ドクハク

in鬱

ドクハク

 「おかえり」


 コンビニから帰ってきて自分の部屋に入るとベッドで横になって漫画を読んでいる一人の青年が優しく微笑み掛けてきた。

 俺は無視して椅子に座る。そして、パソコンを開きゲームを始める。さっきコンビニで買ったお菓子を広げる。

 するとベッドで寝転がっていた青年が起き上がりポテトチップスを一袋持っていく。



 「ベッドで食べるなよ」


 「ちゃんとお皿持ってくるよ」


 青年はそういうと部屋を出て皿を取りにキッチンへ向かった。あの青年は突如俺の部屋に現れ、居座るようになった。

 それだけでも不思議なのだが、さらに不思議なのは顔が俺と全く一緒だという事。

 最初はドッペルゲンガーというやつかと思ったが、本人に聞いてみると違うらしい。本人曰く、俺と同一人物だと言う。

 にわかには信じ難い話だ。顔は似ていても性格も、話し方も違う。



 「何してんの?」


 「いや……」


 ボーっとしているともう一人の自分が戻ってきていた。俺は我に返ってパソコンに振り返り、ゲームの続きを始める。

 俺は引きこもってゲームばかりやっている。そんな日々が習慣になってしまった。

 もう一人の自分はそんな俺を否定せず肯定的に受け入れている。



 「はぁ……負けた」


 対人ゲームをやっていたが負けてしまった。椅子にもたれ掛かり、窓を見る。ベランダの物干し竿にあかい鳥が止まっていた。その鳥と目が合い数秒後、鳥が羽ばたいていった。

 俺もパソコンの方に向き直りゲームの続きを始めようと思ったが、ふと脳にある言葉が浮かんできた。


 

 「なんで俺はこんな生活をしてるんだ?」


 「何か言った?」


 「いや。何でもない」


 心の声が漏れていた。ふと思った事は気付かずに、声に出てしまうものなのか。

 なぜ俺は引きこもってゲームばかりやる生活をするようになったのだろう。別にプロゲーマーになりたいというわけでもない。

 思えば過去の自分を知らない。20年近く生きてきたんだから過去はあるはずだ。なのに、俺はなんで過去を知らないんだ。知らないのだから思い出すなんてことも出来ない。俺は何をしていたんだろう。何をしてこんな生活になったんだろうか。

 ”俺は何者なんだ?”

 


 「ねぇ」


 「ん?何?」


 俺が声を掛けるともう一人の自分はベッドから体を起こし俺の方に向いてくる。

 漫画に栞を挟んで閉じて膝元に置いた。

 


 「お前は俺なんでしょ?」


 「そうだけど」


 「じゃあ俺の過去って知ってる?」


 「……今の君には知らなくて良いことだよ」


 そういうともう一人の自分は笑って会話を終わらせようとした。

 俺はあいつの返答の間に違和感を感じた。あいつが嘘をついたことも言葉を濁したことも無い。

 だが、今回初めてあいつが言葉を濁した。疑問を持って質問したが、あの返答で確信に変わった。

 もう一人の自分は俺の過去を知っている。


 

 「なんで急に自分の過去を知りたいって思ったの?」


 「なんでって自分の過去を知っておくのは当たり前だろ」


 「確かにそうかもね」


 もう一人の自分は引き下がらない俺に困ったような表情を見せる。

 そして、ベッドから立ち上がり部屋の扉へと向かっていく。

 

 

 「ちょっと外に出てくるね」


 「いや、ちょっと。まだ俺の質問に答えてないぞ」

 

 もう一人の自分は俺の言葉に耳も傾けず部屋を出て行き、しばらくして家の扉の開く音がした。

 止めようと思ったが体が動かなかった。いや、動けなかった。

 体を動かそうと思ったときに恐怖が湧いてきた。あいつを止めるのが怖かった。

 結局もう一人の自分は外へ出て行った。俺はそれをただ見ているしか出来なかった。



 ――――――――――


 あれから数日が経った。まだもう一人の自分は帰ってきていない。

 さすがに心配だ。今日はあいつを探しに行くため俺も外に出た。

 扉を開けると照らしつけてくる太陽。数日前に浴びたばかりだが慣れない。

 慣れない日光を浴びながらあいつを探した。


 

 「やっと見つけた」


 探し回ること数時間。日は西に傾き始めたころ、河川敷にもう一人の自分はいた。

 何度か通ったことのある河川敷だが、今日はやけに親しさを感じた。

 河川敷で座っているあいつの元まで降りて行って声を掛けた。



 「おい」

 

 「よくここまで来たね」


 「急に消えるなよ」


 「心配かけた?」


 「めちゃくちゃ」


 「そうだよね。ごめんね」


 あいつは俺に気付くと俺の方を向いて申し訳なさそうに謝った。

 ひとつため息を吐いて隣に座る。



 「なんで消えたの?」


 「今の君に僕は必要ないから」


 「え?」


 「まだだったよね。質問の答え」


 「え?」


 「君の過去が知りたいって質問。答えてあげる」


 もう一人の自分は俺の方に目もくれず西日を眺めながら勝手に話を進める。

 話のスピードについていくのが精一杯だった。



 ――――――――――――

 ~回想~

 

 

 「高い高いー」


 君は普通の家庭に生まれた。父と母は優しくて幸せな家庭だった。

 でも、あの日以来家族は壊れた。



 「おとう、さん?」


 「ごめんな。お父さんすぐ戻るから」


 そう言って父は家から出て行って帰ってくることは無かった。ニュースをみて知ったことだけど、父は犯罪を犯した。それも殺人だ。父が殺人を犯したことで母はショックを受け、鬱になった。君も無傷じゃ済まなかった。



