。



 時間は少し巻き戻り、清十郎たちが診察棟と入院棟を繋ぐ渡り廊下を駆け抜けている辺り。

「栗原めっちゃ必死じゃん」

 おちゃらけて全力疾走する振りをした男が本当に全力疾走で走って行った男、栗原を指して言う。

「ロリコンなんだろ」

「いやいや、僕ちゃんは走るのはやいんでちゅよ~ってアピールしたいんだろ」

「女も居ないのに?」

「じゃあやっぱロリコンってことで」

 そうやって男たちが冗談半分に会話に花を咲かせている所に一喝が入る。

「止まれ!」

 一喝した男、刈谷が再び叫ぶ。

「お前だ栗原! こっちに来い!」

 それでも止まらない栗原に業を煮やした刈谷が最後通告と言う風に叫ぶ。

「いいか! 『見守り隊』でお前に不審者マークの申請をするぞ!」

 刈谷がそう言うと栗原と言われた男はそれでもほんの少し走り続けてから、気だるそうに足を止めて首を捻った。

「……なんだよ、なんか用でもあるんですかぁ?」

 栗原が振り向き、嫌そうな顔で刈谷たち消防団の方へと向かってくる。

「闇雲に追うだけじゃ人数の無駄遣いだ。各出入口に見張りを置いてから班で行動する」

「んなことしなくても向こう女の子だぜ? ぜってー追いつけるって」

「それはお前の感想だ、確実性を担保できる方法があるのにやらない理由は無い」

 刈谷が言うと栗原は髪の毛をガシガシとかき混ぜてから頷いた。

「はいはい、好きにやってくれよ」

「じゃあまず班を分ける。今日は全部で25人集まったから……」

「おい、銀太……あんな奴にでかい顔させていいのかよ?」

 刈谷の指示に耳を傾けていた銀太に栗原がすり寄る。

「あ? いや、しゃーねーだろ。今回は自警団だけじゃなくて消防団も召集されてんだしさ。事実消防団にしか所属してねー奴には刈谷の影響力はデケーぜ」

「んな弱気なこと言ってんなよ! 見たか? 篝ちゃん! あんな上玉もう随分見てねー! リアリティショーとかで写したら再生回数めっちゃ稼げるだろ!」

「今回は消防団も参加してんだぞ? ありえねーだろ」

「ゆーて7、8人じゃん! 反対するやつは潰して、仲間に入りたい奴は入れてやりゃいいだろ!」

 栗原がなおも凄い剣幕で銀太に迫る。

「あーあー、わかったわかった。じゃあお前やれよ、自警団の奴等好きに使っていいからさ。俺、今日手ぇ怪我してるし乗り気じゃねんだわ」

 そう言って銀太が包帯を巻いた右手をぷらぷらとさせる。

「言ったな? ちゃんと了解は取ったからな?」

「おー、了解した了解した」

「っし!」

 そう言って栗原が去っていく。

「……この調子だとあの女の子のことばっかでウチのは使い物にならねーだろうし」

 銀太が未だジクジクと痛み、取り換えたばかりの包帯を赤く染める傷跡を見つめる。

「清十郎の方がおろそかになっちまいそーだな……手が痛くてダリーけど、まぁお返しはきっちりとしてから逝って貰いたいよな」

 そう言うと銀太は刈谷の指示が終わる前に1人、暗闇に消えて行く。

「銀太? おい、銀太は居るか?」

 刈谷が辺りを見回す。

「あー、銀太の奴、結構ガチ目に怪我してダルそうだったしもう帰ったんじゃないですかぁ」

「ああ、そう言えば今日あの不審者を取り逃がした時に怪我したって話だったな、体調不良なら仕方ないか……。銀太には後でちゃんと傷病保障の申請をするように伝えておいてくれよ? じゃあ皆持ち場に向かってくれ」