 「やーい、お前の父ちゃん殺人鬼ー!」


 「こら正樹、そういう事言わないの」


 「だって母ちゃんあいつに近づくなって言ってたじゃん」


 「こら!そういうこと言わないの」


 君は父が殺人鬼という事でいじめの標的になった。クラスメート・先生・保護者から冷たい目で見られた。

 そんな状況でも母は助けてくれなかった。辛い状況を君は一人でただ耐えてただけだった。

 でも、そんな君も我慢の限界が来た。



 「おーい。無視すんなよ。またボコるぞ」


 「…………」


 「まぁそんな顔すんな。ちょっとこっち来いよ」


 高校生になってもいじめは続いた。年齢が上がれば上がるほどいじめはハードになった。殴られるのは日常茶飯事。

 酷い時はクラス前で制服を脱がされたり、女子に告白するよう言われたり、散々な目に遭ってた。

 で、今日も校舎の人気が無いところに連れ込まれていじめを受けるところだった。



 「グハ」


 「おい、何寝てんだよ。まだ行くぞ。立てオラ」


 「お前の父ちゃん、殺人鬼なんだってな。じゃあお前は忌み子だ。俺たちが社会を汚すゴミを掃除してやるよ」


 「…………」


 いつものように殴られてた。君は何も言い返さずやりたい放題にされていた。

 だけど、父を出され自分自身の存在を否定されたことで君は理性の糸が切れた。



 「お、おい……お、落ち着けって……」


 「ア、アァ…………ハァ……ハァ」


 君は護身用で持っていたカッターナイフでいじめっ子を刺した。何度も何度も。

 息がしなくなるまで馬乗りになって何度も何度も。周りにいたいじめっ子は逃げ出して、しばらくして警察と先生が来た。

 先生は「ふざけるな!犯罪者が!」と怒鳴ってきた。他の先生も犯罪者の子どもはやっぱ犯罪者なんだと好き勝手に言ってた。

 君は警察署に行って、いじめを受けていたことを正直に話した。そのいじめに耐えられなかったとも。

 警察は真剣に捜査した。でも、学校側はいじめは無かったと言った。世間でも君は「ただの犯罪者で草」「いきなりぶっ殺すとか死刑でいいじゃん」とか滅茶苦茶言われた。


 

 「なんでこんな事したの!?」


 「耐えられなかった」


 「ったくふざけんじゃないわよ!いつもいつも迷惑かけてあんたなんか私の子どもじゃないわよ!」


 面会で会った母からもこうやって言われて君は完全に折れた。その日の内に自殺しようと考えた。

 でも、希望はあった。



 「被告人は無罪」


 裁判所でそう言われた。原因は警察が真面目に捜査してくれたからだ。警察の捜査で学校側がいじめがあったことを認めた。

 これによって君の殺人は猛反省していたこともあって情状酌量の余地ありと判断された。

 でも、世間や遺族の目は厳しかった。



 「あんたのせいで駿は死んだのよ!!どう責任取るのよ!!」


 毎日のように家に遺族がやってきては玄関前でそう喚いた。世間からは「殺人鬼が世に放たれてるってマ?」「日本の治安終わったわ」って言われてた。毎日家に迷惑電話がかかってきた。君はそんな日常に耐えられなくなって過去を忘れようとした。

 


 ――――――――――――――



 「そして僕が生まれたんだ」


 もう一人の自分に言われて徐々に自分の過去が思い出されてくる。思い出しただけで嫌な気持ちになる。

 こんな過去から目を背けて俺は生きてたんだ。こんな過去をこいつ一人に背負わせて俺は楽して生きてたんだ。



 「ありがとう。俺の分まで苦しんで生きてくれて」


 「これからは俺がちゃんとお前の分まで苦しむよ」


 「辛かったでしょ。お疲れ」


 俺はもう一人の自分の頭を撫でて座ったまま抱擁していた。こいつの目から涙が滝のように溢れて、嗚咽しながら泣いていた。

 俺は背中をさすりながらもう一人の自分を抱きしめていた。



 「僕はもう消えるよ。今の君ならどんな困難も乗り越えられる」


 「うん。俺ちゃんとお前の分まで頑張るよ」


 「ありがとう。必ず幸せになってね」


 「うん。ちゃんと幸せになる」


 抱擁をした状態のまま会話を続けていると日が完全に落ちた。その瞬間、俺の体からもう一人の自分の体温を感じなくなった。

 もう一人の自分は消えていた。俺はもう一人の自分がいた場所をもう一度強く抱擁し、一人嗚咽しながら泣いていた。



 ――――――――――――



 「あちゃーこれもダメか」


 「難しいな。就職って」


 俺は就職活動に勤しんでいた。親にも迷惑をかけたし、早く自立したくて就職活動をやっている。

 だが現実は上手くいかないものだ。経歴だけで落とされたりすることがしょっちゅうだ。

 苦戦必至の就職活動だがめげずに頑張っている。それにはあいつの言葉があるからだ。

 あいつが辛い状況の中、俺は何もしていなかった。あいつが苦しんだ分、俺も苦しまなければ。



 「俺ちゃんと頑張るよ」


 今はもういないあいつに届くことが無いのは知っているけど自然とあいつと会話してるみたいに言ってしまう。

 早く精神面でも自立しないとな。



 「ちゃんと見てるよ」


 ふとあいつがそう言ったような気がして振り返るが誰もいない。でも、俺は気のせいじゃないと思っている。

 確かにあいつの声がした。それだけで俺は顔が綻んだ。

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