「なぁ、刈谷、1つの班に4人も要らないだろぉ? 1つの班3人にして不審者捜索する班3つに増やした方がよくねぇ?」

 栗原がそんなことを言う。

「いいや、もしも件の不審者と接敵するとしたら出入口が濃厚だ。奴の目的が分からない以上看護師に注意喚起を出した上で1つの班が捜索する形にした方が安全だ」

「ふーん、刈谷さんは随分と臆病なことだなぁ」

「事実、今日銀太も怪我をしている。警戒しすぎくらいで丁度いい。違うか?」

「はいはい、刈谷さんの言う通りにしますよっ、と。行こうぜトモチ! 俺たちは退屈な正面玄関の見張りだとよ」

 そう言って栗原はトモチと呼ばれた男の肩に飛びつき今まで来た道を戻りながら、スマートフォンのメッセージアプリを開く。

『銀太の許しは貰った、気取った刈谷は不審者の凶刃に倒れましたってことにして好き放題しようぜ』

 そう栗原がメッセージする。

 するとそのメッセージに反応して次々と返信が返ってくる。

『いいね、篝ちゃん行けないかと思った!』『不審者どーする?』『じゃん負け探して来いよ』『俺ぜってーやなんだけど』『どうせ篝ちゃんとこ居るだろうから適当にボコして転がしときゃいいだろ』『じゃ、それでいいか』『話もまとまったみたいだし行くか』『でも出入口見張ってねーと篝ちゃんに逃げられるかもしれなくね?』『あーわかったわかった、じゃあこうしようぜ万が一不審者逃げ出しても刈谷に全部おっ被せればいいし競争しようぜ、刈谷ぶっ殺した班が篝ちゃんに1番乗りできるってことにしねぇ? これなら見張りの奴も損しねーだろ? 班が決まったら班員でそれこそじゃんけんでもすりゃいいだろ』『いいね』『とりあえず見張りは1人でいいだろ? 適当に各班見張り決めたら0時25分からスタートな』

「ってことでトモチ頼んだ」

「俺~?」

「いいじゃん、俺が仕留めて来るから早めに順番くるぜぇ」

「まぁいいけどな」

 そう言ってメッセージアプリを閉じた栗原が他の2人に声を掛ける。

「おい、何悠長に時間待ってんだ、行くぞっ!」

「ルール破りかよ、自分で言いだしておいて」

「お前らも最初の方がいいだろぉ?」

「お前のそう言う所ホント尊敬するわ」

 栗原達3人が刈谷の辿った道を音に気を付けながらも駆け抜けていく。

「刈谷、そのお上品ぶった顔が歪む所が今から楽しみだなぁ~?」



「なんだか拍子抜けだな……」

 三船芽衣に篝ちゃんが解毒薬を投与し終わって病室を出た後も特に異変は無かった。

「と言うと?」

「いや、全力疾走してる奴が居ただろ? どう考えてももう追いついてないとおかしい時間なんだ」

「普通に見失ったんじゃないんですか?」

 篝ちゃんがなんでもない風に言いながら階段を確認してから僕に手招きをする。

「まぁ、それも無くはないか……」

 確かにこんな広い範囲で僕達の目的もわからずかくれんぼをしているとしたらそれもおかしくはないような気もするけどどうにも納得は行かない。

「清十郎さん?」

 はやくはやくと篝ちゃんがもう一度手招きをする。

「あ、ごめんごめん」

 その時どこかからか小さく悲鳴のようなものが聞こえた気がした。

 僕は入院患者が痛みのあまり叫んでいるのだろうかと思って、少し気の毒に思いながらも篝ちゃんの後を追った。



 刈谷は不審者が病院に訪れた理由を殺し損ねた自身の友人、皆森良悟に止め刺すことが目的であると当たりを付けて病室501の中を確認させて貰った後は自身は501の警戒にあたることを看護師に伝え501で1人見張りをしていた。

 残りの3人には不審者と少女の捜索と、保護に成功したら信用できる仲間を固めた出口から連れ出してそのまま交番まで連れて行って警察に身柄を引き渡してくるように頼んでいたのだ。

 もしも不審者や少女を捕えたとしても手荒に扱うつもりは無いためだ。

 何故このようなことをするのか、それは最近真偽不明の嫌な噂をよく耳にするからだった。

 曰く、消防団の中でその立場を利用して犯罪行為に及ぶものが居る、犯罪者をでっち上げていると言う話だった。

 確かに消防団は不審者に対応することもあり、立場上職業倫理を無視すれば簡単に個人情報を入手できる上、付近の細かな情報も入って来る。情報を悪用したり、情報そのものに手を加えることも不可能ではない。

 もしも本当なら由々しき事態ではある。

 冗談ではあろうが栗原やその他の若い団員には言動に問題が見られる場合も多く刈谷も注意深く観察している段階といった所なのだが、要らない危険や心配事は事前に排除できるのならその方がいいという判断の元に今回は人員を二分するような対応になったのだった。

「おー、刈谷ぁ。探したぞぉ? あんなに4人で行動することの重要性を説いてた癖に結局単独行動かよぉ」

 栗原がそんな事を言いながら現れる。

「どうした栗原? お前達の持ち場は正面玄関だったはずだろ?」

 刈谷が警戒態勢に入る。

「いやいや、あの不審者? 捕まえたんだよ、今トモチが正面玄関で見張ってるんだ、用事は終わったんだからさっさとずらかろうぜ」

「ならスマートフォンで連絡したらいいだろう?」

「あー、そう、メッセージが送信できなかったんだ。病院って壁が厚いからさ、Wi-Fiのパスワードがわかんねーしメッセージも届かなくて仕方なくさぁ」

「なるほど、失念していた。こんな所まで探させてしまってすまなかったな」

 通信が不安定なことを確認して安心した刈谷がスマートフォンから顔を上げ、栗原に振り返ると目の前にナイフを振り上げる栗原が映った。

「あばよぉ!」

「ぐっ!」

 刈谷が咄嗟に振り上げた左腕に深々とナイフが突き刺さる。

「あーあー、せめてもの慈悲に一撃でぶっ殺してやろぉと思ってたのになぁ」

 栗原が未だ動揺している刈谷の顔面に目掛けて拳を放つ。

 その拳を嫌がって刈谷が距離を取ろうとするタイミングで栗原が思い切りナイフを捻じる。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 刈谷はそのあまりの痛みに思わず膝を付いて蹲る。

「あーヤバい!! おい聞いたか? ぐあぁぁぁぁぁぁ……! だってよ!! おい、あの刈谷さんがこんな情けない声出せるんだ、なぁ!!」

 栗原はナイフを捻り上げたまま丁度いい位置まで降りて来た刈谷の顔をサッカーボールでも蹴るように蹴り上げる。

「うっ……ゴッ……!」

 栗原はしかし狙いを誤ったようで、そのつま先が刈谷の喉仏に突き刺さる。

「失敗失敗、頭ぁ蹴るつもりだったんだけど暗くってさぁ……喉大丈夫? 叫んでくれる方が面白かったけどまぁ人が来ても面倒だし丁度いいよなぁ?」

 全力でのトゥーキックの瞬間、深く突き刺さっていたナイフも刈谷の鮮血と幾らかの腕の肉と一緒に引きぬけていて、刈谷が声が出せなくなった現状、栗原としても面倒が無くてよかった。

 左腕を庇いながらも芋虫のようにして這って距離を取ろうとしている刈谷の真上に立ち、栗原が両手に持ったナイフを振り下ろす。

「ざんねぇん! 刈谷さんは奮戦虚しくも不審者の凶刃の前に成すすべなく倒れるのでしたぁ!」

 そう言って振り下ろしたナイフは刈谷の腹に深々と突き刺さった。

「よいしょっと。じゃーん、俺たちが刈谷を1番に仕留めましたぁ!」

 そう言ってうつぶせに倒れる刈谷を栗原が写真に撮ってメッセージ欄に張り付ける。

「あ? 早すぎるだぁ? お前らがとろいだけだろ? 俺たちめっちゃ走ったし、なぁ?」

「嘘こけ、お前自分からフライングしてたじゃねーか」

「あれは騙される方が悪い」

 メッセージに返信する栗原たちを確認した刈谷が死力を振り絞って立ち上がる。

 未だメッセージに必死なのか此方を気にする様子のない栗原たちを横目に刈谷は階段を駆け下りた。

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